背徳の下拵え5
三月に入った。
その某日。
日曜日。
時間は午前中。
僕と華黒は『仰げば尊し』を歌っていた。
今こそ別れめ。
いざ、さらば。
此度の卒業式で別れを惜しむ卒業生はいなかったため感傷はなかったけども。
それから正午にショートホームルームがあってしばし。
後の解散。
「終わった終わった」
問題はここからだ。
白花ちゃんと昴先輩にはそれぞれと二股デートすることを伝えていない。
無論わざとだ。
場の混乱を抑えるためにさらなる混乱を利用するのは定石の一つである。
ともあれ一度帰ろうと華黒とルシールと黛と水月と昇降口を出て校門に向かって歩く。
当然視界は前方。
そこに高級外車が二台止まっていた。
そして白花ちゃんと女子の群れ。
「あー……」
さすがに想定してなかった。
やるやるとは聞いてたけどまさか校門で待ちかまえられているとは。
一度帰ってからのつもりだったので、意表を突かれた形だ。
白花ちゃんは、
「お兄様!」
僕と目が合うとパッと笑顔になって駆け寄ってきた。
自身の幼児性を最大限利用するための子供っぽい服装だ。
ジャケットは光沢のある……そして値段を聞くのが怖い類のソレだ。
苺柄のスカートは愛嬌があり、履いているブーツも煌いている。
「わが岡の、おかみに言ひて、降らしめし」
「雪のくだけし、そこに散りけむ」
らしい開幕パンチだ。
「お兄様ごきげんよう」
「息災で何より」
ポンと白花ちゃんの頭に手を乗せる。
「むーっ!」
華黒が威嚇したけど、
「我慢我慢」
華黒の頭をよしよしする。
「やっぱり納得できません!」
だろうけどさ。
「華黒は僕を信頼してないの?」
少しズルい言い方をするけど、
「兄さんを試してはならないと聖書に記述してあります!」
そんな反論。
どこの宗教の戒律だろう?
真白神の真白教かな?
信仰者が片手の指では数えきれない辺りちょっと危険な宗教と云えるかもしれなかった。
「ところで」
華黒の正論を何食わぬ顔でスルーして白花ちゃんが言葉を紡ぐ。
「酒奉寺と対面しましたけどそういうことですか?」
「そういうことです」
コックリ。
「食べ合わせくらい考えてほしかったんですけど……ああ、もしかしてわざと?」
「です」
少なくともパワーバランスの面ではつり合いがとれる。
「とはいえ悪趣味なのは否定できないよ」
子供っぽい口調に切り替えて言う。
「その辺りについては真摯に謝るよ」
申し訳ないのはその通りだからね。
「いっそ酒奉寺を無視してデートしませんか? アレは相手に事欠かないようですよ?」
ちなみに校門にある女子の集団の中心人物がもう一人のお相手……昴先輩だ。
ハーレムの卒業生だろう。
数人の女生徒に花束を渡してイチャイチャしていた。
よく警備員が飛んでこないものだと感心してしまう。
多分学校側も諦観の境地なのだろう。
酒奉寺の名に怯えている側面もあるだろうし。
「いっそあのまま放置していれば誰にとっても得する環境になると思うんですが……」
華黒が納得しないけどね。
「とりあえず夕餉には戻るからルシールと黛とご飯を作って待っててね?」
「む~」
嫉妬する華黒は可愛いけど危険でもある。
華黒は僕が他の女子と関わり合う時……アンビバレンツに襲われる。
曰く、
「兄さんが私から離れてしまう」
曰く、
「兄さんが私を見放すわけがない」
疑念と信頼。
その狭間で苦悩するのだ。
依存度で言えばヒフティヒフティなのだけど視界の悪さは華黒の方が折り紙付きで酷い。
何せ僕しか見えていないのだから。
「僕抜きでルシールや黛と仲良くするのもリハビリだよ」
ポンポンと優しく華黒の頭を叩いた。
「そ~ですけど~……」
幼稚で愛らしい嫉妬だった。
「少なくとも華黒がこんなことに嫉妬してくれるだけでも僕には嬉しい事柄だけどね」
「あうう……」
華黒はしぶしぶと言った様子で納得はしてないけど肯定した。
「ん。いい子」
「やあ、真白くん」
今度はハーレム卒業生の輪から抜け出してきた昴先輩が声をかけてきた。
「まさか白坂とかち合うとは思わなかったがいい卒業日和だ。来年もこうであることを願うよ。ともあれ早速デートしようじゃないか」
「へぇへ」
「ちゃんとこの日のために真白くんのための服を用意していたんだ。ぜひ着てくれたまえ」
あー……すっごい嫌な予感。
予測してしかるべきだった。
失念していたこっちの不覚。
オチはわかってるのでツッコミは虚空に消えるのだった。




