リミットは三学期3
面会は終わった。
病院を出ると雪景色だった。
広範囲にわたって雪が降っているらしい。
まぁ珍しいことでもないけど。
僕は厚手のコートを纏って寒さに対抗する。
早く春が来てほしい。
あ、でもそうすると鏡花水月と会えなくなるのか。
「なんだかなぁ」
「なに。少し遠いが会いたいなら会いに行けばいいだろう? その時は私に一言声を掛け給え。連れていってあげるから」
だからサラリと心を読まないでください。
雪が冷たい。
当たり前か。
「そう云えば統夜が言ってたんですけど……」
「何だい?」
「鏡花は先輩の天敵だって。本当なんですか?」
「ん。まぁ。間違ってはいないね」
「何か含みがありますね」
「まぁ色々とね。精神的にそりが合わないというか」
「どういうこってす?」
この言葉は気楽に発すべき類のソレではなかった。
が、覆水盆に返らず。
決定的な言葉を昴先輩から引き出した。
「僕は鏡花があまり好きではない」
「美少女なのに?」
「そちらについては花丸だが心の持ちようが……ね」
虫歯をこらえるような表情だった。
雪の中を歩きながら昴先輩は僕に問うてきた。
「そもそも何で鏡花は解離性同一性障害にかかっていると思う?」
「それは……」
たしかに病名は聞かされたけど、その根幹を疑うことを失念していた。
解離性同一性障害。
いわゆる一つの多重人格。
幼い頃の心的外傷から自身を切り離すために用いられる処理。
つまり鏡花は何かしらの心的外傷を持っていることになる。
ではそれは何かと問われても僕は鏡花の過去を知らない。
「自己同一性ストレス障害」
あくまで暫定的な名前だがね。
そう言ったのは昴先輩。
「聞いたことが無いですね」
「ああ、正式な病名ではない。あくまで鏡花の担当医が鏡花のためにつけた名だよ」
「自己同一性障害なら聞いたことありますけれど……」
「自身と自身の意識に差異を感じるってアレだろう? 割と近いよ」
でっか。
「問題は鏡花にとってそれがストレス障害だってことだ」
「…………」
…………。
「……まさか……」
「正解」
昴先輩は苦笑いをした。
「自分と云う存在に強烈なストレスを感じる症状だ。つまり『生きているということそのものが辛い』という救いようのない病だよ」
「それでDIDを……」
「ああ」
つまり先輩の天敵と云うのは、
「そういうこと」
そういうことなのだろう。
「人は人を愛してしか生きていけない。世界は愛に満ちている。生きているということは素晴らしい。少なくとも私はそう思っているんだよ」
「対して鏡花は生きていることそのものが絶望的に凶害だ……と」
「ああ、私にしてみれば理解不能を通り越して敵意さえ覚える感情……いや病気だ。元より人は未知なるモノを忌避する傾向にあるからね」
「それ、本人に言いました?」
「まさか」
ハンと鼻で笑う。
「美少女を追い詰める趣味は無いからね。悪戯くらいはするけれども」
僕は美少女じゃないから追い詰められているのかな?
「私は美少女の内面も大切に想う。乙女の純情も、恥じらいも、情欲も、何もかもが美しいと思う」
「だから……」
「ああ、生きていることが苦痛だと言われてはお手上げだよ。愛らしい美少女ではあるが私では鏡花を受け止めきれない」
僕にも無理そうだけどなぁ。
「鏡花は水月の背中に隠れて怯えながら生きていくんだろう。むしろ水月から鏡花を引き出した君に脱帽だ」
「一目惚れらしいですよ?」
「愛に定型はないさ。一目惚れだって立派なロマンスだよ」
「……ですね」
「それにしても君は優しいね」
いきなり何を?
「ここまで心痛められたら鏡花だって満足なはずだ。私とて君の慈悲には感服する」
言って昴先輩は僕のおとがいを持った。
「華黒に刺されますよ?」
「今はいないだろう」
「そうですか」
では遠慮なく。
僕はキスをした。
昴先輩の唇……とほっぺとの中間地点辺りに。
「意地悪め」
「死にたくなかったら華黒にはバラさないでくださいね」
「ああ。やはり真白くんは愛らしいな。愛の何たるかを知っている」
そこまで大層なものじゃないけど。
ただ大切なものが有ると、その重さを感じていられるだけである。
泣く女の子を見たくない。
それが僕にとっての幼い頃に植え付けられたレゾンデートルだ。
大したことじゃない。
素直にそう思う。




