『そして文化祭』4
それから、
「では私は子猫ちゃんとニャンニャンしてくるからここでお別れだ」
そんな捨て台詞を吐いて昴先輩は去っていった。
「嵐が去った……」
他に言い様もない。
「うう、汚されました……」
華黒が化粧室から出てきた。
ブラの再装着をするために一時的に化粧室に籠る必要があったのだ。
服の上からでも女性のブラを外すことができるのが昴先輩の持つ特技の一つ。
無駄な技能だけど……知ったこっちゃないね。
僕はブラとは無縁だから。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃありません」
「まぁ許してやってよ」
「兄さん以外にブラを外されるのは屈辱以外の何物でもありません!」
「大声でそんなこと言わないの」
声が大きすぎる。
周りに誤解されたらどうするつもりだ。
いや……既に百墨真白に対する評価は散々だけど。
それでも華黒の言は危うかった。
「落ち着いて」
「これが落ち着いていられますかっ」
「ほら、いい子いい子」
僕は華黒の頭を撫でる。
それだけで、
「あう……」
真っ赤になって恥じらう華黒。
可愛い可愛い。
「さて」
僕は言う。
「そろそろルシールと合流しようか」
「本当になさいますの?」
「駄目?」
「駄目です」
「でもルシールだよ?」
「それは……」
そうですが、と華黒は呟く。
主食は華黒。
ルシールはまぁ三時のおやつ。
それが華黒のルシールに対する態度の全てだ。
ここまで華黒が譲歩するのは珍しいけど……それについてはルシールが無害だと知っているからのこと。
実際に僕こと百墨真白をルシールが独占する意志を持てば流血沙汰に発展するのは言わなくてもわかることである。
そしてそれをこそ華黒は危惧しているのだ。
「僕がルシールに心を奪われないかを危険視しているんだね」
「当然です」
「わからないじゃないけどね」
僕は頷く。
華黒は渋い顔をする。
「ということはその可能性もあるんですか?」
「少しは自身の兄さんを信じなさいよ」
「…………」
ギュッと僕の腕に抱きつく華黒。
震えている。
当たり前だ。
いくら過去体験が過去体験とはいえ華黒は高校二年生。
そこまで大人にはなりきれない。
むしろ子どもであることに固執している節がある。
それが、
「…………」
僕にはとても愛おしい。
自然……僕は華黒のほっぺにキスをしていた。
「ふえ……?」
華黒は突然の僕の凶行に呆然とした後、
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
言葉にならない悲鳴を上げた。
お。
可愛い反応。
もっとも僕から直接的な愛情表現をするのは稀だからそれも手伝っているのだろうけど。
「あう……」
やっぱり紅潮する華黒。
自身は時に躊躇いなく僕にディープキスをするくせに、僕から頬にキスされることには動揺するらしい。
勝手と言えば勝手だけど、
「華黒は可愛いね」
当然と言えば当然だった。
そして僕と華黒は一階の……というのも一年生のクラスは一階にあるため……ルシールの教室に顔を出す。
時間はちょうど午後二時半。
「いらっしゃいませ」
と歓待を受けて席に案内される。
それから紅茶とケーキを頼んで味覚を楽しませる僕たち。
「………………真白お兄ちゃん」
とウェイトレスの衣装を身に纏ったルシールが近寄ってきた。
「………………ご愛顧……ありがとうございます」
「スルーするのもなんだしね」
肩をすくめてみせる。
「………………華黒お姉ちゃんは……納得してるの?」
「まぁ一部は」
紅茶を飲みながら華黒。
「………………ふえ」
ルシーるルシール。
「それじゃここを出たらルシールとデートということで」
「兄さん?」
「大丈夫」
華黒の杞憂を払拭する。
「単なるデートだから」
そーゆーことなのだった。




