『七夕祭り』6
日も暮れ今は夜の八時。
僕と華黒とルシールと黛は共通棟に隣接している芝生のスペースに仲良く腰を下ろしていた。
ちなみに華黒とルシールは浴衣に着替えなおし、黛もシャツとジーパンのラフな格好に戻った。
とは言うもののショーで着たファッションは酒奉寺昴先輩の観察眼(美少女限定)によるギリギリを見切った寸法だ。
当人以外に着ることのできない代物である。
特に華黒のスーツはあつらえたように完璧で、華黒と同等のボディラインを持った人間が他にいない限り用が無いといわんばかりの代物だ。
オックスフォードグレイは限りなく黒に近い灰色であるから就活や受験にも使えるだろうけど、さてさて。
昴先輩は、
「華黒くんの胸はこれからも成長するよ。着られなくなったら言ってくれたまえ。仕立て直ししてあげるから」
そう言って笑った。
発言としてはギリギリアウトだ。
主にセクハラ的な意味で。
華黒としても僕以外の人間に服越しとはいえ裸身を晒す事態になったのだから不本意ではあろうけど、
「酒奉寺昴だから仕方ない」
とスバリズムにて諦めたようだった。
合掌。
ちなみに僕は昴先輩によってサングラスを没収されている。
「可愛い子は可愛らしくしてなきゃ」
というのがその理由だ。
不本意極まるし侮辱とすら思えるけど、それを昴先輩に抗議したところで意味がないことは重々承知している。
一年ちょっとの付き合いだ。
それくらいは察せられる。
統夜もまぁよく毎日昴先輩と顔を合わせられるものだと感嘆する。
ま、統夜は格好良くはあっても可愛くはないから昴先輩の愛には引っかからないけど。
ちなみにその当の昴先輩だけど……僕およびかしまし娘という大魚を見定めておきながらこの場にはいない。
デート中である。
昼間は瀬野二の生徒……つまり後輩と。
日が暮れてからは大学生……つまり先輩および同級生と。
それぞれデートを楽しんでいるのだとか。
「まぁ……」
華黒とルシールと黛という超一級の美少女たちを引き連れている僕に言えた話でもないかもしれないけど。
何だかなぁ……。
どこで間違えたんだか。
雪柳学園大学七夕祭りの参加者が芝生に座っている僕たちをチラチラと見る。
気にせず僕はジュースを飲んだ。
「はい。兄さん。あーん」
華黒がそう言いながら焼き鳥を僕の口元へ持ってくる。
「あーん」
ツバメの雛のように素直に口を開いて食す僕。
「ほらほらルシールも」
こうやってルシールを僕にけしかけるのは黛を置いて他にない。
黛は隙あらばルシールを僕とくっつけたがる。
そこにどんな意図があるのかは知らないけど考えるだけ無駄だろう。
「………………お兄ちゃん……あーん」
ハワイアンブルーのかき氷をスプーンですくって僕の口元まで持ってくる。
「あーん」
僕はかき氷を食べる。
カクテルの味が口に広がった。
「………………どう?」
「美味しいよ」
「………………そう」
可愛いなぁルシールは。
チラリと華黒を盗み見ると飄々としていた。
これくらいなら許容範囲らしい。
……成長したなぁ。
どうせルシール限定だろうけど。
「兄さん。あーん」
華黒が焼き鳥を差し出してくる。
「あーん」
僕は躊躇いなく食す。
「………………お兄ちゃん……あーん」
ルシールがかき氷を差し出してくる。
「あーん」
僕は躊躇いなく食す。
「羨ましいことをされているね」
誰も浸食できない美少女空間に空気を読まずに侵入した第三者がそう言った。
「や、昴先輩」
僕は手の平を見せる。
「やぁ真白くん。やはり君という子は美しい。君の美貌の前ではミケランジェロの真作さえ色褪せるね。現代の科学で以てしても再現できないという意味ではかの神作ストラディバリウスとさえタメを張る」
「伝説の美術家と伝説の楽器に肩を並べるほどですか」
「それだけ君が可憐だということだよ」
「お褒め預かり恐悦至極」
インスタントのコンソメより薄っぺらいコメントをする僕。
「デートはどうしたんですか?」
「終えてきたさ。乙女との戯れを疎かに出来るものか。ただ……」
「ただ?」
「最後の花火。これは真白くんたちと一緒に見ようと……ね」
そんな昴先輩の言葉に、華黒の瞳が剣呑な光を宿す。
「どうどう」
そのポニーテールを梳きながら僕は華黒をなだめる。
「時間だ」
昴先輩がそう言った。
そして夜空に花が咲く。
火薬を使った美の象徴。
刹那の一瞬だけ華やかに飾る寿命の花。
もっとも山下清の手によって一場面として永遠化されているが。
連なり打ち出される花火は僕を、華黒を、ルシールを、黛を、昴先輩を、闇から救うのだった。




