『偽恋真恋』5
結果としてうどんは美味しかった。
華黒も初めての挑戦だったらしく黛に色々とフォローしてもらったとのこと。
万能な華黒ではあるけど、こと家事に関しては黛が一歩上をいくらしい。
まぁコツは掴んだらしく、
「今度からは一人でも作ってみせます!」
と意気込んだ華黒はさすがと言う他ない。
ともあれ華黒は手打ちのうどんを湯がいて、水でしめ、コシのあるうどんを出してくれたのだ。
再度言うがそのうどんは美味しかった。
日は既に沈んでいて月と初夏の星座が世界を照らす。
アステリズムに傾倒してしまうのは世界を地球の成層圏に定義してしまう人間の業とも言えるだろう。
ズビビとうどんをすすって咀嚼、嚥下。
何度かそれを繰り返し、
「御馳走様でした」
と一拍。
僕は夕食を終えた。
「お粗末さまでした」
華黒が嬉しそうに言う。
それから華黒は僕と自身の食器を水場に運んで洗い始める。
僕はクマさんパジャマの上からジャケットを羽織って、
「ちょっと出てくるよ」
キッチンで食器を洗っている華黒にそう言った。
「どちらに?」
華黒の疑問に、
「近くのコンビニ」
あっさり答える。
「何か食べたいアイスとかある?」
「それではモナカを」
「ん」
了承して僕は外に出る。
「ふう……」
と息を吐いて夜空を見上げる。
夜空にはてんびん座やさそり座が輝いていた。
晴れてよかった。
心底そう思う。
雲が邪魔しない夜空と云うのはそれだけで価値がある。
ちなみにさそり座のさそりはオリオンの天敵だ。
だから夏にさそり座が天空を照らし、オリオン座は逃げるように冬に姿を現す。
ま、神話の範囲ではあるのだけど。
さて、僕は近くのコンビニに向かって歩いた。
十分ほどでコンビニに着く。
そこには待ち合わせしていた人物が先にいた。
「やほ」
「やほ」
僕とその人物は気楽に挨拶を交す。
黒いショートカットの中性的な美少女……黛だ。
「どうもお姉さん……呼び立てて申し訳ないです」
「別に」
気負わせないように僕は言う。
「でも黛が僕にだけ会いたいって言うのは珍しいね」
これが僕と華黒……ルシールと黛が一緒に食事をしなかったもう一つの理由だ。
黛との密会。
華黒が知れば憤慨するだろうけど知ったこっちゃない。
「で? 話って?」
コンビニの中に入りながら僕が問う。
ジュースやアイスを選びながら黛と時間を伴にする。
「お姉さん……ルシールとのデートはどうでした?」
「楽しんだよ。川崎くんには申し訳ないけどね」
「ルシールと一緒にいて悦楽を感じたと?」
「まぁ言葉を選ばないなら」
「ふぅん?」
どこか試すような黛の視線。
僕は他にとれる態度もなく飄々とした。
「ルシールは可愛いしね」
アイスを買い物籠に放り込みながら。
「お姉さんはお姉様の恋人ですよね」
「うん。愛してる」
「ですか」
嘆息する黛。
「それが何?」
「例えばですけど……お姉さんは生涯を賭けるに足る想いはあると思いますか?」
「うん。まぁ」
少なくとも僕にとっての華黒がそうだ。
華黒とは別の意味で僕らは相思相愛だ。
そのズレを修正するのが僕と華黒に課された問題なのだけど、それをここで言う必要はないだろう。
「想いは風化するものだと思いませんか?」
黛はそう問うてくる。
言いたいことはわからないじゃないけど言いたい意図は察せない。
「まぁ少なくとも僕が死んでも華黒は僕を想いつづけるだろうね」
言いながらジュースを買い物籠に。
「不変の想い……ですか」
「照れるけどね」
飄々と僕。
「本当にそう思います?」
「確信をもって言えるね」
「羨ましいです」
「そう?」
しがらみだと僕は思うんだけど。
「黛さんたちもそんな絆が有ればよかったんですけど」
「ルシールと何かあったの?」
「違いますよ」
黛は苦笑する。
「もうちょっと根の深い話です」
「ふぅん?」
僕は意味ありげに疑問を呈するに留める。
……別にいいんだけどさ。




