『偽恋真恋』4
結局……勝負として成立していなかった。
そもそもにして今回の一件は川崎くんの片思いの暴走だ。
ルシールが僕に惚れているのは事実だし……それ故にどうしようもないのが現実の壁として存在したのだ。
悪いことをしたと思う。
川崎くんと……それからルシールに。
僕には大切な人がいる。
故にいつかは決定的であることを示さねばならない。
考えるだけで憂鬱だ。
だから考えないことにした。
ちなみにメールで華黒と黛の状況も知っている。
二つの理由があって今日は一緒に夕食というわけにはいかないようだ。
無論、理由の一つは華黒のご機嫌伺い。
ルシールと玄関の扉の前で別れて、お腹を空かせて帰る僕。
「ただいま」
「…………」
華黒はムスッとしていた。
当然だろう。
立場が逆なら僕もそうする。
「ただいま」
「……お帰りなさい兄さん」
ようようと絞り出すように声を吐く華黒。
「デートは楽しかったですか?」
「そう意地悪言わないの」
諭すように言う。
「ルシールは可愛いですもんね」
「華黒も可愛いよ」
「ふーんだ」
ツンとされる。
子どもか。
いや子どもなんだけど。
くつくつと笑う。
皮肉気になったのは……勘弁してほしい。
「何がおかしいんです?」
「いや、華黒が可愛いなぁって」
「兄さんの好まぬ独占欲丸出しですが……」
「でも僕に対してだけだ」
「…………」
「一種の甘えだと思えば華黒に拗ねられるのも悪くはないね」
「むぅ」
不満そうだった。
「何が?」
「兄さんは気楽でいいですねって話です」
「まぁ華黒と違って執着することがないからね」
そればっかりはしょうがない。
一朝一夕じゃ治らない僕の歪みだ。
「でもま」
甘いとは思うけれど、
「かーぐろっ」
「何です兄さん」
「ん!」
僕は華黒にキスをした。
それもディープキス。
僕の舌が華黒の口内を蹂躙する。
「ん……っ……っ……ぷはぁ」
そしてキスを終えた。
「はや……」
華黒は腰砕けに倒れようとする。
僕がそれを支えてあげた。
真っ赤になった華黒の顔を見て、
「うん。悪くない」
微笑んであげる。
「ななな……何をいきなり!」
華黒は動揺しているようだ。
僕からのアプローチは珍しいからね。
「何って……愛情表現?」
さっくりと言った。
「華黒が僕を好きでいてくれるのとは少し違うけど……それでも僕だって華黒のことが大切だ。それを示しただけだよ?」
「あう」
言葉を失う華黒。
確かに僕には自分が無い。
でもそれは愛の不在証明ではない。
あの鮮血の記憶の中……華黒は僕に助けられたと思っているのだろうけど……僕にしてみれば僕は華黒に助けられていたという側面もないではないのだ。
一種の共依存。
倒錯した感情と歪んだ人格。
それでも僕は華黒が好きだ。
だから華黒が拗ねればフォローしたくなるし機嫌が悪いなら直してあげたくもなる。
当人には言わないけどね。
ともあれ支えた華黒の体をシャンと立たせる。
「これくらいで参ってしまうのによく僕を誘惑しようとできるね」
皮肉っぽい僕の言い方に、
「兄さんの前でだけ純情な乙女になってしまうんです」
華黒の返答も中々だ。
まぁどの口が言うんだって話だけど。
「じゃあ僕は着替えてくるよ。華黒、お茶よろしく」
「お茶は何にしましょう?」
「梅こぶ茶」
そう言って僕は寝室へと行き、寝巻に着替える。
華黒と同じクマさんパジャマだ。
その意図を察してか……華黒は上機嫌になった。
安い奴。
「今日はうどんでいいですか? 黛と一緒に自前で打ったんですけど……」
「うん。聞いてる。それでいいよ」
茶を一口。
華黒お手製のうどんだ。
楽しみになるのは……しょうがない。




