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ゲームで全てが決まる社交界で、婚約破棄された令嬢は本気を出します。  作者: 羽羽樹 壱理


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3/3

【宴】

 アコ5250が遊戯宮《ソサエティ》の舞台袖に姿を見せると、レオン2274はせせら笑った。


「よくもまあ姿を見せれたものだ。私であれば、一度価値がないと判断された相手の前に、なお自分を見せようとは思わないがな」


 2274の弄《なぶ》るような言い回しに、しかし5250は表情にも、声にも、荒ぶるところはない。


 5250は、吐息をつくみたいな言葉で告げた。


「レオン様――2274様。私はもはや、両親の社交階位たる生まれの立場における義務を果たし終えた身分です。もうあなたに期待も願いも見出す立場ではありません、あなたに価値を見出そうという懸命の時間は終わったのです。そう、他でもない貴方様《あなたさま》の選択によって」


 レオン2274の表情が歪んだ。


 ――その時、【王都《おうと》大遊宴《だいゆうえん》】の会場に、澄み渡るように耳ざわりの良いアナウンスが響き渡った。



「ようこそ、紳士淑女様、【王都《おうと》大遊宴《だいゆうえん》】で生きとし生ける遊戯者《アクター》様方、ごきげんよう! これより今宵の大遊宴《だいゆうえん》を開催致したく、ぜひ万雷の拍手で遊戯者《アクター》様を歓迎願います!」



 フンと鼻息を吐き、足元にあるものを踏みつけるような歩調で、レオン2274が壇上へ――遊戯宮《ソサエティ》へと登壇した。



「今宵は双人遊宴《デュエット》による遊戯となります。主役の片割たる遊戯者《アクター》様は『レオン2274』、【社交階位】は14位、『レオン2274』!」



「片割という表現は、価値ないモノの対《つい》であるようで、不快でしかないな」


 レオン2274が吐瀉物を吐き出すが如く言う。そのような彼の前に、やはり激情など欠片も持ち合わせず、強いて言えば冷《れい》の表情を湛えて、アコは5250は前へと歩み出た。



「もう一方《ひとかた》、主役の片割たる遊戯者《アクター》様は『アコ5250』、【社交階位】は137位、『アコ5250』!」



 両者は壇上の中央部、盤上を隔てた向こう側を対岸《たいがん》と表現すべき広大なテーブル席の置かれた一間《ひとま》へと登壇し、着席した。



「全ての遊戯者《アクター》様が席に着きました。これより、今宵執り行われるゲームが発表されます」



 傍若無人に席へ着いたレオン2274も、静かに席へ着いたアコ5250も、この時ばかりは互いに、声の響く宙へと同様に視線を向けた。




「今宵の遊戯は――――『招待状ゲーム』です!


 招待状ゲーム。

 遊戯説明に移らせていただきます。


 このゲームは八枚の札と、【空白の席】トークンを使用したゲームです」




 アナウンスがそこまでを告げると、テーブルの一部がパタリと裏返り、両者の前に八枚の置き札が現れた。


 また、机の中央部には、社交界に用いられるような椅子を象《かたど》ったモニュメントがせり上がるようにして姿を見せた。



「八枚の札は、『公爵夫人』、『侯爵令嬢』、『伯爵令息』、『宰相夫人』、『王弟殿下』、『大商会の令嬢』、『執事』、そして『王』の八役です。


 ゲームの勝利条件は【空白の席】トークンを所持した状態で、『王』の札を取得することとなります。


 遊戯開始前に、『事前招待フェイズ』の先行権が決定されます。

 二人のプレイヤーには遊戯開始時、「招待状」が一枚配られ、プレイヤーは『王』と『執事』を除く六枚の札から一枚を自由に選択します。ただし、選択が被《かぶ》った場合は、事前招待フェイズの先行権を持つプレイヤーの選択が優先されます。招待状を用いた場合に限り、取得条件を無視して役割札を手札へ加えることが叶います。以後、役割札を持ち札に加えるには、必ず取得条

件を満たす必要があります。


 遊戯は『事前招待フェイズ』の先行権を持たないプレイヤーからの手番となります。プレイヤーは手番中、一度だけ、役割札の一枚に対して『調査』か『招待』のどちらかを実行できます。

『調査』で札を指定した場合、指定した札に記載された情報を全て得ることができます。ただし、この情報は“全てのプレイヤーに公開”されます。調査した札は必ず場に残ります。

『招待』で札を指定した場合、指定した札を取得できます。ただし、選んだ札に記載された取得条件を満たしていなければ、その選択は無効となり、選択した札についてのいかなる情報も原則、得ることはできません。

 例外的な方法においては、二度までしか『招待』を行えません。


 プレイヤーは手番の終了時、王を招待するかを選ぶことができます。


『執事』の札はブランクカードです。調査を実行することはできず、『招待』を成立させるための条件も設定されていません。

『王』の札は、調査しても詳細文を取得することができません。


 札の一枚に対し『調査』か『招待』を行い、最後に『王』を招待するか否かを選択します。後攻のプレイヤーも同様の手順で手番を行います。ここまでを一ターンとして、次ターンは先行順を入れ替えて、同じ順序でそれを繰り返します。


【空白の席】トークンについて。

 場にある【空白の席】トークンは、場に置かれた札を正常に取得したその時、任意において所持することができます。

 ただし、ターン開始時に【空白の席】トークンを所持するプレイヤーが手番を終えたその時点で、【空白の席】トークンの所持権はただちに相手へ移行します。

『王』の札は【空白の席】トークンを所持した状態でしか『招待』することができません。


 説明は以上です」



 ゲームルールの説明は本当にそれだけであったが、それを聞き終えたレオン2274は、冷めた表情で鼻息をついた。


(サルでも分かるゲームルールだな。まあ、遊戯者《アクター》の片方が137位ではそんなものか。――『王』の札を取得する条件は、おそらく、少なくとも二通り以上の方法があるな。そして条件の一つには、『場に残っているカードが『王』と『執事』のみの場合、何らかの札を取得しているプレイヤーは『王』を取得できる』というルートが必ず含まれている。でなければ場に残り続けるという『執事』のカードが存在理由不明すぎる。ゲーム設計を創造する思考に回って考えるなら、『残りのカードが〇枚以下になったとき』という王の取得条件を設定する際に八枚という役割札の少なさではゲームが破綻してしまうために設けられたルールだ。調査を実行できずとも、“成立させるための条件は設定されていない”というだけで『招待』は可能であることを示唆する微妙な言い回しは気にかかるが……。あとは、手番終了時に『王』を選ぶリスクについては気になる、が……今のところは何も分かるところがないな)


 レオン2274が遊戯台へと向かい合うと、八枚の札が置かれた遊戯盤に、美しい光が灯った。

 緑色――次いで、赤色に灯《とも》る。



「『招待』が成立した場合は『緑色の発光』で、失敗した場合は『赤色の発光』でお知らせいたします。――『事前招待フェイズ』です。招待状が配られ、先行権が決定されます」



 レオン2274の正面、テーブルの縁《ふち》に埋められた液晶に、ポップな封筒マークが表示される。

 次いで、中央のテーブル下部から、一枚のコインが、天空へ発射されるように打ち上げられた。


 テーブルに叩きつけられて数度跳ねたコインは、テーブル上で僅かだけくるりと回転すると、『5250』の発光色を表にした。


(ちっ)



「『事前招待フェイズ』の先行権は『アコ5250』が獲得しました。プレイヤーは最初に選ぶ札を一枚、選択してください」



「ピコン!」と場にそぐわない軽快な音が鳴って、相手から見えない縁《ふち》に据えられた液晶画面上に、八枚の札の絵が現れる。


 レオン2274はしばし考えたのち、そのうちの一枚を選んだ。



「両プレイヤーの選択が終了しました、結果が表示されます」



 縁《ふち》の液晶画面のみならず、会場に据えられた大型液晶にも、結果が表示された。



『レオン2274⇒王弟殿下』


『アコ5250⇒大商会の令嬢』



「選択成立! レオン2274様から手番を開始してください」



 ゲーム進行アナウンスが我が名を告げたことにも気を留めず、また、両者が選んだ札の置かれた平面がパタリと反転してテーブル下に消え、そしてパタリと、テーブル下から目の前に現れた『王弟殿下』の札にも目をくれず、レオン2274は結果表示に対し、目を丸くしていた。


(大商会の令嬢!?)

(――ハハ。やはり……あいつ、馬鹿だぞ)


 レオン2274は思わず、ゲーム中にも関わらず、感情を隠せずせせら笑った。


(最初に選ぶべきは、爵位でいえば最も優れた立場である公爵夫人か、その輪の外にある宰相夫人、あるいは王弟殿下のカード。どう考えてもそれがセオリーだ。ハハ、五手も過ぎれば終わるゲームだ、まったく、今回のこれが遊戯になればいいがな)


 含み笑いし、レオン2274は自身の持ち札、『王弟殿下』の札を手に取った。

 

 表面には『王弟殿下』の人物絵が描かれており、そして札の裏面を見れば、短い文章が記されていた。





『王弟殿下』

 彼は公爵夫人との付き合いを殊更に大切にしている。

 王は一度目の失敗に関しては寛大である。だが二度目以降に容赦はない。





(……ふむ)


 レオン2274は心中で頷き、声を張り上げて宣言した。


「公爵夫人を『調査』!」


 ――すると、公爵夫人の表札に描かれた人物画が消えて、文字が浮かび上がった。それと同様の内容文が、縁《ふち》の液晶と客席の大画面に映し出される。





『公爵夫人』

 王弟殿下とは古くから懇意にしており、また時代を担う若い侯爵令嬢を自らの茶会へ招くことも多くある。

 王は『執拗な請願』に耳を貸すことがある。三度の請願は王の心を動かすと言われている。





(――なるほどな)


 顎に手を当て、レオン2274は得心を漏らした。


(公爵夫人の取得条件は、持ち札に『王弟殿下』あるいは『侯爵令嬢』があることか。これはおそらく、各役割札にはある程度の相互性があるな。役割札のそれぞれがてんでバラバラの関係性であるわけではないのだ。そして、それぞれの札には、ゲームを進行させるためのヒント情報が書かれているのだろう。『三度の請願は王の心を動かすと言われている』――『王』の札を取得する条件の一つは、選択フェイズに『王』へ三度『招待』を行うことか。手番の最後に選択できる『招待』を指しているのだとすればゲームとして意味不明すぎる、選択フェイズに『王』へ三度の『招待』を行う……しかし論外だな。このゲームは手元に【空白の席】がある状態でなければ王を『招待』できない。勝利への手順が複数ある中、【空白の席】が手元にある状態を構成したうえで、そこから『調査』も『招待』も捨てて王を選び続けることは論外だ。――まあ、初手としては悪くない情報を得られたか)


(そして、こうまで分かりやすく相互の関係があるということは、このゲームは――)



「手番が移ります。『アコ5250』の手番、『アコ5250』の手番」



 手番が移った瞬間――アコ5250は考え込む間《ま》もなく、宣言した。



「王弟殿下を『調査』します」



(……ちっ)

(そこまで馬鹿ではないか……)


 レオン2274の持ち札である、『王弟殿下』の詳細情報が全体に公開される。


(このゲームは、相手の持ち札に対しても『調査』と『招待』が行える。【空白の席】の取得条件にも『場に置かれた札を正常に取得したその時』という露骨な示唆が含まれていた。後攻手番者は詳細不明である『相手の持ち札』という最重要情報をまず明らかにすることがセオリーだろう。まあ、そこまで馬鹿ではなかったという、それだけのことだ……)



「手番が継続します。『アコ5250』の手番、『アコ5250』の手番」



(そして先行順が逆転し、前ターンの後攻プレイヤーが連続でターンを消化する。……【空白の席】の取得は慎重を期すべきだな)



「伯爵子息を『調査』します」



 アコが宣言すると、全体に『伯爵子息』の詳細情報が公開された。





『伯爵令息』

 身分の近い侯爵令嬢との交流を好み、また宰相夫人には深い敬意を抱いている。

 王に近づく者の多くは、まず爵位ある者との縁を頼る。中でも公爵夫人との関係は、王への謁見を望む者にとって大きな後ろ盾となるという。





(このカードも、取得条件が二つか。そしてゲームルール的に最も分かりやすい、“持ち札を揃えての『王』の取得”というルートにおける、キーカードの一枚が、『公爵夫人』。――くくく、無償《タダ》で相手の利になる、そんな生き方しかできない立ち回りは、実にあいつらしい様《さま》だな)



「手番が移ります。『レオン2274』の手番、『レオン2274』の手番」



(さて。『王弟殿下』の取得条件は、おそらく『公爵夫人』が持ち札にあることただ一つ。私はどうやら悪くない札を選択したようだが、余裕はありそうでまったく無いな。万が一、次ターンで『王弟殿下』を取られれば、このターンでの取得札がなければゲームが崩壊する。……ということは、少なくとも、この8枚の札のうちの、一枚の取得条件は……――。そのカードはおそらく――。――ハハ、やはりあいつ、馬鹿だな。最低な択《たく》を選び取る能力にかけては天下一品というわけか!)


「公爵夫人を『招待』する!」


 ――――すると、レオン2274側の、札の置かれたテーブルが、美しい緑色に光った。


 パタリと両プレイヤーの前にある『公爵夫人』のカードがテーブル下に消えて、次いでレオン2274の前に、『公爵夫人』のカードが出現する。


 レオン2274は現れたカードを持ち札に加えた。


「【空白の席】は取得しない、手番を終了する」



「手番が継続します。『レオン2274』の手番、『レオン2274』の手番」



「…………」


 ここまでに至り、レオン2274は手番中にも時間を置いて考え込んだ。


(まだターン3だというのに、終わりが近いな。下手をすれば、すでにどちらかが王の取得条件を満たしている可能性すらある。だとすれば……“持ち札を揃えての『王』の取得”には、札を揃える他にも特別なルールがある? そうでなければ『手番終了時に王の札を招待できる』というルールは、本人にも運否天賦であった突発的な勝利を呼び込むという意味で糞《クソ》すぎる。あるいはターン終了時の、王の招待失敗に、隠された重いリスクがあるのか……いや、それで突発勝利を抑制するというのはプレイヤーを信用し過ぎている。条件はあると見るべきか。そして、その条件とは――……)

(明らかに、露骨に浮いている、あのカードがあまりに怪しすぎる!)


(ここだ、ここが勝負時だ)


(ここは、相互性の法則から信用を置いて、勝負を賭ける――)



「――侯爵令嬢を『招待』するッ!」



 ――――果たして。


 レオン2274側のテーブルが、優しい緑色に輝いて、祝福した。

 

 レオン2274の口角が、ニヤリとひん曲がる。





『侯爵令嬢』

 公爵夫人を憧れの存在として慕っている一方で、身分の近い伯爵令息とも親しい。

 王が血縁を信頼することは社交界で広く知れ渡った常識である。





(――持ち札を揃えての『王』の取得条件の一枚は、『王弟殿下』!)

(複数の勝利ルートがあり、また勝利条件の一つに『王の札を選択フェイズで三回『招待』する』というルートが確定している以上、“持ち札”による勝利の条件における必要札枚数は多くても2枚だろう! ――場の札が少なくなった局面で勝利条件が発生するという考え方は、絶対に間違っていない。おそらく『王』と『執事』が場に残った状態で何らかのカードを所持していることが条件ではあるが……このゲームは、【空白の席】が手元になければ王を招待できない、――ならば)


「私は【空白の席】を取得する!」


 ――――【空白の席】のモニュメントが、ひとりでに動いていることさえ忘れさせる、まるで熟練の執事が椅子を運ぶような優美さでレオン2274の元へと届けられた。


 レオン2274の目前で、【空白の席】モニュメントは瀟洒な見目《みめ》で輝いている。


 そして――レオン2274は宣言を轟《とどろ》かせた。


「手番終了時、私は王を『招待』する――!」


 ――――果たして。


 レオン2274側のテーブルが、赤色に、輝いた。


 しかし……レオン2274の顔には、彼を照らす赤色にそぐわない、蜜を飲んだような甘い表情があった。


(“王は一度目の失敗には寛大”。それは王弟殿下に記された、最初に手にした情報だった。――――勝った)


 もはや宵《よい》によく酔った、そんな情《じょう》さえ浮かべて、レオン2274は勝利を確信した。


(まだ情報を開示できていない札は二枚のみ、『宰相夫人』と『大商会の令嬢』であるが、そのどちらかには“場のカードが〇枚以下になったとき特定のカードを所持している”旨《むね》の勝利条件が記載されているだろう。そしてその条件が記載されているのは、宰相夫人だ……。キーカード情報は、これまで一度も、キーカードである札そのものには記載されていなかった。その札が勝利条件であることが、その札自体に記載された例は、これまで一度としてなかったのだ。では『大商会の令嬢』の札に、“持ち札ルート”に必要となる三枚目の情報が記載されている可能性は? ――可能性は、限りなく低い。“持ち札ルート”のヒント情報が記された札は、全て爵位に関係する身分にある札であった。そして勝利条件の直接的な記載は、その輪から外れた、『王弟殿下』、『宰相夫人』に記されている……。『大商会の令嬢』に記されているのは、“持ち札ルート”における、隠された条件の記載だ。そして、その条件など、もはや見るまでもなく推測できる……。

『執事』の札だ。

 調査を実行できずとも、『招待』自体は可能であることを示唆する、あの露骨なルール説明。“持ち札ルート”における隠された条件は、『執事』に招待をかけることなのだろう。『大商会の令嬢』に記されているのは、その情報だ。直接的な勝利条件の記載。全てが符号する……。縁《えん》を頼ろうとも王への謁見において執事へのアポイントメントは必須であるという考え方も、ゲーム世界観にも符号する。――もしアコ5250が次の手番で『王」』を招待するための条件を満たしたとしても、【空白の席】は俺の元にある、次の俺の手番が終わるまで奴は席を手にできない。詰みだ。詰んでいる。俺が摘《つ》んだんだ。勝ちだ……。この、俺の勝ちだ…………)


 もはやアコ5250の姿さえ目に映さず、勝利の確信に酔いしれるレオン2274。


 そんな中、手番の移行が告げられた状態で、アコ5250の宣言が上がった。



「宰相夫人を『招待』します」



 ――アコ5250側のテーブルが、優しい緑色に輝いた。


(――――勝手にしろ! もはや、王以外の全てのカードをくれてやってもいい……! 俺の勝ちだ! 馬鹿が、馬鹿が、価値の無い馬鹿がァ……!!)


 レオン2274が勝利の笑みを零《こぼ》す中、アコ5250は、手元にある二枚の札を見下ろしていた。

『宰相夫人』と、『大商会の令嬢』の、二枚の札である。





『宰相夫人』

 伯爵令息のような若い貴族を好み、また大商会の令嬢を優秀な駒として目をかけている。

 王は商人の娘を意外と好む。場が静かになった頃に近づくと、容易に心を許すらしい。





『大商会の令嬢』

 辣腕の商会令嬢。強引な誘いにも否《いな》を返せる自由な立場で社交界を駆ける。

 どのような縁《えん》を頼ろうとも、常識を弁《わきま》えた手段を選ぶ以上、王への謁見には社交場の片隅にある執事への了解が必須であろう。





 ――アコ5250の手元に、【空白の席】はない。


【空白の席】は、勝利に笑うレオン2274の手元にあって、それは2ターンの後《のち》まで動くことはない。


 アコ5250はこの手番、また連続で回ってくる次の手番さえも、絶対に勝利条件を満たすことができない。


 レオン2274は次の手番、勝利条件を満たすことができる状況にある。――場にある札は、『伯爵令息』、『執事』、『王』の三枚――……。



(勝利、勝利、勝利ィイイイ――――!)



「手番が継続します。『アコ5250』の手番、『アコ5250』の手番」



 運命のターン。


 そして、アコ5250が、アナウンスを待って、間を置かずに宣言したのは――――……。






「執事の札を、『招待状』を使用して、『招待』します」






「――――――――あ???????????」


 レオン2274の口から、間の抜けた声が漏れる。


 アコ5250側の、テーブル縁《へり》に埋め込まれた液晶に表示された、ずっと表示されていた「ポップな封筒マーク」が、消えた。


 パタリと、テーブルの一部が反転して『執事』のカードがテーブル下に消える、そして。


 パタリと、アコ5250の前に、『執事』のカードが現れたのだった。



「――――はぁああああああああああああああああああ!!??????」



 レオン2274の絶叫が轟《とどろ》く中、耳ざわりのとても良いアナウンスが響き渡る。



「手番が移ります。『レオン2274』の手番、『レオン2274』の手番」



「はぁああ??? にゃああぁあ??!??」


 レオン2274は思考に移ることもなく、ただ茫然と、顎を外したように口を開け広げている。


 アコ5250は、そんな彼へ、何も変わるところのない態度で、言葉を向けた。


「2274様、あなたにとっても明らかな事であったはずです。相手の持ち札からも『招待』を行える遊戯性である以上、最低一枚は、『無条件で獲得できる札』があるはずであろうことは。そしてその札とは十中八九、一人だけ政治事の外に位置する、社交界の立場からある意味においては一番縁(えん)遠い『大商会の令嬢』であろうことも。――そう、私は『事前招待フェイズ』時、『紹介状』を使用せずに『大商会の令嬢』を持ち札に加えていました。全てはこの時のために。そのような訳《ワケ》でございました。さて、レオン2274様、お話しで遮ってしまって申し訳ありませんでした、続きをどうぞ」


 レオン2274は茫然を浮かべてしまった。


 勝利には『執事』の札が必要だ。

 しかし、『執事』の札は、もうどこにも無い。


 勝利条件は消えたのだ。


 消えた……。


(――――いや違う!! 馬鹿か、俺は! いや――やはり馬鹿はあの女だ!!)


「馬鹿がァ!! 『執事』を手札に加えたからなんだ!? 私の手番で、それを選べばいいだろうが!! ――私は執事を『招待』する!!」


 狂気的な笑みの顔で、アコ5250の札を指し示した2274であったが――――途端、レオン2274側のテーブルに無情な赤い光が灯《とも》って、その赤に照らされた2274の笑みが、凍り付いたように固まった。


 アコ5250は、『大商会の令嬢』のカードの裏面を、レオン2274へ示して見せた。

 その瞬間、会場の大画面、また2274側の液晶にも、『大商会の令嬢』の詳細文が映し出された。――大商会の令嬢。辣腕の商会令嬢。強引な誘いにも否《いな》を返せる自由な立場で社交界を駆ける。どのような縁《えん》を頼ろうとも、常識を弁《わきま》えた手段を選ぶ以上、王への謁見には社交場の片隅にある執事への了解が必須であろう。


「『王への謁見には社交場の片隅にある執事への了解が必須』……なっ、場に置かれた『執事』の札にしか……効力が……!?」


「そういったことです」


「なっ、いや、しかしっ、こんなのは、だがっ――――……馬鹿なッ!! こんな、こんなっ、何故、こんな――……!?」


「2274様」


 アコ5250の、あくまで昂《たかぶ》らない、あえていえば冷《れい》の――……しかし、どうにもその無表情が、どのようにも見える顔で語られることが、遊戯宮《ソサエティ》内に響いた。


「あなたは、いつもそうでした。目の前の短絡的が刺激される事に釣られるばかりで、大切なことに目を向けることが、遅い。執事のカードが勝利条件に絡んでいることが明らかであることは、あなたの脳において、理解できる事のはずなのです。けれど、あなたは“三巡目”、執事を選ばなかった。例外的な方法……相手の持ち札へ『招待』をかける手段は二度しか行使できないのだから、あなたは三巡目に『執事』を選ぶ余裕があった。それなのに、あなたは“勝利”の“可能性”という、目の前にぶら下げられた、短絡的な刺激に目の全てを奪われ、それを選び取ることはなかった。あなたは救い難いほどにそこへ考えが及ばない人。最後まで、そのように短絡的でした。貴方様《あなたさま》のために、私は王都《おうと》大遊宴《だいゆうえん》に参加することもなく、日ごろ、支えに務《つと》め、貴方様《あなたさま》へあらゆる示唆を差し上げていたというのに。貴方様《あなたさま》は、あろうことかそのことにも気づかず、私を自由にしてくれた。目が悪く、脳はあるのに、その根本が腐っている」


 アコ5250の言葉に、レオン2274は表情を震わせた。


「私が勝てなくなったのは、お前が私から離れたからだと言うのか……?」


「真実を知る脳を期待します。未だに一縷《いちる》の期待を寄せる、そのことにつきましては」


 アコ5250は、表情の読めない顔で告げた。


「2274様、あなたは今ここでも、負けるのだから」



「手番が継続します。『レオン2274』の手番、『レオン2274』の手番」



 アナウンスと同時に、ゲームルールに則り【空白の席】が、アコ5250の元へ、まるで熟練の執事が椅子を運ぶような優美さで、移送された。


「さあ、2274様、貴方様《あなたさま》の手番です」


 手番です、と言われたところで。

【空白の席】は5250の元、場には『伯爵子息』と『王』のカードのみ。

 次の手番において、レオン2274の考えに間違いがなければ、アコ5250は確実に『王』の招待条件を満たすだろう。


 ――――詰み。


 終わりだった。レオン2274はただ、呆《ほう》けたように遊戯台の前で、ずっと佇んでいた。


 その様子が、半時間ほどの永遠、衆目の前に晒されていた。



「――――手番時間が超過しました! 手番が移ります。『アコ5250』の手番、『アコ5250』の手番」



「『伯爵子息』を招待します。手番の終わりに、『王』を招待します」


 ――――祝福するように、優しい緑色の光がいっぱいに、アコ5250側を照らし出す。


 次《つ》いで、それは輝かしい金色の光へと変化した。


「パンパカパーン」という、場にそぐわない間の抜けた音と共に、両者の場からテーブル下へ消えた『王』の札が、アコ5250の前へと姿を見せた。





『あなたこそが、この遊戯における、真の王』





「遊戯終了ーーー! アコ5250の勝利、アコ5250の勝利ッ! 皆さ様、今宵《こよい》の主役、見事勝利を収めた遊戯者《アクター》様に、盛大な拍手をお願いいたします!」



 遊戯宮《ソサエティ》に拍手が降り注ぐ中、レオン2274は、膝から崩れ落ちたように、色の抜けた顔で茫然自失していた。


 しかし。

 拍手にも、レオン2274の様子にも、大した興味を示さずに。


 アコ5250はただ、丁寧に小さくお辞儀すると、それだけで、背を向けて舞台から去っていった。


 レオン2274の亡失を残して。






◇



「――――ふぅん、ちょっとだけ、あの子、面白いわねぇ。――アコ5250ね、何事にも一生懸命する、ってタイプの子なのかしらねぇ?」


 遊戯宮《ソサエティ》の広大な観覧席のうち、全てを見下ろすように据えられた高き一席にて、発光の青色が一筋を描く美しき女性は、僅かに退屈から覚めた様子で小さな笑みさえ表情に湛えていた。


 後ろに控える仮面の男はニッコリと笑ったが、しかし次《つ》いで彼女が口にした言葉には、その表情を固まらせた。


「ねぇ、あの子を、私の“お茶会”に呼んで頂戴。なるべく早くにね」


「――はっ、それはもちろんでありますが、しかし、ミズコ032様……」


 身分において計り知れないほどに格上の相手へ、しかし仮面の男は恐縮しながらも、ハッキリと思うところを口に出した。


「しかし、貴方様だけがアレに注目しているわけではないのです、アレは貴重な玩具《おもちゃ》なのです。あまりの無茶をされて、いきなり壊されるというのも――」


「なぁに? 私に意見があるの?」


「滅相もございません」


 言葉を許さない頂点者の声に、仮面の男は「こりゃあ駄目だ」という明らかな諦めを表情に浮かして、頭を下げた。


 発光の青色を輝かせる女性は、遊戯宮《ソサエティ》を見下ろしながら、微笑みを浮かべた。


「全ては私の愉悦のために。それとも、あの子が、私を終わらせる存在になるのかしら。“お茶会”での戯《たわむ》れにおいて、あの子が死ぬほうに賭ける者がほとんどだろうけれど、少しだけ、あの子に賭けたいと思っている私がいるの。フフフ、少しだけ、明日が、楽しみ……」


 ――社交界の動かしがたい序列は、美醜で左右される価値ではなく、ましてや生まれや、八方円満の才ですらそれを決するものではなかった。


 すべては遊戯《ゲーム》で決定づけられる。


【王都《おうと》大遊宴《だいゆうえん》】の宵《よい》で決まるは、社交界における絶対的な階級序列。階級社会における位《くらい》を、自身の存続を賭けて戦い、決する。


 あるいは世界の形そのものさえも、全てがたった一夜で変動する、狂宴の宵《よい》である――――!


 

ここまで読んでくれてありがとう!!

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