表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月光のしおり  作者: 翠蓮草


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

第六話

 セレーネドーム内の戦術分析室は、改革派の臨時本部へと変貌していた。


 複数のモニター画面には、月光司令部の各施設の状況がリアルタイムで映し出され、複数の職員たちが、急速に整備された新しい指導体制の運営に当たっていた。


 かつての中央集権的な権力構造は、完全に解体されつつあったのだ。


 怜桜は、その光景を見つめながら、自分たちが何をしたのか、その重大さを改めて認識していた。


 単なる秘密の暴露ではなく、人類全体の統治体制を変革しているのだ。


 その責任の重さは、測り知れないものがある。


「状況は、予想よりも円滑に進んでいます」


 エドガー・ヘルメットが、怜桜の横に立ち、そう述べた。


 彼は、改革派の実質的な指導者として、新しい月光司令部の構築を主導していた。


「グレゴリ・マルタン派の抵抗も、予想ほど強くはなかった。多くの職員が、隠蔽体制からの解放を望んでいたのです」


 怜桜が、その言葉に応じた。


「では、月光司令部全体での合意形成は可能だと思いますか」

「難しいでしょう」


 エドガーは、率直に答えた。


「四十五年間、隠蔽に基づいた組織文化が浸透しています。その文化を根本から変えるには、時間が必要です。ですが、テレースの存在が、その変化を加速させています」


 モニター画面の一つに、テレースの映像が表示されていた。


 彼女は、Sublevel 7から、テレビ放送を通じて、セレーネドーム全体へのメッセージを発し続けていた。


 その内容は、改革の意義、隠蔽からの解放、新しい秩序の構築についてだ。


 テレースの言葉は、政治的なプロパガンダではなく、純粋な倫理的訴えかけだった。


 それが、多くの市民に響き渡っていたのだ。


 Sublevel 7では、テレースが、依然として個体A-0001との脳波通信を維持していた。


 三日間の連続通信により、彼女の精神は、極度の疲労状態にあった。


 だが、彼女は、その疲労を表に出さず、改革を続けていた。


 ヘレナが、彼女の下を訪れた。


「テレース。休息が必要です。このままでは、あなたの脳に深刻なダメージが生じる可能性があります」

「わかっています」


 テレースは、静かに答えた。


「ですが、個体A-0001との通信が継続していなければ、彼は不安定な状態になる可能性があります。彼は、制御されることに慣れているため、その支持がなくなると、予測不可能な行動を取る可能性があります」

「では、段階的に通信を減らしていきましょう」


 ヘレナは、そう提案した。


「個体A-0001に、徐々に独立性を与える。最終的には、彼が完全に自由な状態になるように」


 テレースは、その提案に頷いた。


「それが、理想的だと思います。ですが、どのくらいの期間で、完全な独立に至るのでしょうか」

「わかりません」


 ヘレナは、正直に答えた。


「これまで、改造された生物が、支配から自由へと移行した例は、ありません。テレース、あなた自身が、最初の例なのです。その経験を基に、個体A-0001にも適用していく。それが、新しい方法論の確立です」


 テレースは、その言葉を深く受け止めた。


 つまり、彼女は、単なる改造人間ではなく、新しい人類像を示す象徴的存在として、機能しているのだ。


 その責任の重さは、彼女も完全に理解していた。


 セレーネドーム内の護送車の中で、グレゴリ・マルタン前総司令官は、拘束されていた。


 彼の周囲には、改革派の警備員が配置されており、彼はもはや、月光司令部の最高権力者ではなく、単なる被疑者の状態にあった。


 改革派による調査委員会が、彼の尋問を開始した。


「グレゴリ・マルタン。あなたは、四十五年間、トレイター・プロジェクト、および改造人間プロジェクトに関する秘密を隠蔽していました。その理由は何ですか」


 尋問官の質問に、グレゴリは、深く沈黙した。


 その沈黙は、彼の内面での葛藤を示していた。


 四十五年間、彼が正当化し続けてきた行為が、実は犯罪だったのだ。


 その現実を受け入れるのに、時間が必要だったのだろう。


「秘密を守ることが、月光司令部と人類のためだと信じていました」


 グレゴリは、ようやく答えた。


「隠蔽されていた真実が公開されれば、社会は混乱する。その混乱を避けるためには、秘密を保護する必要があると考えていたのです」

「つまり、市民たちは真実を知る権利がないと、判断したのですか」

「そうです」


 グレゴリは、その事実を認めた。


「市民たちは、単純な者たちです。複雑な歴史的事実を理解することはできない。だから、私たちが、彼らのために、判断し、管理する必要があったのです」


 その答えに、尋問官は、深い失望を感じたはずだ。


 グレゴリは、自分の行為の本質を、まだ理解していないのだ。


 彼は、秘密を守ることが正当だと、依然として信じているのである。


 怜桜とアレンは、改革派の指導部として、複数の議論に参加していた。


 その中で、最も重要な議題は、「テレースの位置づけ」についてだった。


 テレースは、改造人間プロジェクトの産物であり、同時に、改革派の象徴的存在となっていた。


 彼女の法的地位、権利、そして責任について、複数の議論が交わされていた。


 アレンが、Sublevel 7でテレースと対話した。


「テレース。月光司令部の新しい指導体制では、あなたに、どのような役割を望みますか」

「役割…」


 テレースは、その問いに、深く思考した。


「私は、何かの役割を果たしたいわけではありません。私が望むのは、自由です。ですが、同時に、責任も感じています」

「責任…」

「はい」


 テレースは、その言葉を継いだ。


「私は、改造された存在です。私の存在は、人類の過去の罪の象徴です。その象徴である私が、今後、どのように生きるのか。その選択が、新しい人類像を示すことになると思うのです」

「では、月光司令部の中での地位を受け入れるのですか」


 アレンが、確認した。


「受け入れます。ですが、条件があります」


 テレースは、その条件を述べた。


「第一に、私の地位は、永続的ではなく、期限付きのものであること。第二に、私は、市民たちの意思を最優先とすること。第三に、個体A-0001を含む、すべての改造人間に対して、自由意思を尊重すること」


 その三つの条件は、テレースが、真摯に自分の立場を考えた結果だった。


 アレンは、その条件に頷いた。


「わかりました。その条件は、改革派の指導部に報告します」


 セレーネドーム内の通信センターで、新しい指導体制が、地球に向けての放送を準備していた。


 隠蔽されていた真実を、地球の防衛基地に配信するための準備だ。


 怜桜は、その放送の原稿を確認していた。


 内容は、極めて簡潔で、誠実なものだった。


 隕石衝突が人工災害であったこと。


 トレイター・プロジェクトの存在。


 改造人間プロジェクトの真実。


 そして、月光司令部の内部改革。


 ロッシ中将からの通信が、月へ送られた。


「セレーネドームから、複数の重要な情報が送信されました。地球での反応は、予想以上に大きいです。市民たちは、月光司令部の秘密を知り、激怒しています」

「予想通りです」


 エドガー・ヘルメットが、そう応答した。


「地球の市民たちは、四十五年間、月光司令部に騙されてきました。その怒りは、当然のものです。ですが、その怒りは、新しい秩序を構築するための力になります」


 ニューヨーク郊外の防衛基地では、市民たちの怒りの声が、渦巻いていた。


 放送される情報は、一人一人の市民に、大きな精神的衝撃を与えていた。


 彼らが信じていた歴史が、すべて嘘だったのだ。


 ロッシ中将は、その混乱を鎮めるために、市民たちに向けてのメッセージを発した。


「皆様へ。月光司令部の秘密が、暴露されました。その秘密は、皆様の信頼を裏切るものです。ですが、今、月光司令部は、改革の途上にあります。新しい月光司令部は、透明性と民主主義に基づいた、組織へと生まれ変わります。皆様の声が、その改革を加速させます」


 市民たちの怒りは、やがて、建設的なエネルギーへと変わっていった。


 議論。


 討論。


 そして、新しい秩序についての提案が、次々と生まれていったのだ。


 一週間後、テレースは、個体A-0001との脳波通信を、段階的に減らし始めた。


 ヘレナの指導の下で、テレースは、個体A-0001に、徐々に独立性を与えていった。


 その過程は、困難であり、時間を要するものだった。


 テレースの脳波パターンの分析によると、個体A-0001は、支配から自由への移行に、極度のストレスを感じていた。


 彼は、制御されることに慣れており、その支配がなくなることへの不安が、彼の脳波に現れていたのだ。


「彼も、私と同じく、学習する必要があります」


 テレースが、ヘレナに述べた。


「自由とは何か。独立とは何か。その意味を、彼は理解する必要があります」

「時間がかかります」


 ヘレナが、そう言いながら、モニター画面を確認した。


「ですが、その時間は、無駄ではありません。彼の脳波パターンは、段階的に変化しています。意識の深層では、何かの自覚が芽生え始めているのです」


 セレーネドーム内の新しい指導部室では、複数の高位職員が、新しい体制についての会議を開いていた。


 その会議の中心には、テレースの代理人として、アレンが座っていた。


「テレース個体は、現在、個体A-0001との脳波通信の段階的縮小を行っています」


 アレンが、その状況を報告した。


「その過程で、彼女は、極度の精神的負荷を受けています。したがって、彼女が完全に回復するまでの間、彼女に対する追加的な責務を課すべきではありません」

「同意です」


 月光司令部の新副司令官が、そう応じた。


「テレース個体は、改革の象徴です。彼女の健康と安全は、最優先事項です」


 その会議の後、新指導部は、複数の重要な決定を下した。


 その中でも最も重要なのは、「改造人間たちの人権に関する基本法」の制定だった。


 これにより、改造人間たちは、法的に人間として認識され、彼らの権利が保護されることになったのだ。


 一ヶ月後、怜桜は、新しい使命を与えられた。


 それは、地球への派遣だ。


 月光司令部の改革に関する説明と、地球市民との対話を行うためだった。


 怜桜が、出発の前に、テレースに会いに行った。


 テレースは、Sublevel 7から、地上の施設へと移動していた。


 完全な回復まで、あと少しだったのだ。


「怜桜。地球へ行くのですね」


 テレースが、そう述べた。


「はい。地球の市民たちに、月光司令部の改革について、説明します」


 怜桜は、答えた。


「では、地球の皆様に、お伝えください」


 テレースは、そう言いながら、窓から地球を見つめた。


「月は、地球から独立した存在ではなく、地球とともに歩む存在です。その関係を、新しく構築する。それが、新しい月光司令部の目指す秩序です」


 シャトルは、セレーネドームから地球へ向かっていた。


 窓から見える地球は、次第に大きくなっていった。


 怜桜は、その光景を見つめながら、自分たちが何を成し遂げたのか、考えていた。


 四ヶ月前、彼は、単なるオペレーターだった。


 だが、今、彼は、人類の歴史を変えた者の一人になっていたのだ。


 隣に座るアレンが、声をかけた。


「何を考えている」

「地球のことです。ここから見れば、本当に青くて、美しい」


 怜桜は、答えた。


「月光司令部は、この星から離れることで、何かを失ったのかもしれません。その喪失感が、隠蔽と支配を生み出したのかもしれない」

「そうだな」


 アレンが、同意した。


「だから、新しい秩序では、月と地球が対話する必要がある。支配ではなく、共生。それが、テレースが望んでいることだ」


 シャトルは、地球への軌道を確実に進んでいった。


 その先には、新しい時代が待っていたのだ。


 秘密から真実へ。


 支配から共生へ。


 そして、被造物から自由な存在への転換。


 すべてが、変わり始めていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ