第5話 父の威圧と俺の覚悟
ウー一族では、六歳になると全員が身体を鍛えるための授業に入れられる。
武術の基礎を学ぶ時間だ。
俺は今までその理由を深く考えたことがなかったけれど、この巻物の内容が本当なら、たぶんそれは――飢餓境へ突破するための“鍛体境”の修行だったんだろう。
そう考えれば納得できる。
俺とメイインが毎年体力測定みたいなことをさせられていたのも、そのためだったのか。
「よし、決まりね」
メイインが小さくうなずき、まるでそれが当然であるかのように言った。
「私たちも本格的に体を鍛え始めましょう。授業でもやってるけど、自主練も必要だと思うの」
正直、そこまで自信はなかったけれど、彼女の勢いに押されて俺もうなずいた。
「……わかった。でも、どうやって鍛えればいいんだ?」
メイインは小首を傾げ、唇に指を当てて考える。
「うーん……運動とか、そういうのかな? ウー・イエイェに聞けば、体を鍛える修練法が載ってる本や巻物を教えてもらえるかも」
「それなら、あとで聞いてみよう。今はこの修練のことをもう少し読んでみない?」
「うん、それがいいわ。続き、読もう」
そう言って、俺たちはまた肩を寄せ合い、巻物の続きを開いた。
寒さで指先がかじかんでいたけれど、隣のメイインの体温がほんのり伝わってきて――なぜか、心の奥がくすぐったくなった。
夜遅くになるまで、俺たちは夢中で巻物を読み続けた。
境界の構造はどれも興味深くて、読むほどに胸が高鳴る。
それぞれの境界を突破するたびに、得られる力が飛躍的に増していく。
中でも一番恐ろしいと思ったのは――天人境。
天人境にはたった三つの小段階しかない。
それだけ聞くと簡単そうに思えるが、実際にはそうではなかった。
天人境の突破ごとに「天罰の雷」――すなわち天の試練の雷が降り注ぐという。
三度の雷撃をすべて生き延びなければ、次の境界には到達できない。
巻物には、挑んだ者のほとんどが雷に打たれて命を落としたと書かれていた。
だからこそ、その先に辿り着いた者はほんの一握り。
彼らはすべて、シャオ大陸中に名を轟かせるほどの存在だという。
「ねぇ、ここ見て。
“天罰の雷に打たれる回数は、その修練者が持つ潜在力の高さを示す”って書いてある。
雷に多く打たれるほど、突破した後に強くなるんだって。……一番多く打たれた人って、何回くらいなんだろう?」
メイインが指で文をなぞりながら呟いた。
「……考えるだけで怖いよ」
正直、想像しただけで体が震えた。雷なんて一発でも怖いのに。
読み終えた俺たちは、巻物を丁寧に巻き直してウー・イエイェのところへ向かった。
彼は本棚に本を戻している最中だったので、俺たちは静かに待つ。
やがて手を止めて振り返り、いつもの穏やかな笑みを見せた。
「おやおや、もう読み終わったのかい?」
「はい。読ませてくださって、ありがとうございました」
「筋力を鍛える修練法が載った本ってありますか?」
メイインが続けて尋ねる。
「ふむ、そう来ると思っていたよ」
ウー・イエイェは笑いながら机の下から数本の巻物を取り出した。
「これらを持っていくといい。どれも複写したものだから、部屋で読んでも構わん。
ただし、汚したり破ったりはするでないぞ。読み終わったら必ず返しておくれ」
「ありがとうございます!」
俺とメイインは声を揃えて礼を言った。
ウー・イエイェからもらった巻物は十本。
俺とメイインはそれを抱えて、俺の部屋へ向かった。
俺の部屋は主庭の東側の棟にあり、日当たりがよく、父上の住居からも近い。
メイインの部屋は南棟にあった。
そこは屋敷の中でも一番奥まった場所で、未婚の女性たちが使う棟だ。
……けれど、メイインが自分の部屋で寝ることはほとんどなかった。
本当ならこのまま巻物を開いて読みたかったが、
突然、コン――コン――と大きな鐘の音が鳴り響いた。
屋敷全体に響き渡るその音に、俺とメイインは顔を見合わせる。
「……夕飯の時間だね」
「うん。巻物は寝る前に読もう。ほら、早く行かないと遅れちゃう!」
メイインは俺の手を取って、ぐいっと引っ張った。
その勢いに負けて、俺は苦笑しながら部屋を後にする。
食堂は屋敷のちょうど中央にある。
一階建ての建物だけど、広さは屋敷の中でも群を抜いていて、
他の建物がすべてその周りを囲むように配置されていた。
ウー一族では、全員が同じ時間に食事を取るのが決まりだ。
母上は以前、それにはちゃんと理由があると教えてくれた。
――「食事を共にすれば、自然と仲が深まるの。人と人との絆は、同じ鍋から生まれるものよ」――と。
すでに大勢の一族が集まっていて、ほとんどの席が埋まっていた。
皆がそれぞれ隣同士で楽しそうに話しながら食事をしている。
広い建物の中は、笑い声と話し声で溢れ、まるで祭りのような賑やかさだ。
ふと顔を上げると、正面の上座――そこには父上と母上、
そして父上の第二夫人、その隣に三人の長老たちの姿があった。
父上の名は武悠士。
大柄な人で、広い肩幅に厚い胸板、そして鍛え上げられた腕を持つ。
長い黒髪は髪留めで高く結われ、そこに一本の簪が差し込まれていた。
いつも眉間に皺を寄せていて、まるで何かを常に考えているような表情をしている。
鋭い剣のような眉に、顎には細く尖った髭――まさに「威厳」という言葉がぴったりの男だ。
身につけているのは、赤と白を基調にした漢服。
その姿は、一族の主としての風格に満ちていた。
食堂に足を踏み入れた途端、何人かの一族がこちらに気づき、ひそひそと囁き合う。
指を差して笑う声も混じっていた。
どうせ俺の外見のことだ――女みたいな顔だとからかわれるのは、もう慣れている。
慣れてはいるけれど、やっぱり胸の奥が少し痛む。
メイインはそんな俺の手をしっかりと握り、父上と母上、そして第二夫人の座る席へと導いてくれた。
「父上」
俺はメイインの手をそっと離し、右手を拳にして左の掌に重ね、武礼をもって頭を下げた。
「ジエン、お前、またメイインと遊び回っていたのか? あれほど控えろと言っておるだろう」
父上の声は雷鳴のように低く、胸の奥に響いた。
若い頃、あまりに豪胆で声が通ることから“商の虎”と呼ばれていたと聞く。
その名に恥じない威圧感が今もある。




