悪しき手本、悪しき父
信じられん……。まさか、あの薬をどこで手に入れたのだ、**呉陽**は——。
**呉陽士**は心の中でそう問い続けていた。
呉陽があの禁薬を飲んだ直後、呉陽士と桃花、そして三人の長老が即座に試合へ介入した。
しかし、それでも**呉漸**が負傷するのを完全に防ぐことはできなかった。
幼い息子は今、医療棟で治療を受けている。
試合は中止され、強さ比べもそのまま打ち切りとなった。
呉陽士は長男を一撃で昏倒させたあと、誰とも顔を合わせずに自宅へ戻っていた。
独りになりたかった。
考える時間が必要だった。
自分が良い父親ではないことなど、とうの昔に理解している。
口が上手いわけでもない。
優しく諭すことも得意ではない。
だが、一族のために何が最善か——その一点において、常に正しくあろうと努めてきた。
強くなれば褒賞を与える。
掟に背けば罰する。
一族に貢献しない者には関心すら向けない。
言葉より行動で示す道を選んだのも、自分の不器用さゆえだ。
だが——
それこそが、呉陽をあのような行動へと走らせた原因なのではないか。
息子は父の背中を見て育つ。
ならば、呉陽が誤ったのは、父である自分が誤ったからだ。
呉陽士の胸に、重く冷たい後悔が沈んだ。
「……私は、ひどい父親なのだろうな?」
呉陽士は思わず声に出していた。
「ひどいとまでは言わないけれど、もう少し関わってあげてもいいとは思いますよ」
右側から柔らかな声が返ってきた。
子どもには導きが必要だ。
一族の者たちが教えられることも多いが——
父親が背中で示さなければならないことは、それ以上に多い。
呉愛蓮は、他の誰にも気づかれることなく彼を追ってきていたらしい。
そっと彼の肩に手を置く。
「えこひいきは、悪い手本ですよ?」
族長が自分の子どもばかりを贔屓すれば、他の若い族人たちにこう伝わってしまう。
“どれだけ努力しても、評価されない”と。
だから呉陽士は、実の息子にも一族の若者たちにも、同じ距離で接してきた。
「……それは詭弁だと、あなた自身が一番わかっているでしょう?」
「……かもしれん」
「かもしれない、じゃなくて、絶対です」
呉陽士に反論の余地はなかった。
彼はため息をひとつ吐き、話題を変える。
「……呉陽は、あの薬をどこで手に入れたのだ?」
「まだ不明です。でも、漸が目を覚ましたら、桃花が調べるそうよ」
呉愛蓮が答える。
「ふむ……」
呉陽士は喉の奥で短く唸った。
「……あの子が自分で手に入れられるものではないな」
彼の声には、父としての怒りと、族長としての警戒が入り混じっていた。
丹薬は山城では非常に貴重だが、呉陽が使ったような薬ともなると、もはや存在しないに等しい。
あれほどの薬を手に入れるには、丹華城のような大都市へ行き、そこで丹薬師に依頼して精製してもらうしかない。
丹華城には複数の丹薬師が住み、錬丹師協会の支部まで存在している。
つまり——
誰かがわざわざその薬を用意し、呉陽に渡した。
そしてその者は、呉陽がそれを《力量試験》で使うことを期待していたということだ。
「大丈夫。必ず犯人を見つけましょう」
呉愛蓮は夫の頭をぎゅっと抱き寄せた。
「……ああ」
呉陽士はその胸に顔を押しつけられないよう、少しだけ向きを変えながら呟いた。
「見つけ出した暁には——
我が子を堕落させ、危険に晒した代償を必ず払わせる。」
呉陽士は父として決して良い人間ではなかった。
だが——
彼は確かに、自分の子どもたちを愛していた。
だからこそ、この一件を決して許すつもりはなかった。




