表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/180

戦いの前に、家族として

俺は鏡の前に立っていた。

蝋燭の火が揺れ、かろうじて自分の姿を映し出している。

揺らめく炎に合わせて、光と影が顔の上で踊っていた。

(……もうすぐ、俺も戦場に出る)

そう考えただけで、心臓が強く打つ。

血管を流れる血が、冷たくなっていくようだった。

怖くない、なんて言うつもりはない。

怖い。

ものすごく怖い。

だが――

恐怖に支配されるつもりもない。

(この服じゃ、防御力はほとんどないな……)

今の俺は漢服を着ていない。

戦うための服装だ。

ゆったりとした黒いズボン。

袖のない黒い上衣。

胴には、金色の龍が巻きつくように描かれている。

腕と手には包帯を巻き、足元は功夫靴。

以前、静淑が教えてくれたことがある。

尚国の軍は、身を守るために鎧を着るらしい。

だが、それはあくまで通常の軍の話だ。

彼らには、修行者が多くない。

修行者は鎧を着ないことが多い。

必要ないからだ。

気が攻撃から身を守ってくれる。

もちろん例外はある。

法具としての鎧――いわゆる玄霊甲だ。

封印師によって術式を刻まれた強力な宝具。

だが、俺たちのような小国では、そんなものはそうそう手に入らない。

コン、コン、コン。

扉が叩かれた。

「剣、いる?」

美影の声だ。

「いる。入ってくれ」

扉が開き、美影と静淑が入ってくる。

振り返った俺は、思わず目を止めた。

二人とも、俺の戦闘服に似た服を着ていた。

ただし、袖は長い。

手元が隠れているから、武器を忍ばせるにはちょうどいい。

静淑の服は白。

美影の服は、金の縁取りが入った濃い紫だった。

……やっぱり、二人とも準備はできていたか。

美影なら、すでに何か視ていてもおかしくない。

二人とも、戦闘着がよく似合っていた。

修練着とは違う。

戦闘着は、より丈夫で、斬撃や刺突にも強い。

それに――

二人の体つきを綺麗に引き立てていた。

何か言おうとしたが、その前に美影が口を開いた。

「伯父様と阿姨を説得して、戦いに出る許可をもらったって聞いたわ」

俺は笑った。

たぶん、少し引きつっていたと思う。

「簡単じゃなかったけどな。みんな反対した」

それでも。

俺は言った。

「でも、負けて逃げる途中で死ぬくらいなら……俺は皆と一緒に戦って死にたい」

少しだけ息を吐く。

「父上には、それが響いたんだと思う」

美影は微笑み、静淑は一歩前に出て、まっすぐ俺を見た。

「まさか、私たちを置いて戦うつもりじゃないでしょうね?」

「そんなこと、考えるわけないだろ」

俺は肩をすくめた。

「三人でいる方が、ずっと強い。俺たちは――チームだからな」

「そうよ」

静淑はにやりと笑い、拳を差し出してくる。

「チームなんだから、危ないことするならちゃんと私も連れていきなさいよ」

俺はその拳に手を伸ばした。

……だが。

軽くぶつける代わりに、その拳を掴んで引き寄せる。

「きゃっ!?」

静淑が小さく声を上げてよろめいた。

そのまま――

俺は腕を回して、彼女を抱きしめた。

片手は後頭部へ。

もう片方は、細い腰へ回す。

静淑の体はしなやかで細い。

だが、その中には確かな力があった。

毎日鍛えている体だ。

服越しでも分かる。

……こんな体を持つ奴、そうそういないだろうな。

俺はゆっくり息を吸った。

彼女の温もりが、身体に広がっていく。

落ち着く香りが、鼻をくすぐる。

顔を髪に埋める。

……やっぱり、柔らかい。

噂で聞いたことがある。

特別な洗髪料を使ってるって。

そのせいか、ありえないくらい滑らかだった。

静淑は――

驚いたまま、完全に固まっている。

何もできずに。

「安心しろ」

俺は静かに言った。

「お前を置いて何かするつもりはない。これからもずっと、隣にいてもらうつもりだ」

「え、えっと……それは……その……」

静淑の声がしどろもどろになる。

「ふふ。同じよ。私も、剣を置いていかせるつもりはないもの」

美影が静淑の背後へ回り、そのまま彼女にぴたりと身体を寄せた。

俺と静淑の間に、美影の腕がするりと入り込んでくる。

「私たちは、ただのチームじゃないわ」

美影が楽しそうに言う。

「家族よ。家族はいつだって一緒にいるもの」

そこで、わざとらしく一言ずつ区切った。

「こ・ん・な・ふ・う・に」

「え、あ、ちょっと……それは……ああああっ! 二人とも、からかうのやめて! そういう意味じゃないって分かってるでしょ!」

静淑が羞恥と苛立ちで叫ぶ。

俺と美影は思わず笑った。

それでも、静淑は俺たちの腕の中から逃げようとはしなかった。

……もうすぐ、敵の包囲を突破することになる。

きっと、血と戦いにまみれる。

命を賭けることになる。

だが――

今だけは。

この一瞬だけは。

俺はこの穏やかな時間に、身を委ねていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ