2-5・捕虜か客か
部屋に入れられて一時間近くが経過した頃、やっとドアが開いた。
キリルは立ち、ニアはその後ろに隠れるように立った。これはキリルの指示でもある。入ってきたのは二十代後半の黄金色の髪をした男だった。
王を名乗る割に彼は水色のキトンに飾り帯に刺した実用的グラディウスの他、紅のクラミスといった軽装だった。整った顔立ちは美形と言って差し支えなく、しっかりとした筋肉に覆われている。
何より目を引くのは毛足の長い長髪から覗く小さな二本の突起があることだ。こめかみにある突起は先端が微かに丸みを帯びており、肌色をしている。目を見張るのは角ばかりではない。彼の鋭い瞳は左右で色が違うのだ。左は琥珀、右は水色で、ニアは無礼と分かっていながらも目が離せなかった。
「大ポリス・テルマの王ミルティアデスだ」
「ポリス・オデラのキリルとつい先日までバシレイオス神殿に仕えていた妻のニアだ」
思わずキリルを見る。
(仕えていた……! いた、って……過去形っ!)
睨むニアを無視して、キリルはミルティアデスに話を切り出した。
「我らの立場を知りたい。捕虜か客か、部下か」
息を呑むような緊張感の中、ミルティアデスは笑った。
「部下で客だな。俺は捕虜は好まん。正直使い道もないしな。オデラは丁度いい軍港になりそうだ。おまけに海戦を主とする俺にはそっちの奥方の力は実に興味深い。何より俺は海の中の世界に昔から興味があってな」
首を傾げるニアにキリルが目で黙ってろと合図する。
「ってわけで、オデラの代表殿、俺と不平等条約を結ぶとしよう」
不平等条約と言い切ったミルティアデスに、それでもキリルの表情はぴくりとも動かなかった。
「それはつまり、断れば武力でということか」
「その通り。言ったろう? 人の妻を寝取る事はしないが、部下として女を浚って行くことに躊躇いはないぞ」
ニヤリと笑う覇者にニアは思わずキリルの腕を掴んでいた。彼は掴まれた所をチラリと見て、続いてニアを見る。
「それは困るな。戦争は金が掛かる」
(そーゆー問題っ?)
「ならば、こちらの提示を受け入れるしかあるまい? それはそうと、巫女の奥方との馴れ初めを聞いても?」
「散歩と称して海を泳いでいた妻を遭難者と勘違いして助けたのがきっかけだ」
キリルはよどみなく話す。
内容は、ほぼ船の穴と鯨を除いた夕方の出会いそのものだった。結婚を決めた話に及ぶとキリルはこれまた真実を言った。
「可及的速やかにキスをし、反論の暇を与えず黙って嫁になれと既成事実に持っていった結果だ」
いや、事実ではない。既成事実はまだないのだ。だがこの分では気を付けた方がいい、そうニアは思った。
(人のこと嘘つき呼ばわりしてたけど、キリルもかなりの大嘘つきだわ。それも大ボラ吹きね)
ニアはミルティアデスを見る。彼は特に違和感なく、このぶっきらぼうで無茶苦茶な話を信じたようだ。
それからミルティアデスは十分ほどキリルを質問攻めにして去っていった。
「……キリル、二度とあたしに嘘つき巫女、なんて言わないで」
「勿論。巫女じゃない、今は妻だろう」
「そうじゃないわっ。あんっな、ペラペラよくも、ないことないこと言えるよっ」
「有ることも言った」
「だけど事実でもないじゃないっっ、そういうのいっぱい言ったでしょっ」
一応押し殺した声でニアは抗議する。キリルも頷いた。
「だが、妻の演技は続けろ。でないとお前は二度と巫女に戻れない体になるぞ」
「……な、なに……」
キリルから距離を取る。キリルは呆れ顔で言う。
「さっきも奴が言っていただろ? 人の物だから俺ごと所有している。人の物でなければ、自分の物にしている。そういうことだ」
「えーっ!」
大声をあげたニアの口をキリルは掌で塞ぐ。
「だ、か、ら、バレるような態度は慎め。誰のために夫婦の演技をしていると思っているっ。失敗したら身包み剥いで売り飛ばすぞっ」
頭ごと抱え込み、頭上から凄みのある声で告げてきた。
「ひ、ひどすぎるっ!」
「だったら、努力しろ」
解放されたニアは反省の意味も込めて、キリルに頭を下げた。
「……はーい」
「分かればいい」
そっぽを向いた彼はまた出口付近の壁にもたれかかった。ニアも部屋の隅に行き、膝を抱えて座る。
どの道、二人は一蓮托生なのだった。
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【次話公開 → AM 10:25 予定】
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