2-4・捕らわれの二人
鯨は大ポリス・テルマの港へと向かっている。
ミルティアデスの船倉に入れられたニアとキリルは無言だった。
キリルはドアの前に立っており、ニアは部屋の一番隅に膝を抱えて座っている。そこは真ん中に筵と水桶がある他、何もなかった。
窓すらない。
キスの後、ニアが呆然としている間にキリルとミルティアデスの間で話はまとまり、彼の船に移送されることが決まったのだ。ニアは自称夫のキリルに言われるまま、鯨に進路変更を頼んだ。
ミルティアデスは縄梯子を降ろして、部下を寄越してきた。どうせお互い船に穴が空いていて鯨の上から動けないというのに、二人は追い立てられるように連行され、今に至る。当然、キリルの剣も取り上げられている。
まだミルティアデス本人にご対面はしていない。
だがそんな事より、ニアは怒り心頭だった。ミルティアデスはどうでもいい、問題はキリルだ。
乙女の唇を奪ったあげくに、巫女のニアを妻呼ばわりしたのだ。いくら向こう半年巫女資格停になるとは言え、許せることではない。
「いつまでそうしているつもりだ。嘘は得意だろう? しっかり役を全うしろ」
(言うわせておけばコレよっ)
ニアはまだキリルの顔を見ていなかった。どうにも合わせ辛いのだ。
「ニア、ミルティアデスが信じたかどうかまだ分からないんだ。気を抜くな」
いきなり与えられた役をどう全うしろと言うのか、ニアは叫びたかった。しかし彼の言うとおり、騒ぐわけにはいかない。ミルティアデスの話は年嵩の巫女たちから聞いていた。
冷酷無比で勇猛果敢。
このミナス王国は、いくつもの都市国家が独自の文化と生活を守っており、大陸プーリと大陸ファラフに大きく広がって存在している。そもそもの興りはプーリのミナス地方で、そこの南東にキリルのオデラがあり、ミルティアデスのテルマも北西の半島の突端にある。
丘陵地帯なだけに穀物を栽培するのに適しておらず海上貿易で豊かになった国である。そのため、富んでも人を受け入れる場所がなく、侵略を繰り返し、今の大きさになったのだ。
中でもミルティアデスのテルマは数年前に彼が王となって以来、託宣に頼らず次々と近場のポリスを制圧していき、大ポリスと言われるまでに成長している。その脅威は、多神教のミナスにおいても国教と言って良いほどに浸透しているバシレイオス神殿さえ、無関心ではいられなかった。
ニア自身はそんな戦い自体、遠い世界の事と切り離して考えていた。こうして捕虜のような立場になってみると不安が胸を巣くう。
「……いきなりグサッとか、ないよね……」
ポツリと呟いた言葉にキリルが真面目に答えた。
「だったら、今ここにいない」
「どーゆー意味?」
顔をあげて、キリルを見る。彼は腕を組んで壁にもたれかかっている。
「そのままの意味だ。そんな間怠っこしいことをせず、とっくに海に捨てられている」
「……気休め、どーも」
海に捨てられるのは大歓迎だが、殺されてからでは嬉しくも何ともない。
ふいに目が合った。
キリルはニアをじっと見つめて、少しだけ笑った。
「嘘から出た真だな」
「へ?」
「……お前の嘘占いだ。恐ろしいことに当たってるな。俺は神を信じないし、噂では奴もそうだ」
「あれは……二人って、キリルとデニスの事だったんだけど」
「神の僕云々はともかく、俺は船体の穴のことで決断を間違ったばかりに、現在災厄に見舞われている」
「……いや、それもお金払うか払わないか迷わず、払ってーって話で……」
「払わないかどうかも払わないと決めている。……結局占いなど、見方次第だな」
嘆息づくキリルに眉根を寄せる。
「確かにっ、あたしの占いはアレだけど……嘘だけどっ、その前のはあたしじゃないんだから」
「どこが財産になっているんだ」
「財産?」
「本来の託宣とやらで言われたことだ。……まぁいい、それより冷戦は終結か?」
「うっ……」
ふいに口付けを思い出し、ニアは顔を顰めた。
「……汚された……神様信じない不信心者に汚された……」
「人聞きの悪い!」
「だってホントだもん!」
思わずお互い大音量になった声を慌てて潜める。
「巫女に……く、く、くちづけ、するなんて、罰が当たるわ、きっとそう」
「もう当たってるようなものだろ」
「もっと凄いのが当たるわ、きっと」
うつむいて嘆くニアにキリルはため息をついた。
「泣くな。……悪かった。微々たる金額でよければ慰謝料を払ってやるから、演技はがんばれ」
ニアはキリルを見る。彼は首を傾げた。
「なんだ?」
「……全然、謝罪になってない」
「うるさいっ」
キリルは雷を落とした。
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【次話公開 → 明日6/4 午前9時頃から1時間置きで公開 予定】
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