2-2・ミルティアデス
頬の痛みでニアは眠りの底から引き起こされるのを感じた。
うっすらと開けた目にはあり得ないほどの近距離に琥珀の瞳を持つ男の顔があった。
「……きゃーっっ、あ、あたしは巫女なのよっ」
目を覚ましたニアは覆い被さっているキリルの頬をひっぱたいて、起きあがる。同時にぐらりと視界が揺れて、床に倒れる。
何が起こっているのかさっぱり分からなかった。キリルが口早に説明して、ニアは急ぎ彼と共に船首へと走った。
「と、止まってーっ!」
ニアの大音量に鯨がピタリと動きを止めた。しばしの静寂が二つの船の間に流れる。それも一瞬で、相手の船は船腹に大穴を開けていたため、悲鳴や怒号が飛び交っている。
「潜って、乗せるのっ!」
ニアは鯨に向かって叫ぶ。船は一瞬ふわりと宙に浮き海に着水する。次の瞬間には今度はグイッと下方向に引っ張られて間近に来た船と共にまた海から持ち上げられていた。
緩慢な縦揺れ地震のように、自然に逆らう事ができない人間の体は甲板でもんどり打っている。
ニアもキリルが抱え込んでくれていなかったら、同じく頭や腰をしたたかに打つか、最悪の場合には船から落ちて、堅い鯨の背中に激突していたかもしれない。
「あ……ありがと……」
もじもじ言うニアを腕から押しのけて、キリルは素早く名乗りを上げる。
「こちらはポリス・オデラの商船を預かるキリル・オデラだ! 貴船に対し、敵意はないっ! どうか話し合いに応じて欲しい!」
ニアは静まり返った船で、声を潜める。
「ねぇ、謝ったら?」
「無駄だ。相手は大ポリス・テルマの軍用船だ。暇さえあったら他都市を侵略してる奴らだぞ。謝って非があると認めたら、侵略対象に入れられる」
「そ、そうなの? どーしよ! あ、あたしのせいでっ、もっと早く起きてればっっ」
「黙れ、落ち着け! 第一、非を認めれば莫大な賠償金が発生するだろうっ」
ニア以上の大音量で怒鳴ったキリル。その肩越しから遙かに高い船縁に人が立ったのが見えて、ニアは指さした。
「あっ、あれっ」
振り返った彼はニアの手を下ろさせて、先ほどと同じことをもう一度言った。
船縁に立っているのは火に照らされて赤く朱金に輝く髪の人で、相手の顔は遠すぎて見えない。
男であることは、相手の良く通る低い声から分かった。
「俺は大ポリス・テルマの王、ミルティアデス! こちらの航路を塞いだばかりか、攻撃を仕掛けておいて敵意はないと? どの口がほざく」
「ミルティアデス殿、話し合いの席について頂き嬉しく思う。この鯨は我らが友ゆえ、安全に陸までお連れ致します」
声を張り気味に二人の代表は言葉を交わす。キリルは頭を下げ、礼を取った。
「安全に? 俺の記憶に間違いがなければ攻撃を仕掛けてきたのは、この鯨ではなかったか? ましてや鯨を友だなどとっ、ならばテルマへの叛意有りと見るっ」
ニアは堪らず一歩飛び出して、キリルの前に立つ。
「鯨はあたしのせいですっ。キリルたちは悪くないんですっ! 起きてたら、絶対ぶつからないように頼みました!」
「バカっ、黙ってろっ」
「キリルは黙っててっ。これ、あたしのせいだもん!」
腕を掴むキリルを振り切って、ニアは更に言い募る。
「あの、えーっとミルティアデス様、あたしはバシレイオス神殿のニアです! なんていうか、その……、ちょっと寝てて……起きるのが遅かったんですっ。陸に一直線でお願いって頼んでたから、鯨はまっすぐ泳いじゃってただけなんですっ」
力説するニアに周囲の反応は薄かった。こちらの船としては、彼女の発言の全てが事実。だが常識を超えた現状は当然ミルティアデスたちが理解できる話ではない。潮騒の音しかしない中、両者は不思議な沈黙を守る。
破ったのはミルティアデスだった。
「娘! 陸までまっすぐ泳いでいる鯨は障害物をただ排除しようとした、そう言いたいのか?」
「あ、はい! えーっと、だいたい……そうですっ」
力一杯ニアは頷く。キリルは片方の掌で顔を覆った。
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【次話公開 → 本日 22:50 予定】
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