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89、剣術大会⑥

「ピィー」


〈ユニコーンの角笛〉が鳴っている。頬を押さえたままぼうっと座りこんでいた私は、その音で、意識が切り替わった。はっとして立ち上がる。

危険なものが近くにあるの?

用心しながら茂みから身を出したところで、がさりと音が鳴るのが聞こえた。そちらのほうに目を向けると、少し離れた所にある茂みから、人影が出てきた所だった。


「オリビア?」


そこに薄い色のカールがかった長い髪のオリビアが立っていた。

顔を伏せているせいで表情はわからない。不審に思って眉を寄せた私の目に、握りしめられている短剣が入った。はっとして目を見開く。


「あなたが悪いのよ。あなたさえ、いなければ……」


顔を伏せながら、ぶつぶつと呟いている。

短剣をぐっと握りしめたところで、私は逃げようと踵を返す。けれど、反対側にも――


「セレナ?!」


日本人形のように愛らしい容姿のセレナが立っていた。

幽鬼のように、けれど、その目は私を強く睨みつけている。


「……あなたを殺せば、お兄様が手に入る……」


まるで何かに取り憑かれたように、不気味な声音。セレナの手にも短剣が握られていた。

恐怖でごくりと喉が鳴った。

ふたりともなんだかいつものふたりじゃないみたい。様子がおかしいわ。刃物を持ち出すなんて尋常じゃない。私は焦って、ふたりとは別の方角に行こうとした。しかし――

ざっと地面に音を立てて次に現れたのは。


「ガブリエラ!?」


ゲームでは暗い表情とは無縁の活発なガブリエラ。そのガブリエラが憎しみをたたえて私を睨み据えている。

ガブリエラまで!? 驚きと死への恐怖から頭が混乱し真っ白になる。

ガブリエラが短剣を胸に抱いて、刃先を私に向ける。


「あの方が夢に出てきて、約束してくれたの。あなたを殺せば、エーリックをくれるって。だから――」


ガブリエラがぐっと短剣を握りしめた。


「死んでちょうだい!!」


私に向かって勢いよく走り出す。オリビアとセレナも倣って走り出した。三方向からやってくる彼女たちに、私は逃げ場を失った。身を守るすべもなく、その瞬間を待つしかない、とどこか冷静な自分が思ったところで、新たな影が飛び出してきた。


「オリビアッ! やめろ!」


「やめるんだ! セレナっ!」


「ガブリエラッ!!」


彼女たちを阻み止めたのは――。


「フェリクス! 先生! エーリック!」


私は三人の名前を叫ぶ。

邪魔が入ったことで、少女たちがその腕の中で暴れだす。


「止めないでっ! あなたを手に入れるにはこれしかないのよっ!」


「お兄様は私のものよ。絶対、誰にも渡さないっ! 離してえ! あの女を殺させてぇ!」


「あの女が死ねば、私の望みが叶うの! エーリックは私と一緒になって幸せになる運命なんだから!!」


髪を振り乱しながら、泣き叫ぶように金切り声をあげる彼女たち。半狂乱ともいえるその状態に不気味さを感じる。

何がそんなに彼女たちを変えてしまったの? まるで、ゲームの最後に襲いかかってきた『カレン』みたい。あのときもヒロインの命を奪おうとなりふり構わず、襲いかかってきた。その時もこうして、寸前で攻略対象者たちが助けにきてくれたけど。

身をよじる彼女たちだけど、攻略対象者の力に適うはずもない。


「オリビア!!」


「セレナッ!!」


「ガブリエラッ!!」


肩を掴み、一喝する。


「一体、どうしちまったんだ。正気か?」


「セレナ、なんでこんな恐ろしい真似を」 


「俺の知ってるガブリエラは、こんなことする子じゃないのに」


フェリクス、ラインハルト、エーリックが宥めにかかる。一喝された瞬間に彼女たちの肩がびくんと跳ね、それから憑き物が落ちたように急に静かなった。想い人に叱られたショックから、興奮状態から抜け出たようだ。

私はほっと息を吐いて、三人に目をやった。


「あなたたちは、どうやってここに?」 


タイミングよく現れたにしては、三人同時だなんて、運が良すぎる。


「もしかして、私が襲われるの知ってたの?」


「まさか」


首を振るフェリクス。


「さっき、俺のところにオリビアが来てさ、『もうすぐ私があの女から解放してあげる』って言うと、俺の返事も待たずに立ち去ってさ。内容もそうだけど、その時の様子もなんかおかしかったから、気になって探しにきたってわけ。ここに行き当たったのは単なる偶然」


「僕も一緒だ」


ラインハルトも頷く。


「僕はなにか言われたわけじゃなかったけど、さっき保護者としてお昼を一緒にとっている間、セレナの様子がいつもと違ったんだ。一言も喋らないから、なにかあったのかと心配になって探してたんだ。そしたら、ここで君に襲いかかるセレナの姿が目に入り――。あとはご覧の通りだよ。まさか、こんな恐ろしいことを考えてたなんて、思ってもみなかったけどね」


「俺はガブリエラのあとをつけて」


エーリックも口を開く。


「いつもなら前を向いて歩くガブリエラが今日は俯いて歩いてるのが珍しくて。雰囲気も暗いし、なにかぶつぶつ言ってるし。気になって声かけたんだけど、遠くからだったからか聞こえてないみたいで。どうしても気になって、あとをおいかけてたら、カレンに襲いかかっていくのを目にしたんだ。ガブリエラのあとをおいかけていて、本当良かったよ」 


ほっと息を吐くエーリック。続いて、フェリクス、ラインハルトも安心したように息を吐いた。

三人が私を見つめて、同時に言った。


「「「本当、無事で良かった」」」


「ありがとうございます」


オリビア、セレナ、ガブリエラはだらんと首をさげ、攻略対象者の腕のなかでおとなしくしている。短剣も地面に落とされ、もうその手には何も残っていない。顔をうつむけて「夢が……」とか「引き換えだったのに……」とか「私の幸せが……」とかぶつぶつ言っている。まるで糸が切れた人形のよう。

もうこちらに襲いかかってくる覇気はなさそう。でも先程まで私の命を狙おうとしていた彼女たちだ。どんな突飛な行動をするかわからないため、今もがっちりと拘束されている。相手は攻略対象者たちだから、彼女たちを腕から逃すようなヘマはしない。

そう、そのはずで、危険は去ったはずなのに、どうしてだろう。

今も〈ユニコーンの角笛〉が鳴り続けているのは――。

その時、後ろの茂みからがさりと葉擦れの音がした。

音に釣られて振り返る。同時に茂みから飛び出てきた人影――。

一直線に向かってくる。距離のある攻略対象者たちは防げない。

きらりと何かが光るのが視界に入った。早くて目が追いつかない。それが私の胸に真っ直ぐ飛び込んでくる。

衝撃が胸にどんとぶつかった。

鼻先が触れ合いそうなほどの距離で、その人物――ミレイアが顔をあげる。


「これで、イリアス様はわたくしのものよ」


私の胸に短剣を突き立てたミレイアがその顔に暗く淀んだ笑みを浮かべた。


「カレーン―――ッ!!」


誰かの、それとも三人ともだったのか、その声を最後に私の意識は閉ざされた。




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