90、神様、再び
気付くと、いつかも見た景色の中に私は立っていた。真っ白くて、だだっ広い場所。
「私、死んだの?」
最後に見た光景を思い出して、呟く。
「久しぶりだな。カレン・ドロノア」
その時、頭上から声がかかった。はっとして、見上げれば白い光を発する球体が降りてくるところだった。
「あー! 神様!!」
カレンに憑依して、初めて見た夢のまんま。
私を『きらレイ』の世界に憑依させた張本人。
「元気だったか」
白い球体が、いや神様が――否定しないからそうなんだろう――なんだか楽しそうに尋ねてくる。
「いや、元気もなにも。あなたのせいで、私、大変だったんだからね! 悪女から脱するためにどれほど苦労したか」
文句のひとつも言ってやらないと気が済まない。
「はて、悪女?」
首もないのに、首を傾げているように見える。
「そうよ、悪女! あなたが私を『きらレイ』の悪女『カレン・ドロノア』に乗り移させたでしょ! 忘れたとは言わせないわよ」
「カレン・ドロノアの体に魂をうつしたのは覚えているが、悪女とは知らなかったな。ははは」
面白そうに笑う神様。
神様は今や私の目の高さまで降りてきていた。
くー。何楽しそうに笑ってるのよ。知っててやったくせに。引っ張ったいてやりたい。
「覚えてないわけ? 『カレン』はまだこの世界でやることが残されているって言ったじゃない。それって、ヒロインを虐めて最後には殺される役目のことを言ったんでしょ」
「そんなこと、私は一言も言っていないぞ」
「は!?」
私は信じられない言葉を耳にして目を広げた。
「私は確かに『カレン・ドロノアにはまだこの世界でやることが残されている』と言ったが、それは悪女としてではない」
「じゃあなんで……?」
あんなこと言ったのよと、眉を寄せる。
「私は、この世界がむざむざと滅んでいくのをただ眺めていたくはなかったのだ。この世界を救う役割を担うことができる人間を求めていた。お前の魂がこちらに来た時、たまたま引き寄せられただけの偶然に過ぎなかったかもしれないが、眼の前に現れたお前に私は賭けることにした。だが肉体のない魂はずっととどめておくことはできない。天に帰ってしまうことはすぐにわかった。そのとき、元のカレン・ドロノアの魂が肉体から抜け出していたのは僥倖だった。お前が天に帰る前に、元のカレン・ドロノアの魂が元に戻ってくる前に、急いで事を運ばねばならなかった。選んでいる暇はなかった。それで仕方なくカレン・ドロノアの肉体にお前の魂を入れたのだ。それ故、新しい魂を宿したカレン・ドロノアに『この世界でやることが残されている』と言ったのだ。この世界を救うに相応しい人間として足るべきかどうか、見極めるためにな」
話についていけず、ぽかんとする。
「そしてお前は見事、私の意に適う働きをした。困っている者、弱き者を進んで助ける心の優しさ、清らかさを持ち、困難にあっても挫けず、立ち向かう勇気を抱え、そして、同じく、清く正しく、また強い心根を持った七人の戦士たちをその手で見つけ出した。お前は十分この私の力を授けるに足る人間だ。私のあの時の勘は正しかったというわけだ」
「ははは」と笑うように、神様から発せられる光が激しく明滅した。
そしてその光を落ち着かせたあと、白い球体の光が強まった。
「魔王が復活した。ひとりの少女の魂を養分として、本来よりも少し早い復活を遂げたのだ。その前に七剣士を見つけ出せたのは運が良かった。魔王が復活すれば、この世は闇に落ちる。お前は私の力を使って、七剣士とともに、魔王を倒すのだ」
「ちょっ、ちょっと待って!!」
話の展開についていけず、慌てて声をあげる。
「魔王ってなんのこと? それに七剣士って……」
千年前、聖女と一緒に魔王を倒したのが七剣士よね。それに――
「魔王は千年前に倒されたのよね?」
「完全ではなかった。心臓の欠片が少し残っていたのだ。その欠片を元に長い時間をかけ、徐々に力を取り戻していったのだ。完全に復活するにはまだ至っていなかった。が、こちらの世界に意識を飛ばして人間の夢に忍び込む程度には、回復していたようだ。それによって、人間の少女たちが惑わされた」
「どういうこと?」
「魔王はひとの欲望や憎しみ、怒り、妬みといった負の感情を増幅させる力を持っている。魔王の言葉を聞いてるうちにだんだんとそれしか考えられなくなるようになり、人は正気を失う。どうやらお前の命を狙った少女たちの夢に入り込み、そういった部分につけこんだようだ」
それってほぼ洗脳に近いわね。ん? ちょっと待って? お前の命を狙った少女たち?
私はばっと顔をあげる。
「じゃあ、ミレイアたちが私の命を狙ってきたのは、魔王のせいってこと?!」
「そういうことだ」
私はあまりのことにちょっと放心する。魔王に存在さえ突飛なのに、すぐ近くにその魔王の影響を受けてた人間がいたなんて。でもそういえば、ガブリエラ、「あの方が夢に出てきて、約束してくれたの」って言ってたわね。
あの娘たちによく思われていなかったのは、確かだから、私に対する憎しみも増幅させられたのね。
「でも、私を殺してなんの得が?」
私がいなくなれば、イリアスやフェリクス、エーリック、ラインハルトの思いを寄せる人間がいなくなるから、彼女たちが得するのはわかる。でも魔王は?
「先程完全に復活するには至っていないと言ったであろう。早く復活するには養分がいる。それが彼女たちの魂だったのだ」
「魂……」
「彼女たちの感情につけいった上手い取引だったのだろう。お前を殺せば、望みものが手にはいると」
そういえば、セレナは「あなたを殺せば、お兄様が手に入る」と言ってたし、ガブリエラは「あなたを殺せば、エーリックをくれるって」って言ってたわね。
「それで、その取引をするとどうなるの?」
「取引に応じ、お前を殺せば、彼女たちの手は悪に染まり、魔王に魂を売り払ったことになる。その時点で、彼女たちの魂は闇に落ち、魂を吸い取られ、魔王の糧になる」
「それじゃあ、最初から望みのものは手に入らないじゃない」
「そういうことだ」
「悪辣ね」
「魔王とはそういうものだ」
「ただ操られて、いいように利用されたってことね」
彼女たちの正気を失った様子をふと思いかえし、ゲームの『カレン』と重なる。
カレンも彼女たちと同じだったんじゃ。ゲームでは『悪魔と取引した』ってなってたけど、本当は魔王だったのよ。そう考えれば、今の状況と辻褄が合う。ゲームのカレンも魔王に負の感情を増幅させられてヒロインの命をとることを条件に取引したんだとしたら、あんなに執拗にライバル令嬢と一緒になって命を狙ってきたのも頷ける。ゲームでは決まって攻略対象者たちが助けに入ってくれたから、ヒロインは命を奪われることもなく、魔王も復活しなかったから、平和なエンディングを迎えることができた。でもちょっと待って。
「さっき魔王の復活が早まったって言ってましたよね。もしかして、彼女たちの魂がなくてもいずれ蘇るってことですか?」
「その通り」
オーマイガー。
「それっていつなの?」
「今から三年後だ。魔王が敗れてから、ぴったり千年後だな」
私は指で計算して、驚愕する。それって、ヒロインと攻略対象者たちが結ばれて卒業した年じゃない! ゲームではカレンが逆に倒されたから復活できなかったけど、卒業したあと魔王がすぐ復活したんだとしたら、そのあとの彼らは一体どうなったんだろう。無事魔王を倒したと願いたい。そこで、ふとさっきの言葉を思い出す。
「さっき七剣士って言ってましたよね。それって、攻略対象者たちのこと?」
ぴったり数も合うし。
「攻略対象者たちが誰を指しているかはわからぬが、お前が頭に浮かべている者たちで合ってると思うぞ」
「さっき七剣士とともに、魔王を倒せっていってたけど、過去の出来事を振り返るに、じゃあ、私が聖女ってこと?」
「そうだ」
何の躊躇もない頷きに飛び上がってしまう。
うわあ。悪女が聖女になっちゃった! っていうか、最初から悪女じゃなかったみたいだけど。
急な展開に話がついていけない。
「お前と深い結びつきを持った者たちならば、お前を通して、私の力を得るだろう」
その言葉に思わず、はっとする。
「じゃあヒロインは!?」
「ヒロイン?」
「ヒロインがいるはずでしょう! 本当だったら、攻略対象者たちと結ばれているのはヒロインだったはず。さっき優しさとか勇気とか言ってたけど、本来ならヒロインにその言葉が当てはまるわ。ヒロインは一体どこに行っちゃったの? まだ出てきていないだけで、本当は彼女が聖女になるはずだったんじゃない?」
私は焦って、神様に詰め寄る。
「はて。お前が言うヒロインとは一体誰を指すのだ」
「誰ってそりゃ……」
ここにきて、ヒロインに大して何も説明できないことに始めて気づく。
「顔は? どんな姿をしておる?」
ゲームの説明書では、ヒロインの顔は黒く塗りつぶされて、髪型しかわからなかった。スチルでも、ヒロインはいつも見切れてたり、後ろ姿だったり、髪に隠れたりして、見れなかった。あれはプレイヤーが自分に反映できるように制作会社側の配慮だと思っていた。けど――。
「どこに住んでおるのだ?」
そんなの知るわけない。編入前は王都で育っていたとしか。父親がわかってからは男爵家に移り住んだけど、父親の名前も家名も出てこなかった。
「名前は?」
「名前は……ないわ。プレイヤーが好きに決めていいの。大概、自分の名前をつけるひとが……」
「顔も名前もない人間が果たして、この世にいるか?」
あまりに当たり前の質問に否定するのも、馬鹿みたい。でも、私の頭は今知らされた事実に、思考が停止してしまいそうだった。
「じゃあ、最初からヒロインはいなかったってこと……?」
「お前の指すヒロインが誰のことを言ってるのかは知らんが、顔も名前もなければ存在していないも同然だろう。そうではないか?」
「………」
固まってしまった私に、神様がすうっと近づいてきた。
「さて、話はこれくらいにして、お前に私の力の一部を授けるとしよう」
白い球体がぱあっと明るくなったと思ったら、中から一回りほど小さい白い球体が浮き出るように出てきた。
その白い球体が私の胸元に当たると吸い込まれていく。白い小さい球体が放つ最後の光線が消えると、まるで最初からなかったみたいに、跡形もなく、胸のなかにおさまった。
これが神様の力? 何も感じられないし、変わったように見えないけど?
私は試しににぎにぎと、手のひらを動かす。
「さあ。もう目を覚ませ。お前を待っている者たちがお前が目覚めるのを待っているぞ」
「え? 私、死んだんじゃ」
「死んではおらぬよ。お前の体はしっかり生きておる」
「神様が生き返らせてくれるってこと?」
「それは違う。死人を生き返らせるのは摂理に反するからな。起きればわかる。一回きりのまじないだ」
「よくわからないけど。じゃあ、魔王も復活していないんじゃ」
「魔王は復活した。お前の心臓に刃を突き立てた時点で、彼女の中では取引を履行したも同然だからな」
神様が私から離れていく。
「さあ、聖女よ。世界を救え」
「あ、待って! もし私が聖女になれる資格がなかったら、どうするつもりだったの? 私のこと知りもしないくせに、なんでそんな危険な賭けに出ようと思ったの?」
聖女になれる資格のあるひとは、ほかにもいっぱいいるはずなのに。
神様が上にあがりながら、細かく震えた。どうやら笑っているらしい。
「資格がないだと? さっき自分で言ったことを忘れたのか?」
「自分で言ったこと?」
「お前は向こうの世界で、この世界にいたとき、なんて名だったのだ?」
プレイしてたとき? ヒロインの名前のこと言ってるのよね。
「そりゃ、私の名前が花蓮だから『カレン』って――。あー!! 嘘でしょ!?」
「ははは。答えが出たな。お前があちらで自分の名前をヒロインにつけていたなら、お前はこの世界ではヒロインとして存在していたということだろう? なら、今のお前も然り。だからお前の名にはふたつの意味が込められているのだよ。カレン・ドロノアの『カレン』でもあり、ヒロインの名である『カレン』という意味。『カレン』という名でヒロインが存在していたなら、当然、ヒロインはその名を持っていないとおかしいだろう。偶然ではあるが、運命の悪戯だな」
「そんな……」
白い球体はもう頭上高く上がっていた。
「言い忘れておったが、魔王のところまでの案内役を遣わしておいたから、彼らに従うと良い」
「最後にもうひとつ!!」
私は声を張り上げた。
「お母さんとカレンは元気!? 向こうで仲良くやってるかなあ!?」
私の言葉に答えるように、神様がひときわ強く輝いた。その答えが、是と受け取った私の意識はそこでふつりと途絶えた。
ヒロインは最初からいませんでした。
『0、説明書』で、ヒロインの紹介文、名前もかかず、CVもなしとして、読者様には最初からヒントを出していたのですが、気付いた方はどれくらいたでしょうか(^_^;)
単純な登場人物紹介なら出てこないヒロインを書く必要はなかったのに、わざわざ書いた理由はこれです。
じゃあ『悪女』の役割のカレン・ドロノアは?って思った方もいると思いますが、この世界にとって(神様にとって)『悪女』は重要な存在ではありません。(この世界にはシナリオなんて存在しないし。制作陣が『乙女ゲーム』の悪女の役割をカレンに与えただけ)&(ただの『性格の悪い人間』がいるだけの話)『悪女』がいてもいなくても、大して未来は変わらない(魔王はいづれ復活するので)けれど、『聖女』がいるかいないかでは大きく変わってきてしまうので、『カレン・ドロノア』の魂より『橘花蓮』の魂が優先されたという感じです。(救済措置として、カレンは橘花蓮の体に入りましたが)
ヒロインは架空の人物でしたが、他の登場人物に関してはちゃんとこの世界にいました。名前も、容姿も(説明書にはちゃんとイラストが書かれてます。ヒロインは顔が真っ暗ですが。流石にイラストは書けないので(^_^;))声もあるちゃんとした人間なので。制作会社側は100パー自分たちの想像力だと思っていますが、ある日突然頭に浮かんだ人物が別の世界で全く存在しないなんて言い切れません。
私の好きな言葉で「人間が想像できることは、必ず実現できる」というのがあります。これは技術的な面で言ってると思いますが、私は空想もそうだったら素敵だと思っています。
だから、ある日突然制作陣の頭に降ってきた『きらレイ』のキャラクターやストーリーは空想ではなく、元々存在していたという感じです(そこに制作陣がヒロインという架空の人物をいれて、恋愛シュミレーションゲームにした)。言い替えたら「人間が想像するものは、実際存在する」でしょうか(^_^;)
これは前作が全くそのとおりで、ほとんど全部頭に降ってきました。何も考えてなかった頭の中に、突然降ってくる不可思議な現象に、これは私が想像してるものではなく(実際その通りでした)、こことは違う別の世界の一幕が勝手に頭に落ちてきたんだと思ってます。なので、私の中ではアレクシスとクリスティーナはどこかの別の世界で本当に今も生きてると信じてます。彼らが頭に降ってこなかったら、私は小説を書こうとしなかったと思います。(今作はまた書いてみようと思った私の思いつきです。ちなみに100パー私の頭から絞り出した作品です)
その考えでいくと、『きらレイ』のキャラクターたちの性格や、台詞、イベントはシナリオ通りに沿ったとかゲーム補正とかではありません。(生きてる人間がシナリオとかゲーム補正に縛られるなんて、あり得ないので。ちゃんと意思があるのに)本人たち(悪人も含め)の行動や意思によって、もともとあるべき形としておさまったという感じです。(制作陣は自分たちの想像力から生み出したと思っています)想像が先か、本人たち(登場人物)が先かでいくと、本人たちです。
なので、ミレイアに関してもゲーム補正ではなく、なるべくしてなったという感じです。ゲームの世界では、子供の頃、カレンが開いた茶会で、ミレイアはカレンにトラウマ級に傷つけられた過去があります。それ以来、性格がおとなしくなってしまったという感じ。(大人の時と違って、子供の時のそれは性格にも影響がでたのだと思います。)ゲームではカレンが怖くて、いつも隠れてました。しかし、こっちでは傷つけられることもなく、カレンもいない(茶会に出ず、存在を消してた)ため実質ナンバーワンのため、周りがよいしょしてくれるせいで、今の性格になっちゃったって感じでしょうか。
長くなってしまって、すみませんm(_ _)m
あと残り5話(戦闘シーンが3話つづきます)で終わる予定ですが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。




