57、帰り道
「また来てね、カレンちゃん。今度は屋敷の中を案内してあげるわ」
馬車の前でエルネスタが私の手を取って握る。
トマスは帰してしまったので、帰りはユーリウスが馬車で送ってくれることになった。
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
「ふふ。絶対よ」
「今日は来てくれてありがとう。人数がひとり増えるだけで、違うものだね。料理もいつもよりずっと美味しく感じられたよ。毎日、こうだと嬉しいんだけどね」
エルネスタの隣に立つクリスティアンが微笑む。
うんうん。みんなでわいわい食べたほうが、料理も美味しいもんね。
「お父様も一緒に見送りに出てくればいいのに」
「照れ屋なんだよ」
食事の終盤では、エルベルト公爵も笑顔を見せるようになっていた。笑うと目尻が垂れ下がり、鴉の足跡と相まって、穏やかな雰囲気になる。最初の堅ぶつの印象がすっかり取り払われていた。
「公爵様にもよろしくお伝えください。今日はとても楽しい席をご用意して頂いて、ありがとうございました」
「あら、お礼なんていいのよ。カレンちゃんと私たちの仲じゃない」
私の手をぎゅっと握って、にっこり笑う。
「母さん、いい加減その手を離しなよ。それじゃあいつまでたっても、お別れできないよ。それにこれは、俺の『手』」
呆れ顔のユーリウスが割り込んで、エルネスタから私の手を奪う。
「さあ、カレン、乗って」
私を馬車のほうへ促す。
「ユーリスったら。私たちにも少しはわけてくれたっていいじゃない。意地悪ね」
「何が意地悪だよ。ずっと独占してたくせに」
息子がぼやくのを、エルネスタが綺麗に無視して、私に手を振った。
「カレンちゃん、またね」
私も馬車の中から振り返す。
「はい。さようなら」
二人に見送られながら、馬車が出発する。
向かえの席のユーリウスが、はあと力を抜くように溜め息をついた。顔を上向かせて顔を覆う。
「全然ひ__じめできなかった」
口元が覆われてるせいで声がくぐもって、よく聞き取れない。
首を傾げていると、ユーリウスが顔から手をぱっと離して、向き直る。
「カレン、まだ時間ある? せっかくだからどっか寄ってこう」
私は窓の外がまだ明るいのを見てとると頷いた。
「うん。いいわよ。とくに予定もないし」
「よし、決まり」
ユーリウスが指示を出すと、馬車がお店が並ぶ大通りへと向かった。
目的地に到着し、馬車から降りるときユーリウスが手を差し伸べて降りるのを助けてくれたけど、降りてからも手を離してくれる様子はない。
またカップルに間違われるんじゃないかしら。恥ずかしくて「離して」と口を開きかけたけど、ユーリウスの横顔があまりに楽しげだったから、言うタイミングを失ってしまった。
うう。イケメンの横顔ってずるいわね。
ふたりで足の向くまま、ぶらぶらとお店を見て回る。
ガラス細工店に行けば、品物を掲げ、その精巧さにふたりして感心したり。
工芸品店の店に行けば、店主の説明にふたりで聞き入ったり。
似顔絵師を発見すれば、その完成度に賛美を送ったり。ふたりで色々楽しんでいると――
「あ、ジェラート屋さん」
私の目にカラフルな色合いの屋根が飛び込んできた。ゲームで何度も見ていたから、すぐにわかった。
ユーリウスが足をとめた。
「なに。ジェラート好き?」
「好きっていうか――」
学園の帰りに寄り道すると、ランダムに出てくるお店のうちのひとつがジェラート屋だった。
ヒロイン自身が食べたり、攻略対象者が食べていたり。何度も画面上で目にしているから、自分でも食べたい気持ちがわき起こってくる。うずうずした気持ちを察したのか、ユーリウスが手を引っ張った。
「いいよ。行こ」
「でも、さっき食べたばっかだけど」
「俺が食いたいの。食べれなかったら、カレンの分も俺が食べてあげるから。――何にする?」
ショーケースの中を覗き込む。
店員さんの目の前まで来たら、頼まないと逆に失礼よね。まあ、いっか。デザートは別腹って言うし。何より美味しそうだもん。
「うーん。じゃあイチゴかな」
「俺はそうだな、――葡萄にする」
「葡萄好きなの?」
「っていうより色が気に入ったの」
ユーリウスが意味深に微笑む。色? 紫が好きってこと? 選ぶ基準、変わってるわね。
店員から赤と紫のジェラートをそれぞれ手渡される。私は赤色、ユーリウスは紫。
店を出たあとも、さも当然とばかりにユーリウスが手を握ってくる。
「ねえ、いい加減離してよ」
「ダーメ」
「どうして?」
「うーん、迷子になったら困るから?」
ユーリウスが今思いついたみたいに、首を捻って言う。
街は今の時間帯、夕方近くもあって、買い出しに来た人々で賑わっている。ちょっと離れれば、探し出すのに時間がかかるかも。
初め会った時と比べると、だいぶ体は成長したようだけど、中身はまだまだ子供ね。
迷子になるのが、怖いだなんて。
よーし、このお姉さんがついてるから、安心しなさい。
私が胸を張る横で、ユーリウスがぼそっと呟く。
「カレンがだけどね――。ま、納得してくれたなら、いいや」
「ん? 何か言った?」
「なにも」
ユーリウスが作り笑いを浮かべて首を振る。変なの。
そのまま手を握って、私たちはジェラートを食べながら進む。
さっきから通り過ぎるたび、女の子たちが羨ましそうにこっち見てるけど、ジェラートがほしかったら、あっちにあるわよ。やっぱり女の子は甘いものに目がないわね。
気ままに歩を進めていると、今度は人だかりが見えてきた。
「何かしら?」
近付いて覗いてみると、男の人ふたりが変わった格好で大道芸をしていた。細くて長い棒を持って、その上でボールがくるくる回っている。
「へえ、すごい」
「見てく?」
「うん!」
私とユーリウスは観客に加わった。芸人がひょいっと反動をつけてボールを投げれば、今度はもうひとりの男性が棒の先でボールを受け取る。ボールは変わらず回り続けていた。周りから歓声と拍手がわきおきる。
それから次から次へとは技が繰り広げられ、大道芸人が、見ている人の目を奪っていった。
芸人ふたりは言葉を発さずに、剽軽な表情と仕草で笑いを誘ってくる。
いつの間にかジェラートを食べ終わっていた。
ふとユーリウスの横顔を見ると、大道芸人のやり取りがおかしかったのか、歯を見せて笑ったところだった。
その笑顔が眩しくて思わず目を細める。
ゲームではこんなに表情豊かなユーリウスではなかった。いつもどこか影を帯びていて、時節見せる表情が寂しげだった。そんなところが魅力的でセクシーなキャラクターだったけど、今の私にはすぐ横にいる彼のほうが何故だか魅力的に思えた。
彼がまた声をあげて笑う。
ヒロインの前でもこんなにあけっぴろげに笑ったところなんて見たことがなかった。
私に見つめられていることに気づいたのか、ユーリウスが視線を向ける。
「なに?」
私は握っていないほうの手を無意識に伸ばし、ユーリウスの髪に触れた。
「あなたが幸せそうで良かったなって思ったの」
ユーリウスを見上げながら、その髪を優しく撫でる。
「初めて会った時とても辛そうだったから――。今のあなたを見たら、すごく嬉しい気持ちになったの」
泣きそうだった少年が幸せそうに笑っている。
その姿を目にしたら、胸に迫るものがあった。
大切な家族を彼が喪うことがなくて、本当に良かった。
『本物』は『ゲームが作った彼』なんかじゃなくて、『今の彼』なんだと実感する。
あれはゲームが作った幻。攻略する上で誰かが不幸になる設定なんていらない。そんなもの、どぶにでも捨ててしまったほうがいい。だって、ユーリウスもエルネスタもクリスティアンも生きている人間だもの。
いつの間にか、大道芸が終わっていた。
ひとがまばらに散っていく。
手をおろして、私もユーリウスの手を引いて歩き出そうとした。
けれど逆にぐんと引っ張っられた。
「きゃっ!」
気付けば、ユーリウスの腕に包まれ、抱きしめられていた。
頭上で深い溜め息が吐かれる。
「はー。不意打ちすんの、やめてくんない?」
なっ! 不意打ちなんて、心外ね。
「それはこっちの台詞! 不意打ちするのはいつもユーリウスじゃない。いっつもひとのことドキドキさせて」
「ドキドキしてくれてたんだ? うれしー」
ユーリウスの声音に楽しげな響きが混じる。
あ、またひとをからかってるわね。私はユーリウスから離れようと身をよじった。
「離して」
「やだ」
「どうして」
「今この時はあんたが俺のもんだって実感できるから」
え?
さっきとは打って変わって、真剣な声の響きに動きがとまる。
ユーリウスが私の耳元に唇を寄せ、そっと呟く。
「俺に幸せでいてほしいんだろ? だったらこのまま俺に捕まっとけ」
ぎゅっと抱きしめられている腕に力がこもる。顔がユーリウスの胸の中に埋もれているせいか、周りの音が不思議と遠くに感じた。ただユーリウスの鼓動と、低いさっきの呟きが頭の奥で幾度もこだまする。
え?! どういうこと?!
「このまま俺に捕まっとけ」だなんて、まるで、ずっとそばにいろって聞こえるわ。そんなはずないのに。
混乱して言葉をなくしていると、ユーリウスが体を離した。
私の顔を覗き込む。面白いものを見たように、いたずらっぽく目がきらっと輝いた。
「顔、真っ赤」
さっきの真剣の声音の彼はもうどこかに行ってしまったみたい。
またからかったのね。そう言おうとしたのに、何故か言葉が出てこない。
「行こう」
ユーリウスが私の手を引っ張った。
ユーリウスの後ろ姿を見ながら、私の頭の中ではさっきの言葉がいつまでもこびりついて離れなかった。
ようやくユーリウスに対しても自覚し始める主人公(((;ꏿ_ꏿ;)))




