56、団らん
生で見るフェレール公爵は、ゲームでみた通りの、ぴんと背筋が伸びた矍鑠とした老人だった。
白髪が混じった赤髪を後ろできれいに撫でつけ、鼻下の髭はきれいに整えられている。
痩せてはいるものの、それが却って顎の鋭い線や隙のない体つきを強調して、油断のならない印象を与える。ひと目でフェレール公爵家の当主だと、納得させてしまう威厳があった。
眼光の鋭い目つきに睨まれ、私の額から汗が噴き出した。
「カスパル・ドロノア侯爵の娘、カレン・ドロノアです。本日は栄えあるフェレール邸にお招き頂き、ありがとうございます。どうぞお見知り置きください」
指先まで意識して、ゆっくり丁寧にカーテシーをする。鋭い目線を前にすると、まるで見定められているような気がしてくる。
きちんとお辞儀できたわよね?
貴族の令嬢に相応しい振る舞いができるようにと、お父様は私に家庭教師をつけてくれている。それこそ、『カレン』だった時からだ。望んだのは『カレン』。理由は多分、早く大人になりたかったからだと思う。性格は難ありだけど、自分から進んで学ぼうとする意欲は尊敬する。
金に糸目をつけず、一流の家庭教師を国中から集めようとするお父様を途中からとめるのは大変だったけど、今ではお蔭さまでそこらへんの貴族の令嬢に負けないくらいの教養は身についたと思っている。というか、信じたい。じゃないとお父様に申し訳ない。
私が緊張した面持ちで公爵の言葉を待っていると、真一文字に結ばれた唇が開いた。
「儂の名はエルベルト・フェレール。我が孫に引き合わせてくれて、感謝する。今日は楽しんでいかれるが良い」
「お父様、そんな厳つい顔のままおっしゃられたら、楽しめないわ。相手は可愛らしいお嬢さんなんだから、少しはにこりとしないと。永い付き合いになるかもしれないのに、それだと最初から嫌われてしまうわよ」
「そうですよ。お義父さん。最初が肝心です。永いこの先、いつもそれでは、仲良くなれるものも仲良くなれませんよ」
ユーリウスの両親、エルネスタとクリスティアンが畳み掛けるように言う。
さっきから思ってたけど、やけに『永い』って言葉が耳につくんだけど、気のせいかしら。
私、あんまりというか全然、貴族同士の付き合いというものをやったことがないからわからないけど、『永い』って言葉、貴族の常套句のなかに組み込まれてるのかしら。
私が内心首を捻っているところに、ユーリウスが声をかけて来る。
「カレン、こっち」
ユーリウスがテーブルの前の椅子を引いてくれていた。
「あ、ありがとう」
私は慌てて思考を中断させて、椅子の前に移動した。
ユーリウスが私の動作に合わせて、椅子を押してくれる。
「祖父さんも父さんも母さんも、いい加減席に着きなよ。客人をいつまで待たせる気?」
「あら、ごめんなさい」
「悪かった」
エルネスタとクリスティアンが謝り、エルベルト公爵がごほんと咳をする。
ユーリウスは私の隣に座り、向かいにユーリウスのご両親。上座はエルベルト公爵が座った。
準備が整ったのをみてとって、執事のイヴァンが合図を送る。
昼餐が始まった。
白いブロケード織りのテーブルクロスの上に、お皿が並べられていく。
彩りも美しい前菜から始まって、スープ、肉料理、魚料理、サラダと次々に運ばれてくる。
普通は一品終わったら、次が出てくるけど、フェレール家は一気に出てくるみたい。
向かいのクリスティアンが目配せする。
「ほかの家はどうかは知らないけど、うちはこういうスタイルなんだ。これだと、自分の好きなものから食べられるし、他の人は食べ終わった時、自分だけ食べ終わってないと焦る必要もない。このほうが気兼ねしなくていいからね」
確かに。これだと、自分のペースで食べられるからいいかも。
「って、なんだかんだうまく理由つけてるけど、要は庶民だったときの感覚が抜けないだけ」
隣でユーリウスが口を挟む。
そう言われれば、向こうの世界での食卓もこうだった。その時の光景を思い出し、懐かしく思う。
お母さん、元気かな?
「さあ、温かいうちに召し上がって」
エルネスタが私に微笑みかける。
「はい。いただきます」
私は早速料理に口をつける。
「美味しい……」
「良かった。今日はここが実のお家だと思って、遠慮せず食べてね」
高貴な家柄の出身にもかかわらず、嫌味も奢ったところもひとつもないエルネスタに、私は好感を抱く。
「そうそう。私たちを本当の家族だと思って、寛いでくれていいからね」
向かいのクリスティアンもにっこり笑う。
こんな悪女に対して本当の家族と思っていいって言うなんて、なんて心が広いのかしら。
感激している間に、料理が次から次へと運ばれてくる。フェレール家の賑やかな昼餐が始まった。
他愛のない話から学園の話、そしてユーリウスと初めて会った時のことが話題にのぼる。ユーリウスが何故フェレール家の者だとわかったのかエルネスタに尋ねられた時は、以前ユーリウスに話したときと同じようにごまかした。
エルネスタがにっこり笑う。
「こうしてまた会えて良かったわ。ユーリスにあなたの名前と特徴を聞いて、私たちずっと探してたのよ。でも、全然見つけられなくて」
「跡形もなく消えてしまったから、もしかしてあの時だけ天から遣わされた天使なんじゃないかって本気で考えたりもしたんだよ」
「そうね。それを一番初めに口にしたのもユーリスだったわね。あんまり見つからないから、途中から真剣に天使かどうか悩んでた時期も――」
「母さん!」
ユーリウスが突然、フォークを持った手をどんとテーブルにおくと、話に割り込んできた。
「そんなガキの頃の話はいいよ!」
心なし顔が赤くなっている。ユーリウスが慌てるなんて、珍しい。私は目を丸くする。
「あら。やっと会えた恩人に積もり積もったこの想いを語ることも許されないの?」
「それなら俺の話は抜きにして、母さんだけの話にしなよ」
「あら、つれない子ね。息子を想う親の気持ちがわからないのね。人がせっかく息子の想いを伝えてあげようとしてるのに」
「そういうのは自分でやるから。余計なお節介」
ユーリウスが素っ気無く告げると、エルネスタが軽く頬を膨らませて睨んだ。とても歳が倍近く離れてるとは思えないほど可愛らしい仕草の女性である。
ここまで黙って聞いていた私は顔が赤くなるのを感じた。
『息子の想い』って、ユーリウスが私に感謝してるってことね。ゲームの知識があったから引き合わせてあげることができただけで、本当は感謝されるようなことなんてしてないんだけど。でも本当のことは言えない。
それにしても私が天使だって!
自己紹介し合った時もその言葉が出たけど、本当は私のこと言ってたのかしら。
いやぁ! 気恥ずかしい!
純真無垢とはド反対の悪女を天使だなんて、罪悪感がハンパないわ。
恐縮して肩を縮こまらせていると、エルネスタが今度はこちらに顔を向けてくる。
「ユーリスに聞いたんだけど、婚約者がいるの?」
「あ、はい」
突然の話題展開に戸惑いながら、とりあえず頷く。
「ねえ、カレンちゃん」
エルネスタが身を乗り出してくる。
「相手の子が好きならともかく、そうじゃないなら、その人ひとりに絞るにはまだ早いと思うの。もしかしたら、もっといい相手に出会える可能性だってあるでしょう? それこそ私とクリスティアンが出会ったみたいに。――ねえ、お父様?」
話を向けられたエルベルトが軽く咳払いをする。
「ユーリスに関しては本人とお前たちに任せておる」
ん? 何故ここで突然、ユーリウスの名がでてきたのかしら? 私の婚約の話よね?
「お父様も本当に、以前とは比べられないほど変わったわ」
エルネスタが眉をあげて感嘆していると、クリスティアンが目を向けてくる。
「ちなみに婚約者は誰か聞いてもいいかい?」
「イリアス・ペルトサーク様です」
「なんだと」
突如、公爵の瞳の奥が光ったように見えた。
「あらまあ、よりにもよって、あのペルトサーク家だなんて」
「ペルトサーク家だとどうかするのかい?」
「お父様は昔からペルトサーク家相手だと、熱くなるのよ」
「それはまたどうして?」
「学園に在学中の頃、初恋相手があっちと被ったらしいの」
エルネスタとクリスティアンのひそひそ話が始まる。
「お義父さんのこの反応だと、もしかして負けたの?」
「それがね、相手の女の子、どっちも選ばなかったみたい」
「へえ。やるね」
「あいつがいなきゃ絶対自分のこと好きになってたっていう当時の悔しい思いを今でも引きずってるのよ」
「それ、誰から聞いたの?」
「お母様。お母様がその時のお父様を慰めたみたい」
「でもそれが縁でお義母さんと結ばれたからいいんじゃない?」
「ね。でも恋心は忘れられても、ライバル心は別なのよ」
「お義父さんらしい」
ふたりでくすくす笑っている。
「でも、人の心ばかりはどうすることもできないから、その女の子が別のひとを選んだんなら、結局、ペルトサーク家の人間がいてもいなくても、結果は変わらなかったんじゃない?」
「それがね」
エルネスタが余計声をひそめるように、クリスティアンの耳元に唇をあてる。
「好きな子にあげる花束に虫を入れられたり」
「ええ?」
「大量の塩をお茶に入れられたのを気付かず飲んで、その子の顔に思いっきり吹き出したりしたらしいの」
「うわー。それは恨みたくもなるね」
「でしょう。他にも色々やられたらしいわ」
「でも、おかしいな。ペルトサーク家の人間は真面目っていうイメージがあったんだけど。なんかそんなことをするイメージとは結びつかないよ」
「それは息子のほうよ。同級生だったから、なんでそんなに真面目なのか一度聞いたことあるんだけど、父親を反面教師にしたんですって」
「……それはまた同情するな」
「噂によると、現公爵はすごく剽軽で破天荒な性格らしいわ」
「お義父さんと真逆じゃないか」
声を潜めていたはずのエルネスタとクリスティアンの会話は、熱がこもったのか、今や普通に聞き取れる音量まで大きくなっている。
私はさっきから漂ってくる不穏な空気を肌に感じて、たらりと汗を流しながら、目線だけ動かした。
見れば、公爵が怒りの炎を背中に背負いながら、目を据わらせて彫像のように微動だにせず固まっている。
今、「これがかの有名な羅刹像です!」と紹介されても信じてしまいそうである。
テーブルにおいた公爵の拳のなかにあるフォークがみしりと音をたてた。
ひいっ。あれって、金属じゃないの!?
和やかな食卓のはずが何故こうなったのかしら!?
公爵の様子に目が離せずにいると、公爵が口を開いた。
「あいつに負けることだけは、許さん! ユーリス! あの家と勝負するなら、絶対勝て。儂がやつに挑戦状を叩きつけてやる!」
「良かったわね。お父様のお墨付きがとれたわよ」
エルネスタがユーリウスに目配せしたので、私も釣られて見る。
ユーリウスが私の視線に気づき、ウインクしてくる。
「動くからには、やっぱり家の協力を仰がないと」
『動く』の意味は話の道筋から、『戦う』ってことね。
さっきはなんで突然ユーリウスの名が出てきたのかしらと思ったけど、公爵の過去の話で合点がいったわ。
今後ヒロインが現れた時に、ヒロインを巡ってイリアスと争うから、そのための許可を得たってわけね。流石ユーリウスね。先見の明があるわ。
お母様もこのために私に話を振ったに違いないわ。ヒロインは元庶民だし、その上男爵家と爵位が低いから、フェレール家との間には色々と壁がある。でもそんなものは関係ない、好きになった人と息子が結ばれてほしいと、遠回しに公爵に伝えたんだわ。
それに私はイリアスと婚約してるから、話の流れをそっちに持っていくにはうってつけ。見事な作戦ね。
「想いが通じたあとに、あとから家の圧力で引き下がるなんて死んでも嫌だしさ」
うんうん。家名も権力も関係ない男同士の真剣勝負。漢気溢れてて、ドキドキするわ。
「これで、あいつも俺も平等」
ユーリウスが歌うように口にして好戦的に笑った。
頑張って! 応援してるわ。
その後は楽しい会話に戻り、あっという間に公爵邸を辞す時間になったのだった。
ユーリウスは自分の感情に素直だけど、猪突猛進型ではありません。どう動いたら自分に有利に働くか、計算高く考えて行動しております。大抵のものは手に入れる男です。
それにしても、ユーリウスの父親と母親、ばりばりカレンをペルトサーク家から奪おうとしているな。
この親にして、この子ありだな。
ちなみにイリアスは父親の影響と、もともと持っていた本人の性質であんな感じです。




