55、二度目のフェレール邸
今日はユーリウスの邸宅へ招待された日。
馬車の扉を開くと、あの日見た景色そのままに黒くて重厚な雰囲気の屋敷が視界全体を占めた。
平均的な貴族の屋敷とは比べられない大きさ。
漂ってくる威圧感に圧倒されてしまいそうになるけど、出迎えてくれた面々の雰囲気はそれとは真逆だった。
馬車の扉の前で、歯を見せて笑うユーリウスが手を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
私はユーリウスの手をとった。
今日の彼は制服姿ではなく、当然ながら私服だった。ゲームでは制服姿がほとんどメインだったから、こうして私服姿をおがめるのは貴重だ。
夏も近付いてきてるせいか、今日の彼はシャツにベストの出で立ち。逞しい胸板にそって現れる体の線から程よい色気が漂ってくる。
普段はジャケットに隠された肩のラインも、シャツの薄い生地越しから伝わって、つい素肌を連想してしまって、ドキドキしてしまう。
いけない。これじゃ変態だわ。でも、こんなに色気を漂わせるユーリウスにも問題があると思うわ。
学園の女子生徒が見たら、全員目をハートマークにしそう。だから、私が特別痴女なわけじゃないと思う。うん。
袖をまくってのぞく男らしい腕から目を反らし、私は馬車から降り立った。
「今日はお招き頂きまして、ありがとうございます」
スカートを持ち上げ、お辞儀をする。
ユーリウスがそんな私を上から下まで眺めた。
今日の私の格好は黄色のワンピース。腰がきゅっと窄まる代わりに、スカート部分が反対に広がってふんわりしている。ストライプ越しに花柄模様も散らばっている。襟部分や袖、裾部分にも控えめな白いフリルがついていてとても可愛い。と、私は思っているけど、アンナは「公爵邸に行くならもっと豪勢なドレスを!」と言ったけど、昼間のお茶会だし、動きにくいのは嫌だったから断った。
でも、やっぱりフェレール公爵家に招かれるなら、もっと着飾ったほうが良かったかしら。
「おかしい?」
私はスカートの裾部分を掴んで、首を傾げた。
ユーリウスが私の顔に視線を戻した。
「――まさか。このままずっと眺めてたい。できれば、俺の部屋に一生飾っておきたいくらい」
ぐはっ。なんでこんな簡単に攻略対象者は歯が浮くような台詞を吐けるわけ?
「またからかって」
「本当なのに」
ユーリウスが一歩足を踏み出して、私に顔を近付かせる。
「可愛い、好きだって何回言えば信じてくれる? 教えてくれれば何度でも伝えるけど」
真剣に考えちゃだめよ。お得意のからかいなんだから。それでも顔が真っ赤になることは止められない。
く〜。イケメンに免疫がないことがつくづく憎い。内心悔しがったところで、声がかかった。
「こら。ユーリス。いつまでお客様を独り占めしているつもり? 私たちにも紹介してくれなきゃ」
大きな両扉の前で、三人が立って私たちを見ていた。
格好からしてひと目で貴族の男女とわかるふたりと、その後ろに控えるように立つ執事姿の男性。その男性は見たことがあった。四年前にユーリウスを送り届けたときに対応してくれた執事だ。
ユーリウスが私の手を握ったまま、三人のいるほうへと歩き出す。
「母さん、ごめん。長年の夢が叶ったのが信じられなくて思わずひとりで堪能した」
「まあ。天使に夢中になる気持ちは私もわかるわ。私も今日の日を思うと、楽しみで仕方なかったもの」
天使? どこに天使が?
私は辺りをきょろきょろと見渡す。
あの噴水のところに飾られた天使かしら。あの像が好きなのね。
「母さん、父さん、紹介するよ。この子がカレン・ドロノア嬢。――カレン。俺の父さんと母さんだ」
ユーリウスに手でしめされ、私はカーテシーをする。
「初めまして。カレン・ドロノアです。本日は栄えあるフェレール家に招待され、大変光栄に思います。どうぞ以後お見知りおきください」
顔をあげると、女性が眉を下げて微笑んだ。ふんわりと波打った髪から、優しそうな雰囲気が漂ってくる。
線の細いたおやかで綺麗な女性だ。
「そんなにかしこまらないで。恩人に頭を下げられると心苦しいわ。こちらこそ、あなたにお会いできてとても嬉しいわ。私の名前はエルネスタ。気軽にエルネって呼んでね。これからどうぞよろしくしてちょうだい」
見た通り優しそうで、私は内心ほっとする。侯爵家よりも高い身分の公爵家。堅苦しい相手だったら、気詰まりな集まりになるかもしれないとちょっと心配だったのだ。
その不安を溶き崩すのを後押しするかのように、今度は男性のほうが進み出た。
「私はユーリウスの父のクリスティアン。あのとき、ユーリスをここに連れてきてくれて、本当にありがとう。君のおかげで、家族全員が助かったよ。あまり固くならないで、今日という日を楽しんでくれると嬉しい。これから永い付き合いになるんだから」
柔らかい笑みを浮かべたまま、手を差し出す。私も微笑み、手を伸ばして握手を交わす。
流石、ユーリウスの父と母。どっちも容姿がきらきらと光り輝いている。
まあ、それを言うなら、お父様もお兄様もそうなんだけど。
ユーリウスはちゃんと素晴らしい遺伝子を引き継いだのに、なんで私は悪役顔なのかしら。おかしいわね。
「中に案内するよ。中で祖父さんも待ってる。――ここで一緒に迎えればいいのに。あの頑固じじいめ」
「お父様は恥ずかしがりやなのよ」
エルネスタがくすくす笑う。
「そうだな。見かけに反して、意外と繊細だからな」
クリスティアンがフォローしてるのかしてないのか微妙な言葉を返す。
それがおかしかったのか、エルネスタがくすくす笑い、ユーリウスとクリスティアンも、首をあげて、ははっと軽く笑い出す。
その時、他人には入れない空気感のようなものを感じて、不思議な気分になる。
ゲームでは決して叶わなかったこと。身内だからわかる特別なやり取り。他人には入れない家族の繋がりが確かにそこにあった。
扉をくぐるとき、扉の脇に控えていた執事の男が目配せしてきた。
「わたくしめはイヴァンと申します。知らぬこととはいえ、あの節はご無礼をいたしました」
体を綺麗に直角に折り曲げる。
「いえ。そんな気にしないでください。私は当たり前のことをしたまでですから」
イヴァンが頭をあげる。その目が何故か潤んでいるような気がした。
「あなた様は本当に――。いえ。どうぞユーリウス様をよろしくお願い致します」
深々と頭を下げる。私は慌てた。
「いえ、こちらこそ、今日はよろしくおねがいします!」
今日は私がお世話になる身。礼はかけてはいけないと思い、私も深々と頭を下げる。
「カレン、早く――」
ユーリウスが階段の途中で、振り返って、呼びかける。
「今、行くわ」
私は再び、イヴァンにぺこりと頭を下げると、三人のあとをおいかけたのだった。




