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49、賭博場①

戦闘シーンが少しあります。

ハーロルトがオーナーに会わせてほしいというと、すんなり私たち三人は最上階に案内された。

ひとつの階をまるごと部屋にしたのか、中はだだっ広く大きかった。

派手な飾りがついた、血で染めたような深紅のカーテンといい、ちぐはぐな彫刻をほどこされたどでかい机といい、お世辞にも趣味がいいとは言えない。

極めつけは、その机の前に座る主である。でっぷりと肥えた腹と、脂ぎった顔。派手な色と柄の服のせいで余計膨張しているように見える。大きな尻が椅子にめり込んで見えるため「居心地悪くない?」と声をかけたいが、余計なお世話だろう。

その後ろの戸棚のガラスケースの中には、たくさんの銘柄のお酒が並べられていた。

そして、部屋には十人の男たちがオーナーを守るように半円状に佇んでいる。


「足抜けしたいだと?」


でっぷり肥えた豚、失礼、オーナーがお酒を注いだグラスを揺らしながら問いかける。


「はい」 


ハーロルトが前に進み出て、頷く。


「失敗したときの代償はわかっているだろうな。負けたら一生ここから抜け出すことは叶わぬと思え」


「わかっています」


オーナーはしばらくハーロルトを睨めつけたあと、頷いた。


「良いだろう。お前を買い取った金は今までの働きでチャラにしてやる」


「ありがとうございます」


「ところで、そちらのふたりはなんだ」


オーナーがドアのそばに佇む私たちに目を向ける。


「彼らは旧友とその知人です。俺の戦いを見守りたいと申し出てくれたので、こうして連れてきました。彼らがいれば、俺も心強いので」


「ふん。まあ、いいだろう。得物は剣のみ。先に一本とったほうが勝ちだ。三十分以内に十人全員から一本とったら、お前を解放してやろう」


「その言葉、必ず守ってください」


「ああ、守ってやろう、必ずな――」


オーナーがグラスを持ちながら、いやらしくにたりと笑った。


「ではこの部屋にいる十人が相手だ。せいぜいわしを楽しませておくれよ」


勝負の場所はこの部屋。ゲームでも背景画面に、机とカーテンが写っていた。

ハーロルトと対戦相手に剣が渡される。斬り殺さないためにも、刃は潰してあるみたい。


「始めっ!」


部屋の中央で、ハーロルトと男が睨み合う。制限時間は三十分。一人あたり、三分以上かけたら、ハーロルトの負けが決定してしまう。相手側にとっては時間は関係ないけど、ハーロルトにとっては命綱。

予想通り、ハーロルトのほうから先に仕掛けた。


「はっ!」


ガキンと刃と刃がぶつかり合う。それをスライドさせるように相手のほうへ流した。相手もそれに倣う。刃がお互いの腹へとぶつかるかと思ったけど、ハーロルトが素早く身をかがめた。相手の刃は宙を切り、ハーロルトの刃は相手の向う脛へと当たった。


「勝負ありっ!」 


やった。勝てたわ。私は胸の前で拳を握る。


「一分もかかってないわ。順調に行ったら、三十分もかからないんじゃない?」


「それはどうかな」


エーリックが呟く。


「どうして?」


「同じ手は二度は使えない。相手も見てるから。それに戦う相手はみんな初戦だけど、ハーロのほうはずっと戦い続ける。その分体力が消耗していくんだ」


「そんな――」


なんて無理難題の足抜けなの。これじゃあ元から勝てないと同じじゃない。誰も挑戦しないはずよ。

エーリックの予想通り、敵を倒すたびに刃を交える回数が増えてきた。


「頑張ってー!!」


私は声援を送ることしかできない。

ハーロルトの額に汗が滲み、真剣さが空気を伝ってびりびりと伝わってくる。

敵を打ち負かすたびに、覇気や緊張感、切迫感、闘争心、色んなものが充満して、この部屋自体が破裂寸前の風船みたいに感じる。


「はっ!」


ハーロルトが剣を打ち下ろす。相手が頭上で受け止める。しばらく拮抗していたけど、ハーロルトがふっと力を抜いた。その瞬間、相手の腹に蹴りを食らわせた。相手が吹っ飛び、倒れたところに、首元に剣を当てる。


「得物は剣だけだけど、体は使っちゃ駄目とは言わなかっただろ?」

 

「クソッ!」


男が悔しげに唸り、ハーロルトが剣を下ろす。


「勝負あり!!」


「やった! 八人目よ」


「五分切った。あとふたりだ。ちょっと難しいかも」


エーリックの読みをハーロルトもしたのか、叫んだ。


「ふたり同時に来い!!」


「うおおおっ!!」


男たちが剣を掴んで、同時に斬りかかる。

ひとりを剣で受け止め横に流すと、もうひとりの剣を飛びのけて避ける。

ハーロルトが剣を構え直す。ハーロルトからの反撃だ。

カンッカンッカンッカンッ!

激しい剣の打ち合いが始まった。

二人を同時に相手にしながら、自分の隙は見せない。


「すごい……」


エーリックが思わずといった感じで呟く。


「どんな時も剣だけは諦めなかったのね。きっと片時も離さなかったはず。剣が彼の唯一の支えだったから――」

 

惨めな生活の中で、ハーロルトに唯一希望をもたらしたもの――。

それが剣と親友との思い出だったに違いない。

売られた少年が過酷な環境のもと、剣を握る条件を手にするために、どれほどの犠牲を払ったのだろう。大人たちに殴られ、蹴られ、罵倒され、それでも諦めなかった。

屈辱の中、彼らの一味として認められたあと、ようやく許されたのかもしれない。それから、彼は毎日疲れ果てた体で、人知れず剣を握り続けたに違いない。でなければ、あれほどの腕になるはずがない。

そして、それほどまでに剣を求めたのは、剣をふるっている時だけは、騎士を目指し追いかけひたむきだった自分に戻れる気がしたから。そこには親友の姿もあったはず。


「ああ……」


エーリックもそれを感じ取ったのだろう。 

吐息のような声を漏らした。

騎士に憧れ共に同じ道を進もうと、切磋琢磨した日々が脳裏をよぎっているのかもしれない。その仲間が今、目の前で、運命を切り開こうとして剣をふるう姿に、心が打たれるのは当然のこと。


勝負が喫した。

ハーロルトが剣を弾きとばし、相手を袈裟懸けに切る。次の男には防御もせずに突進する。男の振るう剣を避けようと身をよじる。男の剣が腕に当たる。でもハーロルトは勢いを殺さず、剣を男の腹に突き立てた。


「ぐわっ」


男が無様な悲鳴をあげ、倒れた。

ハーロルトの腕の部分は切られていた。でもこれが実戦だったら、生き残ったほうは明らかだ。


「勝負ありっ!! 勝者、ハーロルト!!」


ハーロルトが喜色を浮かべて、ばっとこちらを振り返った。エーリックも同じく顔を輝かせた。


「やったな! ハーロ!」


「ああ!!」


駆けあって、ふたりが抱きついて、喜びを顕わにする。

ああ、本当に良かった。ゲームでも、見事勝ち抜いたハーロルトだった。でも、あの時は一年以上も先だし、ヒロインだってそばにいた。

だから、本当に勝ち進めるか、不安だった。

私は嬉しさと感激で気持ちが溢れそうだった。

その時、ぱちぱちと乾いた拍手の音がした。


「いやいや、良くやった、良くやった。ハーロルト。素晴らしかったぞ」


でたわね、諸悪の根元。

私は豚、失礼、もといオーナーをきっと睨みつけた。


「これで、足抜けだな。試合の勝者にはわしから直々に誓いの盃を与えることになっておる。これを飲み干せば、お前は晴れて自由の身だ。――おい、その酒を持ってこい」


手下に示した酒を取り出させると、自らグラスに波々と注ぐ。


「ほら、こっちに来い」


オーナーがグラスを掲げる。ハーロルトが前に進み出て、グラスを受け取った。


「さあ、飲み干せ」


「ちょっと待ったぁー!!」


その時、私は声をあげた。



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