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50、賭博場②

戦闘シーンあります。


「ちょっと待ったぁー!!」


私は声をあげた。


「なんだ、小娘」

 

オーナーがぎろりと睨みつけるのも構わず、私は走り寄るとハーロルトからグラスを奪った。


「飲んじゃダメよ! 毒が入ってるんだから!」

 

「毒だとっ」


ハーロルトが目を大きくあける。

オーナーが慌てたように唾を飛ばした。


「何を言っとるんだっ、小娘! 証拠もないのに、そのようなでたらめを口にするとは!」


「はっ」


私は鼻で笑う。


『呵呵呵。飲みおった、飲みおった。足抜け? そんなこと、わしが許すはずないだろうが。馬鹿め』

 

ハーロルトが酒を飲み干し、エーリックのもとへ歩み寄る途中、血を吐いて倒れた時のシーンで、オーナーが口に出した台詞を今でも覚えている。

突然倒れた親友に、エーリックが急いで駆け寄り抱き起こす。

血を吐く親友を信じられない思いでみつめたあと、今度はエーリックなオーナーに向かって叫ぶ。


『約束が違うじゃないか!!』


『わしは言ったことは守ったぞ。解放、と言ったんだ。わしはそいつをそいつの人生から解放してやったんだよ。ふははは』


蛆虫レベルで最低な野郎である。

私のまなこにやつのその時のいやらしい笑顔がはっきりと焼き付いている。

私は怒りでグラスを握りしめ、そして中身ごと床に勢いよく投げつけた。ガラスが音をたてて割れ、床に赤黒い染みを作る。


「何をするんだっ!?」


「最初から足抜けなんて、させる気なんてないくせに――」 

 

『エーリック……ひどいこと言って、悪かった……。本当は、俺も、忘れたことなんてなかった……』


エーリックの膝の上でハーロルトが力なく微笑む。


『……俺、にとって、剣は、お前との、誓いの証だった……。……俺の分まで、立派な騎士に――……。』


ゲームではハーロルトを捕まえ、三人で話すシーンではまだエーリックとハーロルトは和解できていなかった。

肩肘張ったハーロルトにヒロインが必死にエーリックの想いを伝え、ハーロルトもふたりから説得され、渋々足抜けを決める形をとった。

でも、内心きっと彼は嬉しかったに違いない。あまりにも今の自分の境遇が惨めで、哀れで、強がるほかなかったのだと思う。

そして、その時点ではまだ、ハーロルトは騎士になる夢なんて忘れたと、こっ酷くエーリックを拒絶したままだった。

死ぬ間際になってようやく、ハーロルトはエーリックに本心を打ち明けるのだ。

その憎い演出に全国の乙女たちは涙を流さずにはいられなかったと言う。


『ハーロ! 死ぬな!!』


エーリックの迸る叫びも虚しく、ハーロルトはそのま息を引き取る。彼の瞼が閉じ、腕がことりと床に落ちた。

その後は恐ろしいほどの沈黙が流れた。

エーリックはその間ずっと微動だにしなかったけど、そのときの彼の思いはそれとは反対に嵐のように荒れ狂っていたに違いない。次に顔をあげた時には、明るい彼の姿はもうどこにもなかった。瞳に狂気にも似た強い光が宿る。


『――俺は、お前らを、絶対、許さない』


力のなくなったハーロルトの手から剣を抜き取ると、猛然と敵に斬りかかっていった。

そして、見事敵を全員倒し終えると、背中を向けたまま、エーリックはひとり部屋の中で佇む。

だらりと剣をおろし、まるで糸が切れた人形のように、頭も肩も手も力なく下げている。唯一の勝利者となった彼だったけど、その背中からはなんの喜びも幸せも感じ取れなかった。

抜け殻のようになって力なく立ち竦む彼の姿から、悲しみと寂しさが痛いほど伝わってくる。

ヒロインは思わず駆け寄り、その背中を抱きしめ、涙を流すのだ。

あのときは固唾をのんで見入ったけど、現実となった今、そんな筋書き、クソ食らえよ!!

ゲームの世界と現実は違うの!

大切なひとを失っていい理由なんて万のひとつもない!

私はオーナーに向って、指を突きつける。


「この卑怯者!! 約束っていうのはね、守るためにあるの! そんなこともわかんないやつが偉そうにふんぞり返るんじゃない!!」


オーナーの顔に青筋が浮かぶ。掴んだ肘掛けの革がびりりと嫌な音を立てた。


「小娘……! ええい! こうなったら、ハーロルトだけじゃなく三人とも殺してしまえ!!」


オーナーが周りの男たちに命令する。

オーナーの言葉にハーロルトが呆然と呟く。


「あんた、最初から俺を逃す気なんてなかったのか」


「ふはは。何を今更。わしも残念だよ。勝負に勝てなかったら、その時は一生、お前を死ぬまでこき使うつもりでいたんだが。貴様のような蛆虫は、わしの役にたって初めて生きる価値があるのだぞ。足抜けなどして、自由になどさせるものか。わしにとって利用価値のないものは最初から生かすつもりなぞないわ。馬鹿たれ」


「てっめえ、ふざけんなっ!!」


ハーロルトが激高した。だが、その怒りをオーナーにぶつけるより先に男たちが斬りかかってきた。今度は刃を潰していない真剣だ。

ガキッ!!

刃と刃がぶつかり合う。続いてやってきた男には当たっている刃をスライドさせ抜けると、切っ先だけで胴体を横に切り裂く。最初の男はハーロルトの刃が抜けたことによって、力の行き場を失い、つんのめる。位置的にハーロルトの眼の前である。そこをハーロルトが男の顎に向って拳を突き上げた。


「ぐほっ!」


あっという間に二人をのしてしまったハーロルトは、男の手から剣を奪い、真剣へと切り替える。胴体を裂かれた男の元へしゃがみ、剣を手に入れると、エーリックのほうへと顔を向けた。


「エーリック! 受け取れ!」


剣は綺麗な放物線を描いて、エーリックの間近の床に突き刺さった。


「サンキュ!」


エーリックが剣を抜き取り、向かってくる敵に相対する。

私はその間、壁際へと避難していた。

なんなの?! 映画みたい!!

ふたりとも剣を扱う様が群を抜いている。

ニ対十で多勢に無勢だけど、私は勝利を疑わなかった。

ハーロルトは賭けの勝負で既に十人負かしているし、エーリックもゲームで全員倒すほどの実力者である。

私はただ彼らの勝負が終わるのを安心して待つだけでいいわ。その間、隅にいましょう。

見ればふたりは、まるでそれが当たり前かのように、背中合わせで戦っていた。

背中を預けられる絶対的な安心感。

共に汗を流し、悔しさも喜びも分かちあったふたり。

一緒に同じ夢を追いかけた日々――。

築き上げてきた絆と想いが溶けだして、まるでふたりの周りだけ、別の空気に包まれているみたいだった。

ふたりもそれを感じたのか、それとも彼らが空気を変えたのか、背中を合わせながら、その口元は笑っていた。


『あいつの首元からこれが出てきた』


ゲームでは最後、ハーロルトの墓の前で終わっていた。

エーリックがヒロインの前で手のひらを広げると、そこにはオレンジ色に光る石がついたネックレスがのっていた。


『……あいつ、ずっと持ってたんだ』


堪えきれないように、手のひらをぎゅっと握りしめる。


『俺のこと、親友じゃないなんて、あんなこと言ってたのにさ……』


エーリックが寂しく笑う。


『あいつの背中にいっぱい傷があった。きっと何度も逃げようとしたんだと思う。そのたびに捕まって、ひどい目にあって……』


エーリックがぐっと奥歯を噛みしめる。

再び顔をあげたその瞳の中には、新しい決意の炎が加わり、さらに大きく深い熱が根を宿したように見えた。


『俺、ハーロのようなやつを救う騎士になるよ。あいつみたいに悲惨な道を辿るしかなかった人を救える騎士に――。そんな騎士に絶対なる』


そこで、『エーリックなら絶対叶うよ!』と力強く頷くヒロイン。

『ああ』とエーリックは頷くと、手に持ったネックレスを墓前に掛ける。

ふたりが去ったあと、太陽の光を弾いて石がきらりと光ったところで、エーリックのエピソードは終了するのである。

この話はエーリックの成長と更に深まるヒロインとの絆を見せたかったんだろうけど、そんな設定全然必要ないわ!!と今の私は思う。

そんなエピソードなくたって、結ばれる時は結ばれるし、エーリックとヒロインはほかの経験を通して思い出を築いていけばいい。

エーリックだって、今の時点で既に格好良いし、人気者だし、性格だって良い。何より騎士を目指して日々頑張ってる。今のままでも完璧なのに、これ以上成長する必要ある?

答えは百パーセントNO!! 今のままで充分よ。

私はふたりを眺めて思う。

信頼できる仲間がいて、そんな相手と笑いあったり競い合ったりして、自分を高めていったほうが断然いいに決まってる。だって、友人は宝物だもの。その宝を失っていいはずない。

私はそんな思いで、彼らを見つめた。

闘いが終わりに近づいていた。

もう残っているのはひとりしかいない。

その最後のひとりをエーリックが斬り伏せた。


「そ、そ、そんな、馬鹿な。まさかこの大人数で、負けるとは――」


オーナーが椅子の上で慌てふためく。

その体型じゃあ剣を握ったことさえないんでしょうね。ハーロルトにどれほどの実力があるのかは、少しでも剣を握ったことがある者なら、最初の時点でちゃんと見極められたでしょうに。

その酒と脂で濁った目にはわからなかったようね。驕り高ぶった故の自業自得よ。

エーリックとハーロルトが剣を持ったまま、オーナーへとゆっくり近づいていく。


「く、来るな、来るな! あっちへ行け!」

 

立ち上がることもできずに泡を食ってもがく様子は、みっともないことこの上ない。

私が呆れて溜め息を吐いた時だった。

突如、腕をぐんと引かれた。


「きゃっ!!」


「カレンッ!!」


エーリックがこちらを振り向いて叫ぶ。

どこに隠れていたのか、敵のひとりが襲いかかってきた。背後に周り、私の喉元にぐっと剣を押し当てる。


「やめろっ!!」


「この女を殺されたくなきゃ、剣を捨てろ」


「でかした!! 良くやった!! その女を絶対放すな!」


オーナーが手を叩いて喜ぶ。


「ふははは。これで形勢逆転だな。さあ、どうする? 剣を捨てるか。それとも女を犠牲にするか?」


オーナーはいやらしく笑う。

カチーン。こんなやつを少しでも喜ばす要因を作ったかと思うと腹が立つ。


「くっ――」


エーリックが悔しげに呻く。


「さあ、捨てろ」


私を掴んでいる男が低い声で言う。

エーリックは剣を掴んだ拳をぎゅっと握ったけど、結局は力を抜いて剣を床に落とした。


「そっちの男もだ」


ハーロルトが深い溜め息を吐いたあと、エーリックに倣う。


「よし、剣をこっちに寄越せ」


エーリックとハーロルトがそれぞれ剣を蹴った。剣はくるくると綺麗に床を回転し、私と男、そしてエーリックとハーロルトの間でとまった。


「よーし、いいぞ! あとはこっちの思うままだ!」


オーナーが目を輝かせる。

そう、このままじゃエーリックとハーロルトはこの男に斬り殺されるだろう。

そんなの駄目!!

男が剣に向って歩みだそうとした時、私は男の腕に思い切り噛み付いた。


「うっ!」


剣を持つ腕の力が緩み、私はくぐって抜け出す。


「待て! この女!」


エーリックたちも走り出す。でも、ふたりとよりも男との距離のほうが断然近い。私は走り出したけど、あっという間に追いつかれ、後ろ髪を掴まれる。

また髪?! あのときも髪だったわね。この長い髪、弱点ね。切ろうかしら。

瞬時の間にそんなことを思う。

私は引っ張られた髪をかばって、反射的に頭に手をやった。

その時、何かが手に触れた。それを咄嗟に掴む。

どうせなら斬られるなら後ろからより、前から迎えうってやる。悪女の意地よ。

振り向きざま、後ろ向きに倒れる。

すぐに男が馬乗りになり、剣を振りあげると同時に私も無意識に腕を振り上げた。得物が大きければ、その分、振り幅が大きくなる。 

ほんの僅かな数瞬の差。

それが私の有利に働いた。


ガッ!


手に持ったものが、男の顔に突き刺さる。


「ぐぅっ!」


男が剣を振り下ろす途中で顔をしかめ、反射的に手で顔をかばう。

のしかかっていた男の体が少し離れた。

それだけの間があれば、充分だった。

まるでしなやかな獣のようにエーリックが接近し、途中取り戻した剣の刀身を横向きにして、その勢いのまま男をふっ飛ばした。


「ぐわっ!!」 


声をあげ男がずざざーっと音を立てて床を滑り、気絶した。

すごっ!

私は寝そべったまま、目を見開く。


「大丈夫っ!? カレン!」


男を倒した時はぞくりとするほど鋭い目つきのエーリックだったけど、こちらを振り向いた瞬間にはそんな空気は霧散して、いつもの明るい瞳の彼に戻っていた。


「うん、大丈夫」


私は床に手をついて上半身だけ起きあがる。その時、手のひらに伝わる感触に気付いて、握りしめていた拳を開いた。

それはオレンジ色の光を発して輝く髪飾り――。

エーリックがプレゼントしてくれたものだった。

無意識に手にした硬い材質のそれが、男の顔に突き刺さったのだ。

私は気が抜けて、体から一気に力が抜けた。

これがなかったら、男を怯ませることもできず、斬り殺されていたわね。

これをくれたエーリックと、身支度を整えてくれたアンナに感謝しなきゃ。

昨日、これをつけたまま帰ったら、アンナがニヤニヤ顔で「それ、プレゼントですよね? カレン様がご自分で進んで買うなんてなさそうだし。で、誰なんです? もしかしてイリアス様とか? じゃあ、明日もつけてかなきゃ」なんて浮足だって、今日もつけることになったのよね。

私はエーリックの手を借りて、立ち上がった。


「さあ観念しろ。てめえはこれでお終いだ」


見れば、ハーロルトがオーナーに詰め寄っていた。


「か、金ならやる。いくらだ? いくらほしい?」


オーナーが往生際悪く、額に汗を滲ませて必死で椅子ごと遠ざかろうとする。


「てめえの腐った金なんて、いらねえよ!」


「た、頼む。命だけは助けてくれ」


ハーロルトが剣を振り上げた。オーナーが目を瞑る。


「ひっ!!」


ハーロルトの剣がオーナーの頭の横に突き刺さった。


「てめえなんざ切ったって、剣が汚れるだけだ。斬る価値もねえ」


ハーロルトが軽蔑しきった目でオーナーを見下ろす。


「てめえのせいで不幸になった連中に償うためにも、今度はてめえが薄汚え場所で過ごすんだ」


命をとられると思った恐怖とハーロルトの凄みに、オーナーが気絶して失禁する。

ハーロルトはゴミを見るような目で眺めたあと、目を伏せてふっと息を吐いた。

彼の心のなかで、何か区切りをつけた瞬間だった。

次に顔をあげたときには吹っ切れたような目になっていた。


「おかえり」


私たちのもとにやってきたハーロルトにエーリックが口の端をあげる。


「ああ、ただいま」


離れ離れになっていたふたりが、かちりと親友に戻った音が聴こえた気がした。 

ふたりは引き寄せられように、がっと腕を組んだ。

きっとそれは、幼い頃何度も交わしたやりとり。

ふたりの顔に、当時の少年だった頃の面影が重なって見えたような気がした。





 

オーナーがアホっぽいですが、乙女ゲームの世界がもとなので、ゆるーくみてください(^_^;)



ゲームではハーロルトの過去については深堀しませんでしたが(背中の傷跡で察するかんじ)、詳しく言うと、売られた当初は何回も逃亡を試みます。でも、所詮は子供の身。捕まっては暴力を振るわれ、何日も食事を抜かされます。

そういったことが重なり、またここから逃げても、幼い故にどこかで野垂れ死ぬか、もしくはろくでもない道に進むしかないと、だんだん考えるようになります。(世話をしてくれる身内ももういませんから)なら、ここにいるのと大差ないと悟る(半分諦め)ようになります。(そうやって、ここにとどまる理由を考えて、自分を無理矢理納得させないとやっていけなかった)

成長してからも、やはり逃げても、追われる心配をしながら、かつまっとうな職にもつけれないと考えて(身元の保証もない成人前の人間なので)、惰性でオーナーのもとにいます。そうして人生を半ばあきらめていた時に、エーリックとカレン(ゲームではヒロイン)に出会うかんじです。

何故、ハーロルトは逃げなかったのか、疑問に思う方がいると思ったので、明記しました。

(長年培われてきた縛られた考えを解くには、思い切った何かが必要で、その何かがハーロルトにとってはエーリックとカレン(orヒロイン)だったのです。)


それからハーロルトが剣を握れるようになったのは、(カレンがちらっと憶測していますが)詳しく説明すると、剣を握らせてほしいと頼むハーロルトにオーナーか「日が昇る前から働き出し、皆が寝静まるまで働いて、それでも気力が残っているなら許してやろう。ふはは」みたいなことを言います。オーナーは見ての通り、嗜虐心のあるひとなので、幼いハーロルトをいたぶる気持ちもありました。けれどそれにもめげず、ハーロルトは真夜中に剣の練習に打ち込みます。そして、数年経ったある日、ハーロルトが剣を扱っているところをたまたま見たオーナーがハーロルトの腕を買い、雑用から用心棒に昇格したという感じです。

そういうことはゲームでは触れられていないので、カレンなりに憶測して皆さんに伝えた感じですが、(ハーロルトも自分からあれこれ話すような性格でもないので)なかには深堀して疑問に思う方もいるかと思って、付け足しました。


ちなみにどうでも良い話ですが、ハーロルトの髪の毛が何故緑なのかというと、オレンジ色(エーリックの髪の色)と相性がいいからです。

親友同士ですからね(^∇^)ノ<( ̄︶ ̄)


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