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48、親友

ゲームだと、ヒロインはエーリックに協力して何日もハーロルトを探しまわった。

彼の姿を見つけても、またすぐに逃げられてしまうことを考え、ふたりは彼のあとを密かに尾行する。そして、彼が出入りしている怪しげな賭博場を突き止めるのだ。エーリックは賭博場から出てきたところを捕まえ、彼を問い詰める。

居場所をわかっている私は、何日も探しまわるなんて、回りくどいことはしない。

賭博場へ直行である。

建物の物陰に隠れて、出入口を見張る。


「ねえ、本当にここにいるの?」


「いつだったか、彼によく似たひとがここに入っていくのを見たことがあるの。私、記憶力はあるの、信じて」


ゲームでプレイしたことがあるから知ってますなんて言えない。適当に理由をつけて誤魔化す。


「わかった。信じるよ」


エーリックが頷く。ふたりで固唾を呑んで待ちぶせしていると、果たしてハーロルトが現れた。


「ハーロ!」


エーリックが飛び出す。ハーロルトが目を丸くしてたじろいだのがわかった。

その隙にエーリックが腕を掴む。私もすかさずあとに続いて、別のほうの腕を掴む。

ふたりから両脇を固められたハーロルトは突然のことに体を動かせない。

一度は騎士を目指した身の上、そんなひとがか弱い乙女を突き飛ばして逃げるなんてできないでしょう? ざまあみなさい。おとなしく言うことを聞きなさい。

ハーロルトは状況を察して諦めたのか、肩から力を抜いた。溜め息を吐く。


「人違いだって言ってんだろ」


「いいや、お前はハーロだよ。その顔も、瞳の色も髪の色も」


エーリックが真剣な眼差しを送る。


「その困ったときに眉を寄せる癖も。親友の俺を誤魔化せるなんて思うなよ」


ハーロルトはしばらく無言だったけど、観念したのか盛大な溜め息を吐く。


「――そうだ、俺はハーロルトだ」


「ハーロ!」 


認めたことで、エーリックの表情がぱっと動いた。けれど、それに反してハーロルトの表情は冷めたものだ。


「どうだ。これで満足か。俺がハーロルトとわかったところで、何になる? 一体何がしたいんだ」


「なんでそんなこと言うんだ。久しぶりに会えたっていうのに」


「会えたって、会わなくたって、何も変わらないだろ。もう前とは違うんだ」


ハーロルトの言葉にエーリックが反応する。


「そうだ、ハーロ。なんでお前がこんなところに? まっとうな人間が出入りする場所じゃないだろ。騎士になる夢は?」


掴んだ腕に力を入れて詰め寄る。


「それに生きてたなら、なんで知らせなかったんだよ。何があったんだ」


エーリックが強い視線を向ければ、ハーロルトも鋭い視線を返す。互いの目線が絡み合い、しばし無言で睨みあう。

男同士の睨み合いの圧に耐えきれず、私は言葉を口にする。


「ねえ、ここじゃ人目があるし、とりあえず場所、移動しない?」


私たち三人は往来の真ん中で立ち尽くしていた。さっきから通り過ぎる人の視線がちらちらと送られてくる。このままでは、落ち着いて話もできない。

すぐにエーリックは同意し、ハーロルトもおとなしくついてきてくれた。

私たちは人気のない路地裏、ちょうど袋小路になった場所へと移動した。ゲームでも同じような場所で話し合っていた。


「で、なんで生きてるって知らせてくれなかったんだ。あのとき、お前も一緒に川に巻き込まれたんじゃないのか?」


「ああ」


ハーロルトはエーリックのほうを見ずに顔を背けて腕を組む。口調は淡々としていた。


「生きてたなら、なんで戻って来なかった! 俺、お前が死んだとずっと思い込んでたんだぞ! 葬式にも出た! あのとき、どれだけショックだったか。あのときの俺の気持ちがわかるか……。悲しくて、辛くて……」


エーリックが瞳の表面を濡らした。


「それなのに……――今、ここにこうしているなんて。まだ、信じられないよ……」


再び歩み寄ろうとしたエーリックに、ハーロルトが組んでいた腕をぱっと解いた。


「お前に何がわかる!? 悲しくて辛かったのはお前だけじゃない!!」


突如、ハーロルトが声を荒げた。

エーリックの言葉に刺激されたのか、それとも、昔の懐かしい友人に会えて心乱されたのか、彼の中で激情が溢れたように見えた。

もしかしたら、ずっと感情を押さえていたのかもしれない。


「お前に俺の気持ちなんて、わかるものか!」


エーリックに向き合い、強い目線で睨みつける。淡々とした彼はもうそこにいなかった。


「金にも、家にも、家族にも、お前みたいになんでも恵まれていたら、俺だってこうはならなかった!」


「……どういうことだよ? 何言ってるんだ……」


エーリックが戸惑うように言葉を途切らせた。


「俺の家は裕福じゃなかった。お前は気付いていたか? 剣の稽古をする時は、いつもお前の家。剣の先生だって、お前の家が雇った教師。俺の家にはそんな金はなかった」


「そんなこと、気にする必要ない――」


「父親が事業に失敗して、お前と別れるときは借金まみれだったんだ」


エーリックが言葉をなくす。


「そんな――。……知らなかった。ごめん」


「お前が俺の家に来たのは出会った頃の数度だけ。お前がもしあのあとも俺の家に足を運んでいたら、俺の家がだんだんと没落して行く様が見れただろう」


「それは、お前が俺に来るなって言ったから――!」


「そうだよ! お前に知られて、惨めになりたくなかった! お前の前では、幸せな俺を演じていたかった!」


ハーロルトが苦しそうに顔を歪める。

ああ――。意地も多少はあるかもしれない。でも、それより何よりエーリックに心配かけさせたくなかったのね。ハーロルトの気持ちが空気をつたって、なんとなく伝わってくる。


「お前と別れるとき、騎士になると誓い合ったのは嘘じゃない。少なくとも、あの時はまだ父が仕事を成功させさえすれば、大丈夫だと思っていた」


頭を下げて、拳をぐっと握る。


「でも、あの川に巻き込まれ――」


「お前はどうやって、生き残ったんだ」


「こればかりは幸運だったとしか言いようがない。馬車の扉が開いて、俺だけ流されたんだ。その後すぐ、木の枝に引っかかった。俺は父と母が乗る馬車が濁流に飲み込まれていくのを目の前で見ていることしかできなかった。俺はなんとか力を振り絞って、地面にあがった。俺だけ生き残ったことが今となっては、幸だったのか不幸だったのかわからない」


「――つらかったよな……。ごめん、思い出させて。……それでも、俺は、お前が生きていてくれて嬉しいよ」


ハーロルトが顔を下に向けたまま、はっと鼻で軽く笑った。まるで拒絶するみたいに。


「独りになった俺は、とりあえず近くまで来ていた親戚の家に行くことにした。戻ったところで俺ひとりじゃ生計は立てられないし、そのほうが良いと思ったんだ。混乱もしてたから、それしか思い浮かばなかった」


両親を亡くした年端もいかない少年が道中何を思って歩いたのか、考えるだけで胸が痛い。


「やっと親戚の家に着いたとき、あいつらは俺を喜んで迎えいれてはくれなかった。父は彼らにも借金をしてたんだ。微かな親戚の伝手を期待して、両親はそこで再起を図ろうとしてたんだ。いっぱしに働くこともできないガキなんて、あいつらにはお荷物でしかなかった。だから両親がした借金を少しでも取り返したかったのか、俺を『奴』に売ったんだ」


「嘘だろ――」


エーリックが絶句する。


「なんだって、そんなひどいこと。――『奴』って、誰のことだ」


「俺が出入りしている賭博場のオーナーだよ。ほとんどがいかさまで客から金を騙しとってる。客が金が出せなくなると、高利貸しで金を貸し、更にギャンブルをさせる。そうして首が回らなくなった頃、そいつの家に押しかけ、土地を含め根こそぎ奪い取る。中には俺みたいに売られたやつもいるだろう」


「最低な野郎だな。そこで、ハーロは一体何をしてるんだ?」


「売られた最初の数年は雑用でこき使われた。今は剣の腕を買われて、賭博場の用心棒をしている」


エーリックが辛そうに顔を歪める。


「お前がそんなやつの元で働いてるなんて――。なんとかならないのか?」


「無理だ。俺は売られた身だ。従うしかない」


エーリックがハーロルトに詰め寄り、両腕を掴む。


「俺の知ってるハーロはそんなこと言わない。どんな時だって、真っすぐ前を向いて歩いてたろ。騎士を目指す人間がそんな簡単に諦めの言葉を吐くな」


「はっ。騎士を目指してたなんて、いつの話だ? この状況を見ろよ。そんな夢、もうとっくに捨て去ったよ。俺はもうお前の親友でも、なんでもない」


ハーロルトが容赦ない言葉を投げ打つ。


「そんな綺麗事が吐けるお前が羨ましいよ。だから、お前に俺の気持ちなんてわからないんだ。何でも持って、挫折したことなんてないんだろう。平和なぬるま湯で過ごしたことしかないお前と、腐った泥水の中で過ごす俺とじゃ最初から違ったんだ。関わらないほうがお互い身のためだ。本当は昨日会うまで、俺のことなんて思い出しもしなかったんじゃないのか? 俺を忘れて、今日までずっとのんきに過ごしていたんだろ? そのお気楽の頭で。違うか?」


エーリックの目を大きく見開かれた。ハーロルトを掴んでいた手から思わず力が抜ける。

ヒロインはここで『そんなことない! エーリックはずっとあなたのことを思っていたわ! エーリックがあなたのこと話してくれたの!』なんて弁護して、誤解を解いて橋渡しするけど、私は違う行動に出た。

 

ばちん!!


私はハーロルトに平手打ちを食らわした。


「なっ……」


「自分の境遇をいつまで嘆いたって、仕方ないでしょう! まったく情けない! あなたのどこにぶつけていいかわからない怒りをエーリックに向けたところで、何か変わるわけ? 自分が惨めだと思うなら、なおさら、そんな言葉を言っちゃいけない。自分を信じてくれる人間にひどい言葉を吐いたって、あなたがその分、余計惨めになるだけよ」


私はハーロルトに詰め寄る。


「あなた、最初エーリックから逃げたわよね。人違いだって言って。それは今の自分の姿をエーリックに見せたくなかったからでしょ? 夢を追い続けている大事な親友を失望させたくなかった。エーリックにはずっと、自分の分まで、あのときの誓いを持っていてほしかったから。違う?」


「そうなのか――」


「ちっ。勝手なこと言うな。こんな女の言うことなんて知らん」


私はハーロルトの顔に間近に迫り、襟首を掴んだ。


「諦めるの? そうやって、突き放して、大事な親友の手をとることもやめて、あなた自身の夢も諦めるつもり? あなたは誇り高く、誉れある騎士になりたかった。いいえ、違う。――今もそう思ってるはずよ」


「だから、俺は騎士になるつもりなんて――。いいから離せ」  


「嘘つき!!」


「カレン……」


「なら、これは何なのよ!」


「あ、おい! やめろ!」


私はハーロルトの襟首を広げて、手を突っ込んだ。

指に当たったものを掴むと、引っ張りだす。

手を広げると鎖に繋がったオレンジ色の石が現れた。


「これ……」


エーリックが石を凝視する。


「あのときあげた、ネックレス……」


エーリックがばっと視線を動かし、ハーロルトに目を向ければ、ハーロルトは居心地悪そうに顔を顰める。


「……まだ、持ってたんだな」


「そうだよ! 他愛もない石を今でも後生大事に持ってるなんて、ガキだと言いたいんだろ!? こんな大人になるまで――。俺だけ持ってて馬鹿みたいだ!」


「違う!! 俺も持ってる!」


エーリックが自分の襟首から、ネックレスを取り出す。

ハーロルトの目が石に釘付けになる。


「忘れるわけないだろ。この俺が。大事な親友と約束しあったんだ」


エーリックの目が真っ直ぐハーロルトを見つめる。


「俺にとって、あのときの誓いは大事な思い出だ。片時も忘れたことなんてない。今でも俺の親友は、お前だけだよ」


ひとを動かすのは、いつもひとの心。エーリックの誠実な想いが、肩肘張っていたハーロルトの心を溶かしていく。

ハーロルトの肩から力が抜け、片手で自分の顔を覆った。


「……こんな俺、見られたくなかった。出会わなければ、騎士を目指してたあの時の俺のまま、お前の中にいられたのに……」


「今でもお前は何も変わらないよ。あの頃のままのお前だよ」


エーリックの真摯な眼差しを、ハーロルトも顔をあげ受け止める。ふたりがしばし見つめ合った。

無言の中でも行き交う互いの想い。

それは長年一緒にいたからこそできる通じ合い。

ふたりはどちらともなく歩み寄り、抱きしめあった。

肩を抱き合い、顔を埋める。

その中心に積年の思いも一緒に抱きしめているようにも見えた。

私はそれを暖かい目で見守った。

うんうん、男の熱い友情だわ。


「お前をどうしたら、奴らから引き離せるかな」


しばらく抱擁したあと、エーリックが顔をあげる。


「ひとつだけ方法はあるんだ――」


ハーロルトがぽつりと言葉を漏らす。


「なに」


「奴らには奴らの掟がある。今まで誰も試したことはないが……」


ハーロルトがためらいながらも口にする。


「足抜けするには、三十分以内に十人全員から一本取ればいい。でもチャンスは一回。もし失敗したら、もう二度と足抜けはできない」


「やれるのか? 無理ならほかの方法を――」


「いや、これまでも、何回か挑戦しようと頭をよぎったことはある。でも、そのたびに勝ったところで帰る場所なんてないと思って、ためらってきた」


ハーロルトが顔をあげる。その瞳に先程までにはなかった光があった。


「でも、今はお前がいる。やらせてくれ。俺の誇りをかけて、やつらを倒したいんだ」


親友の意を受け、エーリックも覚悟を決めたように、ふっと短く息を吐いた。


「よし。わかった。俺も一緒に付いていくよ」


「私も行くわ!」


「危ないからカレンはここに残って――」


「いやよ。ここまで来たら最後まで、見守らせて。今更仲間はずれなんて、無粋よ。意地でも付いていくから」


ここからが重要なんだから。エーリックとハーロルト二人だけじゃ心配だわ。

ゲームで見た憎い敵を頭に思い描き、私の目は挑戦的にきらりと光った。




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