47、エーリックの追憶
ゲームでハーロルト・マクフェイルに会うのも、放課後だった。ヒロインがエーリックと街で居合わせたとき、現れたキャラだった。
その時も『人違いだ』と言って、エーリックを突き放す。
でも、そこで諦めるエーリックじゃない。それから毎日、放課後を使って彼を探し始める。事情を知ったヒロインも一緒になって探すというのがゲームの筋書きだった。
昨日から一夜明け、私は放課後、この日初めてエーリックに話しかけられた。
エーリックは登校してからずっと、口数が少なめで、きゅっと結んだ口元からは何か決断した節が伺えた。
ああ、やっぱりハーロルトを探すことを決めたのね。私は隣の席で感じ取った。
昨日のことはあえて、私の方から触れることはしなかった。
ひとにはそれぞれ心の奥に領域があって、そこに踏みこんでも、許せるひととそうじゃないひとに分けられると思ったから。
ヒロインと違って親しい間柄でもない私が不躾に尋ねるのは、ただ彼のことを心を乱すだけ。
そう思って、あれこれ尋ねることはしなかったのに、逆にエーリックから「ちょっと残ってもらってもいい?」と話しかけられた。
そして、今は誰もいない教室にふたり。
「昨日はあのあと、ごめん。大して見送りもできなくて」
「気にしないで。それより、エーリックは大丈夫? 昨日、辛そうだったから」
少し翳りのある表情のエーリック。
「うん。俺は大丈夫。それより心配なのは……――」
途切らせた言葉の先を引き継ぐ。
「昨日会った彼のこと?」
私が迷いもなく口にしたので、エーリックはちょっと目を瞠ってから頷く。
「うん。そう、あいつのほう。俺を無視するなんて、きっと理由があるんだ。まだ信じられない。あんなふうに逃げるように立ち去るなんて……」
「彼がエーリックの親友ね」
「ああ。このネックレスの持ち主――」
エーリックがネックレスを服越しに握りしめる。
「せっかくだから聞いてくれる? 俺とあいつの話。あの場に居合わせたのも何かの縁だし、誰かに聞いてもらいたんだ」
エーリックの中で、今は何を考えていいのかわからないくらい、気持ちがいっぱいいっぱいなのだろう。
一緒に騎士を目指していた親友。一度は死んだと思って悲しみに沈んだに違いないのにそれが急に現れるなんて、頭が追いつかないのが当たり前の感情。
心の中を整理するためにも、一度誰かに話したほうが良い。私は頷いた。
「うん。いいわよ」
「ありがとう。俺とハーロが騎士を目指していたのは話したよね」
「ええ」
「騎士を目指したのは特に理由があったわけじゃないんだ。ただ何となく格好よく思えて、――憧れだった。それにほかのものになるより、自分たちに合うような気がしたんだ」
「そういう直感って大事よ」
「うん。夢が一緒の相手がいるってことも理由だったんだと思う。騎士を目指してからは、毎日剣の練習をした。だいだいは俺の家で剣の先生を呼んで、ふたりで技を競いあった。それ以外の時間も、ふざけあったり、遊んだりしてあいつと過ごしたんだ」
その光景が目に浮かぶよう。ふたりの少年が笑ってはしゃぎ合ったりじゃれ合ったり。時には騎士を目指して真剣に剣と向き合う時間は宝石箱みたいにきらきらが詰まっているように見えた。
信じ合える仲間って、何物にも代えがたいものよね。
「それから数年経ったある日のことだった。ハーロが両親の仕事の都合で、隣国に行くことになったんだ」
それ、本当は建前なのよね。ハーロの両親は事業に失敗して、家は借金だらけだったのが実情。周りにも借金して、いよいよ首が回らなくなって、親戚を頼って、隣国に行くことになる。
再会したハーロルトの口から初めて明かされる話だから、もちろん、今のエーリックは知らない。
「すごく寂しかったけど、親の都合じゃ仕方なかった。けど、大人になったらまた会おうなって、その時までに騎士になってようって、お互い約束し合ったんだ」
「その時、ネックレスを交換し合ったのね」
「そう。その時の誓いを忘れないために――」
エーリックがネックレスを握った拳にぐっと力を込める。いったん言葉を切り、顔を俯かせる。これから先話す言葉は当時の感情を思い起こさせるのだろう。
幼い少年にとって、親友の死は鋭い刃となって、心に傷痕を残した。未来を語り合い、その未来が光り輝いていると信じて疑わない時は一層深く、大きく――。
「ハーロの家族たちを乗せた馬車は隣国に旅立っていった。けど、旅の途中、川を渡ろうとしていた時に、橋が突然崩れたんだ。その前に降っていた大雨のせいで、川は濁流だったと聞いた」
私は眉をしかめた。向こうの世界と違って、自然災害に関する知識はこちらのほうが浅い。雨が降り止んだとしても、その前の時間帯で降った雨の量によっては油断してはいけないのだ。地盤が緩んでいるのも気づかず、渡ってしまったのだろう。
「押し流された馬車は無残な姿で見つかった。中には、ハーロの両親がいた。ハーロの遺体は見つからなかった。でもあの濁流なら、生きている可能性は万が一にもないって話だった。――ハーロたちは帰ってきた。棺になって。ハーロの棺の中は空っぽだったけど、形だけはちゃんと見送ってあげようっていう配慮だったんだ」
エーリックが顔を俯かせ、拳を更に握りしめる。
「俺は親友の葬儀にでた。――俺は、あいつを、あのとき、見送ったんだ――……」
これ以上、辛い言葉を吐かせたくなくて、私は思わず彼を抱きしめた。
「あいつ、本当にハーロだったのかな……? 実は俺の見間違いで……本当はもうとっくに死んで――」
震えそうになる彼の体に回した腕に力をこめる。私はエーリックの耳元に力強く囁いた。
「彼は生きてるわ。あなたが来るのを、きっと待ってる。だって、あなたを見たとき驚いてたもの。私見たの。あなたを見たとき、彼、拳を握ったの。だから、間違いなく、彼はあなたの親友よ」
「……そっか」
「彼を探すんでしょう?」
「……うん」
「なら、私も一緒に探すわ」
さっきまでエーリックを放課後、黙って送り出そうと思っていた私の口から、するりと言葉が出ていた。
「何も関係ないカレンに迷惑かけるわけには――」
「ううん」
私は首を振った。
もうこうなったら筋書きなんて関係ないわ。ひとが不幸になるのを黙って見てられないもの。
ヒロインが現れるのが一年先だとしても、エーリックは既にハーロルトと出会ってしまった。
彼の熱意で、いづれは必ずハーロルトを見つけてしまうだろう。
そうなったら、たどる先はヒロインがいてもいなくても同じ。
だったら、私が食い止めてやる。ヒロインを押しのけて、でしゃばる訳じゃないから許してほしい。
ヒロインの登場が遅いのが悪いのよ。私はかくして開き直った。
少しだけ体を離して彼を見上げる。
「入学式の借りをまだ返してなかったわね」
彼を掴む手に力をこめて、真っ直ぐ見つめながら、私は言葉を口にした。
「いま、その借りをあなたに返すわ――」




