第40話 斬撃
風が僕の頬を叩く。地面まであと数メートル。
今まさに、僕は飛び降りている最中だ。
この瞬間は本能が死を認識するせいか、自然と時間がゆっくり流れる。
落ちながら、僕の心は言葉には出来ない感情で満たされていた。
アルドの作戦とサリーの奮闘がなければ、僕は今もスライムに囚われていた事だろう。
そして、スミスとノエルの想いが、僕の背中にヒシヒシと伝わっている。
すぐ下には恐ろしいスライムが蠢き、冒険者達を蹂躙し続けている。
恐怖がないと言えば嘘になる。
しかしそれでも、拳を握るだけの勇気を仲間達が与えてくれた……。
それは、紛れもない信頼。その信頼に報いるために、僕は闘う。
死ぬためではなく、生きてまた仲間達に会うために。
黒焦げた地面が迫り、僕は体を緩ませながら受け身をとった。
足の爪先、踵、踝、膝と順番に接地し、横へ回転し、落下の勢いを殺していく。
”人明流 円転受け身”
エルフの里で記憶が戻っているおかげだろうか? 闘技場の時よりも上手くいき、無傷で着地できた。
目前には、赤黒いスライムがいくつもの触腕を伸ばしている。
その腕の先は刃物のように鋭利になっており、奮闘している冒険者は次々と倒れていく。
彼らも限界が来ている。
「くそおおおお!!!!!」
聞いた覚えのある雄叫びを聞きつけ、僕はその方向へ走った。
そこには、盾を構えるガッドと触腕をナイフで切り続けるエミーの姿があった。
「くっそおおお! いい加減にしやがれ!!!」
「ガッド! ちょっと落ち着きなさい!」
襲いかかる無数の触腕を相手に片手に装備した盾で立ち向かうガッド。よく見ると、その背後には彼のパーティメンバー達が倒れている。
だが、彼の盾の隙間を縫って触腕が頭上から襲い掛かろうとしていた。
「ガッド!!! 危ないわ……!」
「……!?」
僕は竜歩を使って一足飛びにガッドへ向かう。
そしてガッドの直前で停止し、左腿に竜歩の勢いを任せる。
そのまま腰を切り、右の足刀で空を切った。
”人明流 竜脚”
竜歩の瞬足のパワーが乗った右足刀は紛れもない斬撃そのもの。それはガッドの頭上を横切り、迫っていた触腕数本を切断した。
「オメェは……!!?」
「や。あの時のフード男だよ」
今はフードなんてしていない。はっきりと顔を晒している。
「レン〜〜来てくれたのね♡」
「はぁ!? 嘘だろ……!? ”あの勇者”がこの街に来てたってのか!? って、フード男ってまさか……! エミーさんも知ってたのか!?」
当然の反応だが、今の三人にその余裕はない。触腕は次々と襲いかかってくる。
「驚くのは後にしてよ……! また来るよ……!!」
「あ、ああ……!」
触腕が地面を這いずり、空を駆ける。それら無数の触腕を前に、僕は拳を開いた。
”手刀”
手の”刀”と書くその技法は、鍛錬次第で本物の刀になりうる。少なくとも僕の手刀は、幼少の頃から鍛えてきた。まだまだ本物には程遠い鈍だが、柔らかい触腕に対してはそれなりの武器になるはず。
容赦無く腕を振り切ると、柔らかい触腕はあっけなく切り落とされる。
地面からも次々と迫る触腕も足刀で対処する。
右から、左から、上から、下から。
左右同時、上下それぞれ、左と下のコンビネーション。
全方向、同時だろうと不意を突こうと、全ての触腕の動きを見切り、手刀足刀で切り落としていく。
”人明流 八方目”
他流派にもある視覚のコントロール技術。
視野を広げ、周囲の物をぼんやりと俯瞰することで自身を害するあらゆる障害や飛来物に対する反射速度を上げることができる。
コツは、一点を注視しないこと。
四方八方から襲いくる触腕の一本一本を目の端で捉え、反射神経に任せるのみ。
しかし、八方目では背後の攻撃までは見切れない。
そう思った矢先。
ーービキビキ!!
背後から地面を破る触腕の音。
かと言って今振り向けば、目の前に広がる触腕の渦に飲み込まれてしまう。
「おっと、そこはアタシに任せなさい!」
エミーの声がすぐ後ろで聞こえ、僕の背中に何かが当たる。
「なら俺はこっちだ! エミーさんとアンタはそっちに集中してくれ!!」
ガッドの広い背中も、僕の背に当たる。
二人の人間が持つ暖かさを背に感じながら、僕は言った。
「任せてッ!!」
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