第35話 希望
薄い雲が月にかかり、メルク夜に影を落とす。
今宵の街は深い絶望に叩き落とされている。
唐突に現れた巨大なスライム、冒険者ギルドの爆破、魔法学士サリーとスライムの攻防戦。
日常ではありえない出来事の応酬に、住民達はパニックになり、絶望の淵にいた。
しかし、今この瞬間だけは違う。
彼らの前に、希望が現れた。
サリーの顔の寸前のところで、刃状の触手が止まっている。
あと数ミリでも動けば、自分の頭部を貫くだろうという位置にあって、彼女はその刃越しに、ある男の背中を見つめていた。
「……危なかったわね、サリー♡」
触手の刃は一人の大男に掴まれている。
直前まで自分の死を覚悟していたサリーだったが、突然現れたその男を見て、思わず安堵の笑みを溢す。
「……まったく……来るのが遅いのよ……エミー……!」
商業都市メルク、冒険者ギルド、ギルドマスター。
エミー・リンクスがそこにいた。
「どうやら無茶させたみたいね……。でももう大丈夫、アタシ達が来たからね♡」
穏やかな風が吹き、薄雲から月が顔を覗かせる。
スライムのメッカは月光に照らされたその者達を見て驚く。
「何だと……! あの魔法から逃れていたのか……!?」
エミー・リンクスの冒険者ギルド。
そこに所属する冒険者達がメッカの周囲を取り囲んでいる。
その数、およそ60人。
クエストで出張った数十人を抜かせば、この街に居るほぼ全ての冒険者達が集結していた。
「エミー……私、もう……」
「ええ、アンタは休んでなさい……って」
住民を守っていた防壁魔法が解け、サリーはそのまま前向きに倒れた。
そしてエミーが「おっと」とギリギリで抱きとめる。
「また借りを作っちゃったわね……」
そう呟いたエミーは薄らと笑った。
「あの……! その子、見てましょうか?」
「……ありがとう。お願いできるかしら」
駆け寄ったヴェルサに気をサリーを預けた。
「エミー様! もう大丈夫でーーす!!」
屋根に登った冒険者の一人がエミーに叫んだ。
それを聞いて、彼は指に魔力を込め始めた。
「さて、まずは住民たちを何とかしようかしら♡」
◇
数分前、アルドは街に降りていた。
メッカが進んで平らになった教会の西側に拠点を作り、そこで各地へ指示を飛ばし続けていた。
つい先ほど、サリーの言っていた最高火力の魔法が空に現れた。
アルドはそれを見て、闘技場で魔女アズドラが使用した魔法と同じものだと察した。
しかし、その魔法はメッカにぶつけられる事なく消えてしまった。
「消えた……向こうで一体何があったんだ……!」
今は兵士を状況確認に走らせている。
本来なら自分が行きたいところだったが、他への指示が散漫になってはまずい。
駆け出したい想いを必死に堪え、物見の帰りを今か、今かと待っていた。
そんな時だった。
爆発音と共に、数人の冒険者を伴ったエミーが空から着地してきた。
「あの根性なしの城主が、珍しく陣を張って頑張ってるって聞いてきたんだけど……。まさか指名手配中のアルド様とはね♡
申し遅れました、私は……」
「失礼、今は城主でもないし王族でもない。ただのアルドだ。貴方は?」
訂正しつつ、目の前の大男と対峙するアルド。
エミーは少々驚きながらも、「では……」と言い直す。
「ここらの兵を束ねる一将アルド殿にご挨拶を。私は冒険者ギルドのギルドマスター、エミー・リンクスよ」
「冒険者ギルド……!? 無事だったのか!?」
「ええもちろん♡」
そう言う割には、エミーとその仲間であろう冒険者達はボロボロである。
彼の仲間数人も、エミーの発言に呆れたように肩を竦めている。
「私の得意魔法は爆発系統でね、ギルドを襲った魔法を避けるために、その場に居た全員を爆風で吹き飛ばしたのよ♡
もっとも、四方八方に吹き飛んだ上に、みーんな気絶してたから、集まるのに時間がかかっちゃたわ。ごめんなさい!」
「そ、そうか……! 無事……ではないだろうが、生きててくれてよかった!」
「ありがとう。それで、状況を教えてくださるかしら?」
「いや、すまないが説明している時間がないんだ! 大急ぎであのスライムの元へ走ってくれ!
私の仲間で魔法学士のサリーという女性が闘っている!」
「……それを早く言いなさい! 急ぐわよ!!」
そう言って走っていくエミーを見送り、アルドは巨大なスライムを睨む。
「みんな、どうか無事でいてくれよ……!」
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