第33話 本気の一撃
西端の壁まで、あと20メートルほど。
サリーはタイミングを伺っていた。
予想外にメッカの触手は素早く、機敏だ。
そんなメッカに兵士やスミスが飛び込んだところで、触手に叩き落とされるだけ。
だからこそ、所定の位置に着いたからと言って簡単に合図を出すわけにはいかない。
奴の油断を誘わなくては……。
空中を激しく逃げ回りながら、サリーは大きく旋回し、メッカと対峙する。
「無駄な退避だったな。貴様が逃げ回ったおかげで、街はさらに破壊されたぞ」
メッカの通った跡には、瓦礫しか残されていない。
家屋や道は、メッカの重機のような体積に押し潰されてしまった。
「そうかしら? 優秀な指揮官が居るから、住民は無事のはずよ。家なんてまた立て直せばいいんだし!」
「ならばまた追いかけっこに付き合ってやるぞ? 今度はメルクの全てを破壊するまでな」
「それはここまでよ! なぜならアンタはここで死ぬ! アタシに焼き尽くされてね!」
サリーは杖を掲げた。
天空に強烈な光が昇り、大気ごと焼き尽くしかねない大火球が現れる。
『アルペウス神よ……私に力を!』
祝詞を捧げ、自身の魔力と周囲に満ちる魔力を練り上げる。
そして火球は次第にその大きさを増していく。
「人質の救出は諦めるのだな! 道理に合っている。予測していたよりも早いが仕方なかろう……!」
対するメッカも魔力を練り始める。
『対火の粘体!』
呪文を唱えると、メッカの赤い体が青く変色した。
「魔法学士なら分かるだろう。これで貴様の魔法は威力半減だ」
だが、サリーは火球に魔力を送り続ける。
「そんな図体でやる事はみみっちいのね……でも安心したわ。油断してくれてるみたいで……」
「……何?」
すると、メッカの巨体の下から魔法陣が輝いた。
展開された陣から再び光る巨人の右腕が伸び、メッカの腹部をえぐり取ろうとする。
「そう何度も同じ手が通用するか!」
即座に針状になった数十の触手に巨人の腕は貫かれ、地面に貼り付けになった。
そして淡い光を放ち、腕は消えていく。
メッカの意識が下へ向いたその瞬間、上空の火球がメッカに放たれた。
「愚かな。この後に及んでまだその魔法に頼るのか……」
「ええ。だってコレは、とっておきの切り札なんだから」
火球が落ちる。
メッカはそれを受け止めるために触腕を伸ばした。
しかし、触腕に触れた火球は眩い光を放ってメルクを照らしだす。
「さて、あとは任せたわよ。スミス……」
光の中、そう呟いたサリーは地面へ落下した。
◇
認識阻害魔法。
メルク到着直前に天才魔法学士サリーの手で書き起こされた新たな術式である。
その術者は、周囲の人間の認識を操作できる。
石を花に見せる、筆を剣に、個人を別の個人に。
そしてこれは、幻術とは全く異なる魔法であるため、優秀な魔法使いでさえも、違和感すら感じられない。
この魔法の本質は認識という人間の知覚機能に直接介入し、認知そのものを書き換える事である。
だからこそ、魔法に対する耐性の強いメッカも、目の前の巨大な火球が幻だとは思わなかった。
そう。
認識阻害は火球を視覚に入れてしまった段階で発動していたのだ。
それによって、壁上にいた兵達とスミスの姿は視覚に認識出来なくなる。
そして、火球に”触れて”しまったがために、知覚機能のもう一つ、触覚をも操作された。
彼は、既に人質11人が助け出されている事に気が付くことができなかった。
自身の体に飛び込んだ人間の感覚、ウインチで引き揚げられる兵士の挙動、レンの体を引きずり出したスミスの感触を。
そして、先ほどまで捕縛していたはずの人間達が居ないと気がついたのは、サリーが地面に着地した瞬間だった。
「まさか……!」
メッカが唸る。
壁上ではスミスが手を振っている。
それを見て、サリーは安心して杖を振りかざす。
これで憂いはなくなった。
「さあ! 次は本気の一撃よ!!」
残りの魔力を練り上げる。
杖に込められた術式が起動し、夜空に巨大な魔法陣が描かれる。
これこそがサリーの切り札。
『女神アルペウスよ! 私に力を! ”太陽の儀式”!!!』
祝詞を捧げると、折り重なった魔法陣が回転し、球状になって輝いた。
そして、緩い熱風がメルクの街を駆け抜ける。
空には巨大な魔力を抱えた火球。
だが、それは先ほどの火球とはエネルギーの密度が違う。
それはまさに太陽だった。
「これは……!?」
メッカはそれを見て驚く。
もはや属性云々など関係ない。
生きる者全てを焼き払う煉獄の一撃。
追い詰められたメッカだったが、この土壇場でも、彼の思考は冷え切っていた。
「詰めが甘かったな……学士……」
「……?」
サリーのいる場所は街の広場。
高い建物に囲まれ、広くは見渡せない。
故に、気付けなかった。
彼女の立つ裏手には避難中の住民の列がある事に。
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