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第19話 経穴


戦闘があった門前の森は酷い惨状であった。

周囲には血液が飛び散り、幾つもの大穴が空き、無残になぎ倒された木々が横たわっている。


エルフ達はそんな森を整えるべく、忙しく動き回っていた。

彼らは数班に分かれて作業をしている。


整地班は地面の大穴を塞ぎ、洗浄班は飛び散っている血液を水の魔法で洗い流している。

そして、気を失っている間に逃げ損ねた野盗には捕縛班が魔法のロープをかけて回っている。

巨体のエバルコは捕縛出来たらしいが、右膝が外れているため運搬に苦労しているようだ。


レンはその光景を切り株に腰をかけて眺めていた。

疲労の限界を感じながらも、レンがまだ里の外にいるのは理由がある。

彼は竜に聞きたいことがあったのだ。


竜は、首根に槍を突き立てられ、全く動けない状態にあった。

息はしており、口は動く。しかし、体は全く動かない。

竜自身、今まで体験したことのない未知の感覚であった。


「おのれ……! 私に何をしたのだ……!」


竜は息継ぎをするように低く唸る。

レンは、近くの切り株に腰掛け、竜を眺めていた。


「首の経穴を刺してる。その槍があるかぎりは君は爪先一本動かせないよ」

「ケイケツ……? 何の話だ……! たかだか槍一本にこの私が屈するハズがない! 貴様、麻痺毒か呪われた槍を使ったな!」

「やっぱりそうなるよね。この世界の常識には無い方法を使った、という感じかな」

「フン、殺すなら殺せばいい。なぜ生かしている」


レンはそう言って立ち上がり、足元に落ちていた鉄の剣を拾い上げる。

そして、竜の大きな瞳にその切っ先を向けた。


「まだ貴方に用があるからだ!」


グルルル……! と竜の喉から唸りが聞こえた。

竜は警戒と怒り、焦りをその瞳に宿らせている。


「何が言いたい……! 勇者……!」

「質問に答えてくれればいい」

「答えたところで殺すのだろう」

「頼むから、僕にこれ以上傷つけさせないでくれよ……」


レンはそう言いながらも、剣を竜の前足の指の間に突き立てた。

人間でいえば“甲谷“という手の急所である。

この急所を適切な角度と力加減で刺激すると、思わず倒れてしまいそうな痛みが走る。


「……!!!」


だが竜は呻き声一つ上げなかった。

効いていない訳ではない。その証拠に、刺した瞬間に竜の瞳孔が収縮した。

レンはそれを確認し、叫ぶ。


「あなたは魔王軍の関係者? この里を襲った目的は? 僕の記憶の鍵を使っている理由は? 他の鍵のありかは?」

「……何も答えんぞ!」


竜の態度は変わらない。

レンは心が恐怖で震えるような感覚を覚えた。


痛みを与える方法はいくらでも知っている。

もう一つ二つ打震を使えば、別の急所も見つかるだろう。

だが、レンとしては、これ以上竜の苦しむ姿を見るのは堪え難かった。


レンは人並み以上に誰かの感情に対して敏感だった。

それが敵であろうとも、人が苦しんだり悲しんだりする光景はレン自身にも伝播し、同情してしまう。


それでも彼が拳を握れていたのは、自分を助けてくれる仲間たちの存在があったためだ。

彼らを守るためならば、躊躇なく敵を屠ることが出来た。


しかし、今は状況が違う。


これからやろうとしている事は一方的に相手を傷つける行為だ。

だからこそ、これ以上竜を痛めつけるのは、酷く残酷に思えたのだ。


レンは切り株に座り直し、葛藤した。

やりたくない。でも、やらなければ……。


竜の恨めしい視線はレンの心を惑わせるばかりであった。

だがその時。


「おい」


レンの背後から男の声がした。


レンが振り返るとそこには、グリアが立っていた。

彼は先の戦闘で倒した野盗団のリーダーである。

エルフ達が既に捕縛しているはずであるが、縄が解かれ、ナイフを持っている。


そして、その手元のナイフはエルフの少年の首元に突きつけられていた。


「グリア!?」


レンは驚き、構えようとしたが、グリアはナイフをチラつかせる。


「おっと、動くなよ。お前のせいでまた一人死ぬことになるぞ……」

「わ、分かった……。動かないからその子に手を出すな」

「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


少年は目に涙を浮かべて助けを訴えている。

そして、その背後にはエルフの男達が固唾を飲んでこちらを見ていた。

彼らも子供を人質に取られ、抵抗できずにいるようだ。


レンも同じく、黙ってグリアに従い、動きを止める。


レンと少年との距離は微妙に離れている。

竜歩を使えば詰められない間合いではないが、それよりもグリアのナイフが少年の喉を突き刺す方が早いだろう。


レンはそう考えながらも、少年を助け出す機会を窺った。




朝日がレンの体を照らしている。

木々が風に揺られ、小鳥たちの歌声が聞こえる。

清々しい朝の陽気はレンの心を癒してはくれない。


地面にはいくつもの大穴が空き、所々に血痕と凶器が散らばっている。

それらの戦いの痕跡の中で、レンはグリアから目を離せずにいた。


彼はエルフの少年を盾に竜の元へ近づくと、竜へ悪態をついた。


「あんたが魔王軍の精鋭か? 信じがたいなぁ」

「黙れ……! 貴様とて奴にしてやられたのだろう……!」

「へっ、そうさ。でもこれで汚名返上だ。で? どうしたらアンタを解放できるんだ?」


突きつけられたナイフが朝日に反射してレンの不安を煽った。

聞いていたレンは思わず叫んだ。


「ッ……! 解放する方法はある! ただし、その子と交換だ!」

「はあ?  何言ってんだ? お前に交渉する権利がある訳ないだろ!」


グリアは少年を捕まえながらレンに向かって刃先を向ける。

そして、竜が冷静な口調でグリアを諭した。


「騙されるな。方法は簡単だ。私の背にある槍を抜け。呪いの槍であったならそれだけで解放されるはずだ」

「本当か? 呪いが付与されてるようには見えんがな」


グリアは竜を見上げた。視線の先にはエルフたちが使っていた平凡な槍があった。

そう言いつつも、グリアは人質の少年と竜の背へ登ろうとした。


「よし。ガキ、先に登れ」

「は、はい……」


少年が竜の滑らかな鱗を登り始める。

そしてグリアも登ろうと、鱗に手をかけた瞬間、グリアと竜のレンへの警戒が薄らいだ。


レンはその機を逃さず、竜歩を使った。

彼の足元が爆ぜ、たった一歩で最高速度へ至る。


その予備動作のない動きに、グリアと竜は思わず反応が遅れた。


「野盗!」

「分かってるって!」


だが、グリアが再び警戒を戻した時には既に、レンが登っている少年の足を掴んでいた。

レンは足を引っ張り、落ちてくる体を着地と同時に抱きとめる。

そしてそのまま、竜歩で一気に下がった。


せっかく捕まえた人質を取られ、グリアは焦った声を上げる。


「くそ!」

「野盗よ、もういい! 奴がまた来る前に早く槍を抜いてしまえ!」

「お、おう! それもそうだ!」


再び諭されたグリアは急いで竜の背に登り、突き立てられた槍を引き抜いた。

レンが子供を後方へ逃し、グリアを捕縛しようと駆けつけた時には遅かった。


竜は震えながらも再び四足で立ち、その巨大な翼を広げていた。

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