第18話 型の真意
怪物の咆哮が森を揺らす。
爪が木々をなぎ倒し
尾が空を切り裂き
顎が地面を削り取る
その全てが恐ろしい破壊力。そして、その巨体からは想像もできない程の速さ。
さらに、竜の瞳が獲物を逃すまいと鈍く輝いている。
レンはその恐ろしい攻撃を次々と躱しきっている。
一手一手慎重に、そして時には大胆に竜の予測を超える動きで翻弄する。
レンに余裕など微塵も無い。
一撃でも貰えば即、死。
そんな緊張感がレンをより深い集中へと誘っていた、
相手は人間ではなく、ドラゴン。
人間以上の動体視力と圧倒的な身体能力を持っている。
それに加えて、このドラゴンは、人間並みの思考能力と広範囲の魔法、鋼鉄のような鱗を備えた完璧な生物だ。
少なくとも、レン以外にとってはそのはずである。
ズドン! と、竜の前足が地面にめり込み、もう何度目になるかも分からない土煙を上げる。
「ええい! 鬱陶しい! なぜ当たらぬ!」
「ああ、確かに僕も不思議だ……!」
レンはそう言いながら、イラつく竜の無防備な逆足に『打震』を放ち、『竜歩』で危険地帯から脱出する。
「この! 魔法の使えない貴様が何をやろうと無駄なことだ! 大人しく潰されろ!」
駆け出したレン目掛けて竜の足が踏み潰そうと迫ったが、レンはピタリと停止する。
そして、竜の足はレンの止まった3歩先にそのまま落ちる。
ズドン!!
実は、レンは攻撃を躱している訳ではない。
正確に言うなら、竜の攻撃を外させている。
『竜歩』の極意とは、決して一足目からの最高速度に至るだけではない。
さらに重要なのは、速度ではなく、その後の“停止“の方である。
銃弾の如く発射された体を、任意の場所で停止させる。
そして、停止後に再び最高速度へ移る。
想像してみて欲しい。
壁から跳ね返って来たスーパーボールが空中で突然停止し、全く別の方向へ跳ねていく姿を。
果たしてその軌道を完全に予測することは可能だろうか?
そして竜も同じく、相手の軌道に沿って攻撃を行う。
しかしながら、レンはその予測軌道の途中でピタリと停止し、全く別の軌道へ加速する。
攻撃がまともに当たるわけがない。
だからこそ、レンは生き残っていた。
そして、反撃の気も掴みかけていた。
鋭利な尾の攻撃を躱し、振り抜きざまに『打震』を放つ。
『打震』による攻撃はダメージなど期待できない。
その目的は情報収集である。
長年、感覚器官として鍛え抜かれた小指、薬指、中指の三指は、打った相手の体内を正確に検知できる。
その感触、打感、音、跳ね返りから様々な状態を検知し、弱点を暴き出す。
先のオークと化したエバルコに対しても、右膝関節の緩みを見てとったのはこの『打震』である。
今戦っているドラゴンも生物は違えど、弱点は存在している。
そして、数発目かの打震で、レンは竜を打倒する方法を見出した。
「拉致があかん! いっそこの森ごと焼け死ね!」
竜の胸が朧げに光った。
森の暗闇はその位置を正確に教えてくれている。
それは、打震で感じた臓器の一つである。
最初レンは、毒蛇の毒腺と似たような物だと思ったが、打震を打つにつれて、その構造が分かってくる。
それはまるでポンプやエンジンを想起させた。
何かを圧縮して、口に繋がる器官へ流す造りになっている。
そこまで分かれば、これがブレスのための臓器であることを疑うことが出来た。
そして、その臓器こそが弱点になりうるとも。
レンは待っていたとばかりに竜へ走った。
途中、地面に突き刺さる槍を2本回収する。
竜の体内に魔力が満ち、口元からチラチラと炎が溢れる。
「やっぱり、ブレスか! やらせない!」
竜は体内に圧縮された魔力を放とうと、顎を大きく開ける。
もはや狙いなど定めていない。
この森とエルフの里ごと灰にしようとしている。
レンは竜の胸下深くへ『竜歩』で飛び込んだ。
そして、竜がブレスを吐き出そうと地面へ向けて胸を下げた瞬間、レンの放った槍が堅牢な鱗の下を滑り込むように侵入した。
槍はそのまま、淡く光る胸へと勢いよく突き刺ささる。
竜の体内深くまで入り、彼の光っていた臓器に到達。
臓器で圧縮されていた魔力が、竜の体内に流れ出した。
「ぐがあああ!! 貴様何をした!!」
暴発した魔力を全身に溢しながら、竜は怒りを露わにする。
しかし、既にレンは彼の胸元には居なかった。
彼は、竜が苦しむ隙に、森の暗闇と同化していた。
「!? どこへ行った!」
穏やかな風が木々を揺らし、遠くで鳥達が目覚めの歌声を上げている。
空にはオレンジ色の朝焼けが、滲み初めている。
激しく厳しい戦いの中で、レンは不思議に思っていた。
“『初代口伝・打震竜歩』は怪物相手にあまりにも噛み合いすぎる“と。
まるで丁寧に設えたような完璧な怪物対策。
そもそもの武術技法として、初代口伝には問題が多いと、レンは感じていた。
初撃に打震を放つ必要がない。
最初から顎などの人体の弱点を狙えばいい。
せっかく最高速に加速したのだから、それをわざわざ止める必要がない。
最高速度のまま相手にぶつかれば有効なダメージになる。
それはまるで、修練の過程に無意識に置き去ってきた疑問が吹き上がり、戦いの中で解消されていくようであった。
そして、レンの中で、一つの仮説が導き出された。
“初代人明流はこの世界に来ていたのでは?“と。
だが、生まれたばかりの疑問は一瞬にして雑念として処理された。
今の彼にはやることがある。
レンは、竜を見下ろしながら、打震によって感じ取ったもう一つの弱点を探していた。
そして、それを見つける。
あまりにも分かりやすい形状に、レンは確信する。
(逆鱗! あそこだ!!)
だが一方の竜もその鋭敏な鼻で、ようやくレンの位置を特定した。
「上に逃れたか!」
竜が目の前の木の上を睨み、鍵爪がその木をなぎ倒した。
太く大きい幹は一撃で両断され、竜は、落下してくるレンを探した。
しかし、既に遅かった。
レンは、竜の首元に降り立つと、その鱗に手をかけた。
その、一箇所だけ逆さに生えている鱗を素手で剥ぎ取ったのだ。
竜はその時なってようやく気がついた。
「何!?」
「もう遅い! 終わりだ!」
そしてレンは、剥いだ鱗に守られていた、無防備な肉体へもう一本の槍を突き立てた。
◇
エルフの里には声が戻っていた。
彼らを拘束していた亡者達の手は解かれ、里を覆った影は跡形もなく消え去った。
朝焼けが里を照らし、エルフ達は今後こそ、戦いの終わりを実感した。
負傷者は里の診療所には入りきらないので、広場に集められた。
死者は、不幸にも数人出てしまった。遺族達は彼らの死を受け入れられず、その体に縋り付き泣いている。
スミスはそんな光景を見て、この里に来た時のレンの様子を思い出す。
「やあ、君は本当に頑丈だね。これなら数日で治るよ」
「アルド……。サンキューな。お前が後方で指揮を取ってくれたお陰で里への侵攻を許さずに済んだよ」
「それはどうかな……結局私は死者を出してしまった。あの時もっと違う指示を出せていたなら結果は変わっていただろう……」
アルドはそう言って、涙を流す遺族達へ目を向けた。
悲壮なその光景を目に焼き付けているようだった。
(あの時もっと別の指示が出せていれば……)
彼の頭に浮かぶのは後悔の念ばかりである。
「所詮私は肩書きだけの男だ。軍略的な知恵など、最低限の事しか知らなかった。
兄上のように実践経験を積んでいればこんな事にはならなかった。つくづく思うよ、これまでの私が父上や神のお人形に過ぎなかった事を……」
アルドはそう言って涙を流した。
表情は崩れていないものの、その瞳には後悔、苦痛、悲痛、そんな感情が次々とこぼれ落ちていく。
「アルド……俺だって同じさ。後悔なんて数えきれない。でもな、アルドのおかげで救われた命がこんなにあるじゃないか……!」
スミスは、両腕を広げ、アルドの目を移させた。
そこには、広場に集められた負傷したエルフ達が居る。
そして、彼らを見舞いに、それぞれの妻や子供達が身を寄せ合っている。
妻や子供は夫の生還を喜び、夫は家族の元へ帰ってこれた事に感謝するように、お互いを抱きしめ合っている。
その、命が光り輝くような光景は、紛れもなくアルドが救ったものであった。
アルドは、スミスの肩に両手を置いて俯いた。
「スミス……! ありがとう……! 君にはいつも救われる……!」
「誰もかれもが強い訳じゃない。どうやったって立ち直れない時もあるだろう。そん時はまた、誰かの肩を借りればいいさ。今みたいにな」
朝日が優しく、エルフの里を包み込んでいた。
まるで、生者には祝福を、死者には鎮魂を祈っているかのような、優しい陽光であった。
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