第17話 終わらない夜
グリアとエバルコが倒されると、残った野盗達は一目散に逃げていった。
エルフ達は喜びも程々に倒れている野盗達に縄をかけていく。
そんなエルフ達の傷も深かった。何人か血塗れの者もいる。
こんな惨事が里の中で起こらなくて本当に良かった、とレンは思い疲労感でいっぱいの体を地面に下ろす。
そして、テキパキと働くエルフ達の姿をしばらく眺めて、倒れているスミスと目が合う。
「よお、また勝ったな」
「うん、スミスがあの鍵を渡してくれたおかげさ」
レンがそう言うと、スミスは思い出したように声を上げる。
「鍵……あっ!! ヤバイ! まだ終わってねぇ! 頭打ったせいで忘れてた!」
「どうしたの?」
「レン! 戦えるやつを集めてサリーの所へ走れ! まだ間に合うかもしれない!」
スミスの慌てようは尋常ではなかった。
レンは慌てて立ち上がり、里の方へ足を向けた。
しかし、その足がそれ以上進む事はなかった。
里から黄色い閃光が放たれ、いくつかの爆発音がしたためだ。
レンは思わず足を止め、その音の発生源から飛び立った影を凝視していた。
そして、その影はレンの真上で停止する。
まるでこの周辺の状況観察しているようであった。
レンも、エルフ達も上空の影に気を取られる。
突然、ドサリとレンの背後に何か大きな物が落ちる音がした。
その音はまるで、人間でも落ちてきた様な質量を感じさせた。
レンは不安になりながら振り返った。
そこには、ボロボロになった白いローブが倒れていた。
けほけほ、と苦しそうな咳払いをしている。
それは紛れもなく、それはサリーであった。
彼女は満身創痍で血を流してグッタリと倒れている。
「サリー!?」
レンが倒れているサリーに駆け寄ろうとしたその時である。
上空から、猛スピードで何か巨大な物体が地面に激突した。
ズドン!! という音が大地を揺らす。
先ほどのエバルコなど比にならない程の衝撃が里全体を揺らし、地面がめくれ上がる。
土煙が漂う中、レンはその黄色い瞳と目が合った。
爬虫類の様に縦に裂けた瞳孔は怪しい光を帯びながら獲物を狙っていた。
その異様にレンは思わず身を固くする。
それはレンだけではない。
周囲のエルフやアルド、スミス、野盗達でさえもその存在感に圧倒された。
やがて、風が吹き土煙が晴れていくと、その全貌が見えた。
そこにあったものは、巨大なドラゴンの姿だった。
その大型トラック2台分ほどの巨体には白く輝く鱗、瞳には黄色い光が灯っている。
その姿をその場に居る誰もが恐れた。
突然の怪物の襲来にもはや笑ってしまう者もいた。
レンもまた、茫然と眺めてその怪物を眺めていたが、サリーの声か細い声に我に帰った。
「みんな、にげ、て……」
「サリー……!」
レンはサリーの側へ駆け寄って顔を覗く。
血を流しながら、呼吸が荒い。
彼女が危険な状態である事は、医学の心得の無いレンにも分かった。
「その娘が居ると言う事はもしや、と思ったが、やはりな……」
レンの背後で恐ろしい竜の声が低く響いた。
その声の威圧感にレンは振り向き咄嗟にサリーを守るように構える。
竜はそれを見て続けた。
「勇者、貴様は危険だ……! これ以上余計な事をせぬ内に排除する!」
「な、何なんだお前は! それに、お前がサリーをこんな目に合わせたのか!」
レンの言葉を無視して、竜はその巨大な鍵爪をレンへ向けて踏みつけるように放った。
自分が避ければ方向的にサリーに当たる。
レンは彼女だけは傷付けまいと爪を受け止めようと両手を広げる。
だが、その爪先がレンに当たる事はなかった。
屈強なエルフ4人がレンの代わりに受け止めたのである。
「お兄さん、は、早くその娘を連れて行ってくれ……!」
彼らの足は震え、今にも崩れそうになっている。
身体強化魔法を重ねがけした屈強なエルフ4人がかりでも、強大な竜の膂力を受け止めるには、ほんの数秒が精一杯であった。
レンは、そんな状況を察し、傷だらけのサリーを担いで後方へと走る。
「ありがとう!! すぐ戻るから無理しないで!!」
レンがそう言うと、エルフ達は張り裂けそうな筋肉を震わせながらニコリと笑う。
しかし、竜はそんな彼らを意に帰さず、鍵爪を振り払った。
爪を受け止めていたエルフ達はその圧倒的な膂力に手も足も出せず、投げ飛ばされた。
しかし、他のエルフ達も助太刀に入った。
槍の投擲、弓の一矢、魔法によって作り出した火球などが、竜の体に放たれた。
だが、竜の鱗はそんな攻撃では傷一つ付けられない。
「小賢しいぞエルフ共! 貴様らに用はない!」
竜は怒りの声を上げ、巨大な翼を広げた。
その声の大きさに、エルフ達は思わずその長い耳を閉じた。
その翼幕が星空を飲み込み、里全体に真っ暗な影を落とした。
『シャドウ・フューラル!』
竜が呪文を唱えると、その影の中から真っ黒な亡者の手が伸びてエルフ達を次々と拘束した。
ほんの一瞬で、里全体のエルフ、アルド、スミス、倒れている野盗達までもが地面に固定され、身動きが取れなくなる。
「うわ!! 何これ!! うわっ! サリー!!」
レンはそんな亡者の手をサリーを抱えながら避けていたが、目の前に現れた尋常ではない数の手に彼女を絡めとられてしまった。
「サリー!! くそ! みんな! 誰か動ける者はいないか!?」
「……!!!」
レンは助けを求めてさらに走った。
だが聞こえるのは声にできない声ばかり。
誰もが亡者の手に口を押さえられ、発言することすら許されていなかった。
レンが途方に暮れながらも動ける者を探していると、暗闇に黄色く巨大な瞳が浮かび上がった。
「やはりそうか……。魔力が無いために亡者の追求から逃れたか」
竜は翼を広げながらレンを観察するように言った。
「おい!! 急に何なんだお前は!! みんなを離せ!」
「黙れ。これから死にゆく貴様に答える必要など無い。亡者が追えぬのなら私が直接手を下すまでだ」
そう言うと、竜の鍵爪が再びレンへ襲い掛かる。
幸いにして、攻撃の方向にサリーもエルフも居ない。
レンは竜歩を使って回避した。
鍵爪は地面に突き刺さり、重機でも使ったかのような巨大な穴を開けた。
避け損なえば、確実に死ぬ。
エバルコとの激闘以上の緊張感が走る。
だがしかし、それが逆にレンを奮起させた。
「記憶を全て取り戻すまでは、死ぬわけにはいかないんだ! ルイスのために!」
背中が重くなる。
ルイスの幻想が背中に再び浮かび上がり、レンを死地へと向かわせる。
長い夜はまだ空けない。
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