第15話 紫の追憶②
ここは商業都市メルク。
国の中心に位置しており、王都と農耕地、軍事都市や魔法都市に繋がるあらゆる物流の起点であり、終点の役割を持った都市である。
僕とルイス、サリー、ミルコの4人はカブレスの冒険者ギルドで様々な依頼をこなした後、次の巡礼先であるこの大都市にやって来た。
街中はカブレスの街以上の賑わいを見せている。
そこら中に露店が出店しており、扱っている品は多種多様である。
親切な門衛の兵士曰は、この都市には国中の物が集まると言った。
まず僕ら4人は、この都市の管理者であるアルド王子と謁見するべく城へと向かったが、生憎今は留守にしているらしい。
仕方なくそこは退散して、宿に入った後、各自で自由行動という事になった。
今はルイスの新しい魔道具探しに付き添って市場を歩き回っている。
「うーん……イマイチね。やっぱり最初に行った所で買おうかしら……」
何件か物色したが、ルイスは価格を気にしてまだ何も買ってはいなかった。
王からもらった旅費とカブレスでの稼ぎがあるとはいえ、ルイスの中で予算しっかり決められているらしい。
「多少高くてもいいんじゃない? また稼げばいいんだし」
「そう言って、あんたら今までいくら無駄にしたのかしら?」
「こま……。ごめん」
「今、細かいって言いかけたでしょ」
誤魔化しきれなかったか……。
ルイスのジトリとした目線を誤魔化すように、目に入った婦人服を手にする。
「ほ、ほら、ルイス! この服なんてルイスに似合いそうだな〜! どう!?」
「誤魔化さないでよね……。あ、でもそれいいかも……」
「でしょ!?」
手にしたのはひまわりのように黄色いチュニック。
裾の部分に精巧な花の刺繍が添えられている。
彼女はシンプルなデザインで明るめの色合いの服装を好んでいる事はなんとなく分かっていた。
今は軽装の鎧姿であるが、カブレスの街にいる時などは、たまにサリーと綺麗な服を着て出かけていく姿を見たことがある。
その時の服装も無地のブルーに膝丈くらいのスカートを合わせていた。
「あ、でもルイスはこっちの方がいいでしょ」
僕は別の服を手に取った。
今度は明るい緑のワンピース。
襟の部分だけが白いレースの模様が刺繍されている。
「う、……いいじゃん……」
「やっぱりね!」
「なんで私の好みが分かるの?」
「え!? うーん……。こういうの似合いそうかなって」
それもあったが、流石に本当のことは言い出せなかった。
君のことを目で追ってるなんて……。
「そう……。いいセンスしてるじゃない」
ルイスはそう言うと、ニコッと微笑む。
その表情を見て、かわいいという思いが僕の口から漏れ出そうとした。
「ちょっと迷うけど、ダメよ。今日は魔道具を買うの。予算も余裕がないんだから」
「そっかー」
◇
買い物を終えた僕とルイスは小腹が空いたので屋台の出ている場所までやって来た。
そこには所狭しと多種多様な屋台が並び、中央の広場には買った食べのを広げられるテーブルと椅子が何脚も用意されていた。
その光景は僕にショッピングモールのフードコートを連想させた。
異世界に来てから、もう3ヶ月くらい経っている。
最近こういう風景を故郷の世界と重ねて郷愁に浸ることが多い。
ホームシックだろうか?
「ねえ! 席とって置いて。私が買ってくるから!」
「いいよ、僕が行くよ」
「いいから座ってて。付き合わせてるのは私なんだから、これくらいやらせて」
「そう。分かったよ、ありがとう」
「うん! 何がいい?」
僕は座りながら屋台を見回したが、何がなんだか分からないのでルイスに任せる事にした。
「ルイスに任せるよ。今度はルイスのセンスを見せてもらおうか……」
「へえ。面白いじゃない」
僕はほくそ笑み、ふざけてみる。
一方のルイスも乗り気なようだ。
意気揚々と屋台へと向かった。
十数分経っただろうか。
僕はちょっと遅すぎるなと心配になり、席を立った。
辺りを見回しながら歩いていると、路地裏に入っていくルイスの姿が見えた。
ガラの悪そうな冒険者数人に囲まれている。
「あっ、あれはヤバいな……。ルイス!」
僕は急いで路地裏に入っていった。
そこには、紙袋を片手に持ったルイスと4人の冒険者風の男たち。
重厚そうな鎧をつけている者もいれば、身軽そうな革の装備の者もいる。
「なんだぁ、テメェ」
僕が路地に入った瞬間、男たちはジロリと僕を睨みつける。
「いやあ……! ごめんルイス待たせたね。行こうか」
「ん。遅かったじゃん」
僕は男たちの視線は気にせずに割って入り、ルイスの手を握って、入ってきた表通りへ立ち去ろうとした。
だが、行く先に重装備の大男が立ち塞がる。
「待てや。こんな美人とどこ行こうってのよ」
「こんな男ほっといてさ、俺たちと酒でも飲もうや!」
男たちは典型的な絡み方をしてくる。
漫画とかアニメで見たなぁ〜、とちょっと感心してしまったが、我に返って立ち塞がる大男へ睨みを利かせる。
「どいてよ」
「おいおい、可愛い目で睨んでやがるぜ!」
男たちは僕を煽って笑い合う。
童顔を馬鹿にされてちょっとイラッとくるが、冷静になれ。
こいつらを倒すのは簡単だが、こんな街中で神器を使いたくない。
住人に迷惑をかけるだけじゃなく、最悪殺してしまうかも……。
それに……。
「ねえ、レン。手、離してよ。大丈夫だから」
ルイスが怒っている。
この手を離せば男たちにどんな災難が降りかかるのか想像もつかない。
何笑ってんだお前ら。
今どれだけ危険な状況にいるのか分かってんのか。
そんな事を思っていると、ルイスの握力が段々強くなってきた。
「いたたた! ルイス、ダメだって」
「こんなに侮辱されて私が我慢できると思う?」
「別にルイスが馬鹿にされてるわけじゃ……」
「アンタが馬鹿にされてるから怒ってるのよ! 気絶くらいで許してあげようと思ったけどやめね! 死ぬほど後悔しなさい……!」
「あ? やんのか女ぁ?」
そう言った男のほうをルイスがキッと睨んだ。
そして、男の腿に目掛けて蹴りを出そうと足を上げた。
その靴の裏には、いつの間にか隠し刃が出ている。
(そこまでするの!?)
そう思い、咄嗟に握っているルイス手を引いてそれを阻止。
バランスを崩して倒れる彼女を抱えて、そのまま全力で路地裏を駆けた。
「ちょっと!」
「あ!待てコラ!」
それはさながらお姫様抱っこである。
だが、僕は気にせず走り続けた。
「ちょっと、なんでよ! あんな奴らボコボコにしましょうよ!」
「ルイス! 短気なのは君の悪い所だよ。普段はあんなに優しいのに!」
男たちは僕ら二人を追いかけて罵詈雑言を投げつけている。
それを無視しながら、必死に走るも、目の前は行き止まり。
「そこよ!」
「……!」
ルイスが指した方向は狭い通路、というよりも建物と建物の間と言うべき所だった。
かと言って、そこしか逃げ場が無いので横向きに入り込む。
僕らは密着しながら狭苦しい路地を抜けた。
男たちはまだしつこく僕らを追っている。
僕はルイスを持ち直して、再び走り出した。
「もう、私を下ろせばよかったのに」
「ああ! なんかこのままでも楽しいかなと、思ってさ!」
走りつつも、そんな事を言うと、ルイスは突然吹き出した。
「ふふっ、それもそうね! あ、来てるわよ!」
こんな緊迫した状況を、僕らはすっかり楽しんでいた。
その後も僕はルイスを抱えたまま街中を走り回る。
煤まみれの路地を抜け、神聖な教会を通り過ぎ、人混み溢れる市場に紛れ、長い長い階段を登った。
まるで街中を堪能するように、僕らは逃げ回った。
男たちを撒いた頃には夕刻になっていた。
坂道を登って着いた先は、小高い丘にある、ちょっとした休憩スペース。
僕は古めかしいベンチに座って一息つく。
「はっーー!」
「お疲れ。なかなかスリリングで楽しかったわよ」
「ヘトヘトだよ。あ、お腹すいた」
「うん。良い場所だし、ここで食べましょう。ちょっと待ってね」
ルイスは紙袋に手を入れて、買ってきたサンドイッチを差し出す。
「ありがとう。美味しそうだね!」
「へへん! いいチョイスでしょ? 召し上がれ」
夕日に照らされる街並みを眺めながら、僕たちはサンドイッチを食べる。
「あっ、頬についてるわよ」
「え? どこ?」
「もう、ちょっと動かないで」
そう言ってルイスは懐からオレンジのハンカチを取り出して僕の頬に当てる。
淡い夕日に照らされた彼女のちょっと嬉しそうな表情に、僕は幸せを感じていた。
ーーそして、視界が歪む。
歪んだ視界は漂白され、真っ白な空間に僕だけが取り残される。
そして、現在へと体と心と魂が引っ張られる。
嫌だ。
僕は抵抗した。
戻りたくない。
この幸せな思い出をずっと見ていたい。
だってルイスがあんなにも元気そうじゃないか。
明るい笑顔、怒った顔、ふて腐れた顔、楽しそうな、幸せそうな顔。
そんな彼女を見ているだけで僕の心は満たされる。
彼女が死んでしまった現在なんて戻らなくていい!
心の底からそう思った。
しかし、彼女が僕のせいで死んでしまったと言う事実は忘れる事などできるはずがない……。
ズシリ、と背中が重くなった。
振り向くと、青白い肌のルイスが僕の背中にしがみついている。
「うう……ルイス……! ごめんよ……! ごめん……!」
僕の背中から回しているルイスの手を握って嗚咽を漏らす。
『……ないで……』
微かなルイスの声が聞こえる。
思わず僕はその声に耳を傾けた。
『私の事……を忘れ……ないで』
そうだ。
なぜ気が付かなかったのだろう。
ルイスが死ぬ間際に言った、言葉。
悔しそうに涙を流していた彼女の姿を思い浮かべた。
「そうかい……ルイス、そういう事か……何で気が付かなかったんだろう……君の願いを」
何故ルイスが死ぬ間際にあんな事を言ったのか。
その理由が今分かった。
僕は彼女の言葉、願いを、僕はハッキリと受け止めたのだ。
そして、再び立ち上がった。
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