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第13話 前線の落し子


「お前が……! お前がルイスの未来を奪った!!! お前さえ居なければ!!!」


グリアが涙を浮かべながら僕に叫んだ。


「お前さえ……! お前さえ居なければ、ルイスは幸せになれた! 彼女にはその資格があった!」


あまりにも真っ直ぐな言葉が、僕の心に突き立てられた。

否定など、出来ようはずがない……。


だがそれでも、ルイスがここに居れば、彼らの非道を許すはずがない。

僕は、ルイスへの想いで、重い口を無理やり開く。


「……そうだ。だが、彼女がここに居れば、この惨状を見過ごさなかったはずだ。

彼女なら君たちの蛮行を止めただろう。それに、この里にルイスは眠っているんだ。エルフ達が手厚く葬ってくれた……。

彼女のためにも、早くこんな事は止めてくれ」

「お前にそんな事を言う権利があるものか!! 一体誰のせいでルイスが死んだと思ってる!? お前なんかに関わったせいで……!!」


グリアは聞く耳を持たなかった。

エバルコもまた、ルイスを想って静かに涙を流している。


「確かに俺たちには不幸を巻き散らす事しかできねぇ! それは俺たち自身が一番分かってたさ! 

だがなあ!! 死んじまったら、どうしようもないだろう……!!」


心にヒビが入る。


僕の中で、何か大切な物が音を立てて崩れていく気がした。


『僕のせいでルイスが死んだ』


その言葉は、あの日からずっと僕の中で響き続けていた。

スミスとアルド、エルフ達が寄り添ってくれたからこそ、サリーと一緒に彼女を悼んだからこそ、僕は再び立ち上げれた、そう思っていた。


だが、そうじゃない。

僕は正当化していただけだ。


みんなの想いを盾にして、ただ耳を塞いで何も聞かないようにしていただけだ。

そうグリアに気付かされてしまった。


事実、今僕はエルフ達の戦いを盾に、自分が生きてここに立っている事を正当化した。

そして、ルイスの想いを僕の中でねじ曲げた。


彼女ならこう考えるだろうと、勝手な想像でグリア達を非難した。


『そんな資格があなたにあるの??』


背中がグンと重くなった。

その感覚には覚えがあった。


忘れたくても決して忘れる事など出来ない、人の重さ。命の重さ。

青白い手が、僕の肩を掴み、その空虚な瞳と目が合った。


ルイスだった。


今はもう、死んでしまった彼女が、僕の背中に背負われていた。


それは幻覚だと、頭では分かっていた。

だが、絶望せずにはいられなかった。


「何よそ見してやがる!! エバルコ、ルイスの弔いだ! 本気で殺せ!!」

「ああ……。いいんだな」

「姿も分からなくなるくらい、ぐちゃぐちゃにしてやれ!!」


グリアがそう言うと、エバルコは深く息を吸った。

そして、夜空を見上げ、雄叫びで地面を震わせた。


その絶叫のあまりの大きさに、周囲の盗賊やエルフ達がギョッとして手を止めた。


エバルコの姿が段々と変容していく。


肌は薄い緑に、爪が黒く変色し、筋肉がさらに膨張し、その巨体は著しく太く、逞しくなった。

やがて、下顎から二本の牙が生えると、その姿はまるで空想上の生き物。

『オーク』そのものになった。


そして絶望に落ちている僕を見据えて、グリアが言う。


「これが、“前線の落とし子“だ。魔王軍と人間軍が産み捨てた哀れな怪物だ!」

「そうだ……。だがルイスはこんな俺を一人の家族として扱ってくれた。

俺は、俺たちはそんなあの子の幸せを心から願っていた……。ルイスの幸せを奪った貴様だけは絶対に許さない。せめて残酷に死んで詫びろ」


怪物と化したエバルコは黄色い瞳を濡らしながら、僕にそう言った。

さらに巨大になった拳を握りしめ、振りかぶっている。


それを見ても、僕は自分が何をして良いのか分からなくなった。

一体何のためにここに立っているのか、抵抗すればよいのか、この拳を受け入れればよいのか、全く分からなくなってしまった……。


心が波打って、渦巻いて、泡立って、沸騰して、凍りついて。

その全てが僕の心を責め立てて、発狂する。


だがその時、背のルイスが囁くように言った。


『何で私を殺したの?』


その一言で、僕の心は完全なる絶望へと突き落とされた。


視界が真っ白に、いや、紫色の輝きに眩み始めた。

ポケットに入れていた記憶の鍵が眩い閃光で周囲を包み込んだのだ。




エバルコが怪物へと変容し、レン達を紫色の光が包む少し前、サリーは里の上層にいた。


長い石段の頂上にはエルフ達の信仰している神を祀った祠がある。

サリーはその境内に輝く魔法陣の前に立ち、杖を突き立てて魔法の成立を阻害していた。


「もう……! そろそろ発動しちゃう!」


これはエイオンが持ち込んだ“記憶の鍵”によって生み出された魔法陣である。

その構成から魔界の魔法であることは分かったが、発動を阻止する事は出来なかった。

せいぜい出来るのは、発動を遅延させる事くらいである。


限界まで魔力を振り絞るサリーの額には汗が滲んでいる。

例の鍵が使用されている時点で、今生み出されようとしている魔法の正体には察しが付いていた。


勇者のパーティーメンバーである、騎士のミルコから受け取った記憶の鍵を解析した際にも分かった事だが、この鍵は旅に出る前に神から与えられた魔界への転移の門の鍵に酷似している。


その鍵を使用するには、信仰の力が必要だった。

そのため、勇者と一行は信仰の力を高めるために人間世界のあらゆる場所を“巡礼“するのである。


それが勇者達が旅をする目的である。


魔界への転移は、分厚い魔王軍の前線を飛び越え、魔界への侵入を可能にする方法の一つである。

“巡礼“の旅によって集められた人々の信仰で転移の門を開く。


サリー達はそうやって魔界への道を切り開き、そして逃げ帰ってきた。

だが、ミルコだけは今も魔界でレンのために動いている。


仮にこの場所で使われた鍵が転移の鍵であれば、この魔法陣から魔人が出てくることは容易に想像できた。

そして現れた魔人は、ここから直接王都へ侵入し、破壊の限りを尽くすだろう……。


今里を襲っている敵は魔界の刺客か協力者であるとも推察できた。


だが、サリーにも解せない事がある。


レンの“記憶の鍵“と“転移の鍵“が酷似している事である。

サリーの頭には一瞬、様々な疑問が頭を渦巻いた。


しかし、その思考はすぐ様止めた。


とうとう魔法陣が動き出してしまったためだ。

こうなっては出てくる敵を迎え撃つしかない……。


サリーは魔法陣に突き立てていた杖を持ち上げ、攻撃魔法の用意に移る。


「来るなら来なさい……! 『アルペウス神よ、我が魔力にお力を!』」


サリーの周囲に濃密な魔力が渦巻き、杖へと集積されていく。


一方、魔法陣からは巨大な石造りの門が形成される。

それはサリーが魔界へ旅経つ時にも見た、神聖な彫刻が施された門である。


そして、その門の扉がゴゴゴ、と音を立てて開かれた……。

開かれた隙間から、毒気の強い風が流れてくる。


その風に当たってサリーは確信した。


「やっぱり魔界に繋がってるのね……」


やがて、扉が全開になり、そこから怪物が現れた。


お読みいただきありがとうございます。


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