第8話 第二の鍵
スミスとサリーはエルフ達が祀る祠へ到着していた。
スミスは、階段を上り切ると同時に、境内に展開している魔法陣を指差して言った。
「これだよこれ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ。ちょっと待って……。って何よこれ!?」
急かされるまま階段を走って登ってきたサリーは疲れた様子だったが、その魔法陣を見て、驚いた。
スミスは、息切れしながら驚いているサリーに、ここでの出来事を順序立てて説明していった。
サリーはそれを聞きながら、息を整えた。
そして、説明が進むにつれて、表情が険しくなっていく。
「つまり、その鍵がこの魔法陣を展開したということね」
「そうだ!! 何か分かったか!?」
「ええ……これは厄介よ。とても厄介……」
サリーはそう言って、展開している魔法陣に触れた。
すると、触れている部分の光が解かれて、小さく細かい文字がサリーの手の周囲を循環した。
「この魔法陣はかなり複雑。それも明らかに人間のものじゃない。明らかに魔人の技術だわ。
それにこの鍵が使われているって事は、恐らくこれは転移魔法よ」
「ちょっと待て! って事は、ここに魔人が転移してくるのか!?」
「そうと決まった訳じゃないけど、その可能性はかなり高いわ」
「まずいじゃないか!! 何とか止められないか!?」
それに対して、サリーは首を振った。
「ハッキリ言って無理」
スミスはそれを聞いて絶句した。
サリーはスミスの表情は気にせずに話し続けた。
「私には未知の技術だし止めるのは不可能よ。ただし、ある程度なら発動を遅らせるくらいなら出来るわ」
それを聞いてスミスはなんとか口を開く。
「そうか! どのくらい!?」
「軽く見積もって、門が開くまでに15分ってとこよ。頑張って妨害すれば30分。たぶん、下の襲撃者も関係してるわね」
「30分か……! 仕方ないな! だったらその間に下の連中を倒して、次に転移される魔人を倒そう!」
「楽観的ね。そう上手くいくかしら……。まあ、最悪コイツの相手は私がしてもいいわ」
そう言われ、スミスは迷いを見せる。
しかし、現実的には最良の選択である事は、スミスには理解できた。
元勇者のパーティメンバーのサリーと、一介の剣闘士であったスミスとは実力差がありすぎる。
自分が足でまといになる可能性を考え、スミスは躊躇いながらも頷いた。
「……くっ、しょうがねぇ! 分かった! だが、無理はするなよ。俺はレン達にこの事を伝えて来る!!」
「分かってるわ。じゃあ下の守りはお願いね」
サリーはそう言って、魔法陣の妨害作業に入ろうと魔法陣に腰を下ろした。
それを見てスミスは階段に向かって駆け出そうとしたがサリーに呼び止められる。
「あ! 待って!」
「ん? どうした!」
「その鍵はレンに渡しておいてね! 多分、それにもあいつの記憶が入っているはず!」
「お、おう! 分かった、まかせろ!」
◇
エルフの男達は臨戦体勢に入っている。
サリーの探知魔法によって、敵の数と、位置は分かっていた。
敵は50人。
まっすぐこの里唯一の出入り門に向かって来ている。
エルフ達は門から出て、それぞれ武器や盾を手にしている。
里の中でも魔法が得意な者は一人ずつ身体強化魔法をかけて回っている。
やがて、エルフ達の優秀な耳が、聞き慣れない足音を拾った。
ガチャリ、ガチャリ、という金属音である。それも一つ二つの数ではない。
魔法学者サリーの言った通りの数の音が森の暗闇から響いてきたのである。
一方でエルフ達は静かだった。
彼らは覚悟と恐怖を持って武器を、盾を構えた。
ゴクリ、と誰かの生唾を飲む音が聞こえた。
やがて、森の奥から大勢の男達の歓声とも、悲鳴ともつかない叫び声が聞こえた。
その声達は、速度を上げて、こちらへ近づいてくる。
「来るぞ!!」
エルフの一人がそう叫んだ瞬間、暗黒の中から何十もの人間達が現れ、彼ら目掛けて襲い掛かる。
そんな人間に対して、エルフ達も負けじと応戦した。
森の暗黒の中で、幾つもの絶叫と金属音が彼らの思いを訴えかけてくる。
”ここに殺戮あり!!”
”この土地は汚させない!!”
とうとう戦いが始まってしまったのだ。
◇
野盗達の雄叫びが聞こえ、レンとアルドは族長と共に里のゲートを潜った。
既に戦闘は始まっていた。
何人もの野盗達がエルフに襲いかかっている。
彼らのその足元には、野盗達の倒れた体が転がっている。
一方のエルフ達は皆健在だ。
しかし、明らかにエルフ達の方が数は少ないように見えた。
数人倒そうと戦況は不利のままである。
さらに、エルフ達は襲撃に慣れていないのか、陣形も作らず、ほぼ乱戦状態である。
「陣形が乱れている……。族長! 私はある程度なら戦争経験がある。指揮官としてならお役に立てるだろう」
「アルド様……! 分かりました。どうすればよろしいのですか!?」
ここに来る前からアルドとレンを逃そうとしていた族長もこの状況を見て覚悟を気またようだった。
アルドは頷き、族長へ指示を出した。
「この里の唯一の門であるこの通路は死守せねばならない。ここに彼らを集めてくれ。指示は必ず貴方の声で頼む」
「分かりましたアルド様!」
族長はそう言うと、近くにいるエルフ達に指示を飛ばす。
まとわり付く野盗達を払い除けながら、屈強なエルフ数人が門に繋がる通路に立ち塞がった。
「よし! ではバラけて戦っているもの達を助けよう。皆には複数人一組になって戦うように指示を!」
「アルド! 僕も戦うよ! どうすればいい?」
「ああ! 分かっている。君は周囲に散らばったエルフ達に今の指示を伝えて回って欲しい。レンの俊敏な動きなら出来るはずだ!」
「任せて! 行ってくる!」
レンは指示を聞くなり走り出した。
「絶対に無理はするなよ! 危なくなったら戻ってこい!!」
レンは振り返らずに、手を上げて答えた。
そして、襲ってくる野盗達を人明流の技でなぎ倒す。
正面から両手に牛刀を持った野党が迫る。
その野盗が両手を振りかぶると、右の牛刀が赤く、左の牛刀が緑に光っている。
しかしレンは躊躇いなく右足で金的を蹴った。
その激痛に耐えられず野盗がうずくまる瞬間、頭目掛けてそのまま右足刀を喰らわせる。
後ろ向きに倒れていく野盗を見ながら、レンの視覚は左右の影に隠れていた敵を認識していた。
次の瞬間、左右から同時にナイフを持った野盗が襲い掛かる。
レンは一歩後ろに退がりながら、左右の野盗のナイフを持った手を掴む。
両方の勢いは殺さずに、握った手をそのまま左右に流す。
レンの二歩目の足が地面に着いた瞬間、野盗同士の頭が綺麗にぶつかり合い、力なく倒れた。
警戒を続けながら、レンは走り、エルフ達に向けて叫び続けた。
「エルフ達! 一人で戦うな! 複数で戦え! 助けが必要な者はいるか!!」
「こっちだ! 助けて!」
そう叫ぶと、暗闇から声が聞こえた。
レンは迷わずに、声の元に走った。
「今行く! 頑張れ!」
そこには、野盗の大剣を受け止めているエルフの少年の姿があった。
力に差があるようで、今にも切り伏せられそうになっている。
レンは野党の側面に向かって低く飛び上がり、足刀で野党の膝を内側に蹴り折った。
「ぐっ!! うわあああ!!」
野盗は悲痛な叫びを上げて倒れ込んだ。
そしてレンは少年に駆け寄ると、尻餅を着いた彼の手を握って起こした。
「大丈夫かい!?」
「あ、ありがとう……! あっ! 危ない!」
野盗は倒れたまま大剣を持ち上げていた。
何か魔法を使っているのか、本人の身の丈ほどの鉄の塊を片手で軽々と振りかぶり、少年ごとレンを切り砕こうとしていた。
しかし、そうはならなかった。
レンの右足が大剣の持ち手を押さえたためだ。
レンはそのまま体重を右足に移し、野盗の持ち手ごと大剣を地面に踏み込んだ。
そして、軽くなった左足で野盗の眉間目掛けて蹴りを叩き込んだ。
野盗はそのまま地面に顔を伏せて動かなくなった。
「あーあ、随分厄介なのがいるな」
「!?」
レンと少年は正面の茂みに目を凝らした。
そこには、3メートルを超える大男を従えた無精髭の男がゆっくりと歩いてきていた。
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