第6話 開戦
野盗団、キャリバン一家の一員エイオンを前に、スミスは苦しんでいた。
エイオンの繰り出す謎の魔法で、首を圧迫されていたのである。
対するエイオンは両手をポケットに仕舞い込んだまま、もがき苦しむスミスを見て笑みを浮かべている。
しかし、スミス自身、闘技場で数々の戦いを経験している剣闘士である。
この強力な攻撃への対抗策は確かにあった。
スミスは魔力を右手に集め、自らの魔法を起動させる。
集まった魔力は黒い灰のようになり、スミスの右手親指の爪に集中した。
それによって真っ黒になった爪を圧迫されている首に当てる。
すると、余裕綽々でスミスを嘲っていたエイオンの表情が一変する。
スミスと同じく、首に手を当てて苦しみ出したのだ。
『黒魔法:ブラッキー・ネイル』
これこそがスミス自身の魔法である。
これにより、スミスに降りかかる害傷や痛みは、スミスの視線にいる対象にも強制的に共有される。
頬を叩かれれば、それと全く同じ痛みと衝撃が対象者を襲うのだ。
足を折られれば、同じく相手の足も折れる。
首を締めれば、相手の首も同じ力で締められる。
今まさに、エイオンの首もその現象によって締まっていったのだ。
「うぐっ……!」
エイオンは堪らず魔法を解除した。
この不可解な現象が自身の攻撃に起因している事は力の入り方で分かった。
自分で自分の首を絞めるような感覚というものが実際にエイオン自身を襲ったのだ。
「テメェ、一体何しやがった……」
エイオンは息を切らせてスミスを睨んだ。
「そっちこそ、何しやがった……」
エイオンの魔法が解除され、地面に着地したスミスも同様に息を切らせていた。
しばらくお互いに睨み合っていた。
距離は3メートルほど。
スミスは決意して、エイオンに向かって走り出す。
「くらえ!!」
その勢いで、スミスは右拳を振り上げた。
しかし、エイオンは冷静に自身の魔法を発動させた。
『スキップ・ハンド』
ポケットに手を突っ込み、彼がそう呟くと、目に見えない拳がスミスの顔面に殴りかかった。
「ぐあ!!」
当然、見えないのでは避けようがない。
真正面から攻撃を喰らってしまうが、スミスも魔法を発動させる。
『ブラッキー・ネイル』
打撃を受けた頬を魔法で真っ黒く輝く爪で触る。
エイオンはしまった、という表情で防御の体制を取るが、それは無意味だった。
「ぐは!!」
スミスが受けたダメージと全く同じ攻撃がエイオンの頬を貫いた。
「くっそ! キリがねぇ! 何なんだよお前の魔法は!!」
すっかり冷静さを失って、エイオンは狼狽する。
「いくらでも付き合ってやるぜ! その間にエルフ達が来るけどな!!」
スミスはダメージを感じさせない足取りでエイオンに再び近づこうとした。
それを見て、エイオンは躊躇いながら魔法を発動させる。
「!!! うわ!」
スミスは何かに足をとられて転倒した。
彼の右足を見えない手に掴まれている。
「ンあ……? そっか……。最初からこうすればよかったんだ」
「待ちやがれ!! この!」
スミスは身を起こそうとするが、エイオンの魔法に足を地面に押し付けられ、立つことができない。
また、振り解こうと身をよじるが、足は完全に固定されてしまっていた。
狙ったのか、偶然か。
この対処はスミスの魔法の弱点を見事に突いたものだった。
彼の魔法は呪いという性質上、発動にはどうしても痛み、苦痛が必要である。
そのため、ただの拘束に対しては全くの無力であった。
「ヘッヘッヘ。どうした、動けないか?」
エイオンが再び嘲笑う。
それをスミスは憎々しげに睨むことしか出来ない。
そして男は祠に向かって歩き出す。
足を引きずりながら、一歩一歩、ゆっくりと。
その間、スミスは必死に頭を巡らせた。
奴が何をしようとしているのかは分からない。
だがキャリバン一家である以上、その結末は想像できた。
この里を蹂躙し、エルフ達を捕らえ、殺戮の限りを尽くすだろう。
そう。スミスの故郷を襲った悲劇と同じ。
(そんな事は絶対にあっちゃいけねぇ……!)
あんなにも心優しいエルフ達の平和な生活を脅かす事は、悲劇をよく知るスミスには堪え難かった。
そのためにも、一刻も早くこのエイオンを倒し、アルド達とエルフ達に危機を知らせなくてはならない。
「くそ! 待ちやがれ!」
スミスはそう叫ぶが、エイオンは無視して祠に手をかける。
そして、その扉をこじ開け、エルフの里を守護する要石を露わにした。
「これか……! やっとこれで終わりだ……」
呟くと、エイオンは懐をまさぐって何かを探している。
スミスはその姿を見ながら、体を必死に動かしたが、拘束は解けない。
「クソ!!」
己の無力さに思わず地面を叩いたその時だった。
ポタリ、とスミスの鼻から血液が地面に落ちた。
それを見て、スミスの脳にひらめきが沸き起こる。
そして、咄嗟に動き出いた。
(これだ!!!『ブラッキー・ネイル!!』)
スミスは、腫れ上がった自身の右目蓋を魔法によって黒くなった爪で触った。
「ああ。あった、あった。確かこの鍵を使って……ああっ!!!」
エイオンの目前に突如として拳が出現し、右目を殴りつけた。
「ぐあ!!」
エイオンの叫びが、祠から響いた。
「どんなもんだ!!」
彼の魔法はあくまでも呪いだ。
自分以外の誰かに攻撃を加えられて初めて発動することができる。
だが、今もスミスは拘束され続けており、エイオンはもちろん誰も攻撃を加えていない。
では、どこからもらったダメージか?
答えは、1時間前に遡る。
彼は、サリーへの暴言の代償として、顔にいくつもの拳をサリー本人からもらっていた。
それらのいくつかは、顔面の急所を見ごとに貫いていた。
スミスは黒い爪で続けて顔に触れた。
右こめかみ
左頬骨
右顎
眉間
人中
そして、エイオンの目の前に、いくつも容赦のない拳が次々と射出された。
「おごおおおおおおおおお!!!」
衝撃音と共に拳を受けたエイオンは、祠を前にして正面から倒れ込んだ。
そして、エイオンが倒れたと同時に、スミスの拘束も解除された。
解かれた足を払い、立ち上がって祠へ歩く。
フラフラとした足取りで、倒れたエイオンを警戒しながら呟いた。
「今回はサリーに感謝しねぇとな……」
若干腑に落ちないが、サリーに殴られていたからこそ何とかなった。
だがスミスは祠の前に倒れているエイオンのオコボコに腫れ上がった顔面を見て思い直す。
「……やっぱ感謝はやめとこう……」
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