第3話 人間の輝き
アルフ王は言った。
「いずれは其方が国王となり、神託を受ける事になる」
それを聞いたアルド王子の心内は恐怖と困惑であった。
今までの自身の努力、周囲の人間達の支えがあって、ここまで成長出来た。
そして成功してきたと確信していた。
その価値観は今、恐ろしい現実によって瓦解しようとしていた。
アルフ王は言った。
この世界の人間の未来は全て、神が管理していると……。
では、アルド王子自身の未来、これまで歩んできた道のりもまた、姿の見えない何者かによって舗装されていたというのか……。
さらには、その何者かの意思に自分も取り込まれてしまうという。
アルド王子にとって、国王になるという事は、人間だけでなく、亜人や魔人も含めたこの世界に住む人類種の発展に貢献するという、希望とやりがいに満ちた夢であった。
それこそがアルド王子の王道だった。
だが、その恐ろしい現実は容易く王子の道を砕きさる。
そう。アルド王子がずっと感じていた危機感の正体とは、この得体の知れない何かに管理されているという恐怖だったのだ。
「其方にもいずれわかる時が来る。そのように神託は降りている」
「そんな……。なら私は今まで何を……」
アルドは絶望のあまり、国王から目を逸らし、闘技場に目を落とす。
まだ誰も入場していない会場には砂埃が舞っている。
前方の鉄格子の向こう側に、入場の準備をする元勇者レンの姿が見えた。
その時、混乱の渦にあるアルドの頭が、一つの疑問を提唱した。
アルドは振り向き、再び問うた。
「では、父上。何故、あの元勇者を処刑出来なかったのでしょう?」
それは、些細ではあるが、この問答の根幹を成す重要な疑問であった。
これまでの説明では、国王が元勇者に固執する理由が無い。
しかし、そこにこそ僅かな希望の光が見えたのである。
「そうだ、アルドよ……。そこが重要なのだ」
アルフ王はそう言って、話を続ける。
「神は我ら人間に加護を与え、未来を管理して下さっている。
しかし、異世界で生まれた存在には加護は与えられない。未来すら読めないのだ。これは神にとっては紛れもなく不愉快な存在だ」
「しかし、勇者とは我ら人間が召喚するものでしょう。そんなに不都合であれば最初から召喚など……」
アルド王子はそこまで言って気がつく。
「そうか……。神器を持たせるためですか……」
「ああ。神器は使い手に莫大な力を与えるが、普通の人間ではどうやっても扱いきれない。魔力が暴走してしまう」
「神器という強大な武器を使用するためだけに召喚された人間が勇者だという事ですか!? それではまるで兵器ではないですか!」
「そうだとも。だが、アレは失敗した。そして神器を失ったという事はもはやこの世界の異物でしかない。
だからこそ、アレが王都に逃げ帰って来たときには既に神託は下っていたのだ……」
「なんて残酷な……」
今になってアルドは後悔していた。
事情を知らなかったとは言え、アルド自身も元勇者を過酷な状況へ追い込んだ人間の一人である。
自分に彼を同情する権利はない。
そんな事は分かっていても、アルド王子は元勇者の性格も心情も理解してしまっただけに、彼を不憫に思わずにはいられなかった。
あの日、牢獄で聞いた元勇者の嘆きが頭と心に響く。
『何で僕がこんな目に!!!』
あの声がアルドの心に深く暗い影を落としていた。
そして、アルフ王は続けた。
「だが恐ろしい事に、奴は一つ目の神託を退けたのだ。本来であれば、奴は何日か前の仕合で死んでいたはずだった」
「……!!」
アルド王子は確信した。
(やはり、彼には、神の未来管理は適応されない……!)
「だからこそ、我がここに直接出向いたのだ。奴の死を確実なものとするためにな……」
そう、アルフ王は元勇者を殺すために、ありとあらゆる手を尽くしていた。
その結果、騎士団でも指折りの実力者であるガロード卿が相手であり、元勇者は魔法も武器も、防具も付けられず、仕合という名の処刑に望まなければならなくなった。
誰がどう見ても元勇者レンが死ぬ未来しかないように見えた。
◇
「あの仕合は輝いて見えた……。私の期待通り、君は見事に神の定めた未来を跳ね除けたのだよ!」
アルド王子は今までの経緯とアルフ王に語られた事実を全て話していた。
レン、スミス、サリーはただ黙ってそれを聞いていた。
そして、アルドは言った。
「そして、私が君を助けたのは、君が神に対抗する可能性があっただけではない! 魔法にや神の力に頼らない強さこそに、私は惹かれたんだ!」
アルドは熱量を上げて力説した。それにはスミスも同意した。
「そうだな。レンのあの動きには俺もびっくりしたぜ!」
「武術の事?」
「ブジュツというのか!? そうだ! 君のブジュツが私に人間の可能性を示したのだ!
神の力などなくとも、人はここまで強くなれるとね!」
王子はそう言うと、立ち上がり堂々と語った。
「私の道は! 人が人の手で自らの道を切り開く世界を作る事だ!! 神の管理など必要ない!!」
その姿勢、その声、その爛爛とした表情は紛れもなくアルド王子だった。
スミスとレンはそんなアルドの姿を久しぶりに見た気がしていた。
レンとスミスは胸に込み上げる感情を抑えきれず、目から涙をこぼす。
何故かは分からない。でも、ここまで来たアルドの覚悟、心労や決意を考えたら、想いが溢れてしまった。
「アンタら何泣いてんのよ……。でも王子、よく分かったわ。アンタは間違いなく私たちの味方よ」
サリーが涙を流す2人にハンカチを回しながら言った。
「ありがとう。2人もいいかね?」
「当たり前だろ!」
「いいよ!」
2人も叫ぶように答えた。
そして、サリーが3人へ聞いた。
「で、ここまで敢えて黙ってたんだけど……。ルイスはどこに……?」
その言葉を聞いて、3人は静かに俯いた。
そして、レンが口を開いた。
「案内するよ……ついて来て……」
◇
ここは、エルフ族が代々守っている墓所である。
元々寿命の長いエルフ族にとっても死とは人間と同様に重い概念だ。
彼らは長い時間を共にした仲間の遺体を上質なケープに包み、遺族の掘った穴に埋葬する。
ケープに包まれた遺体はすぐに土に分解され、再び森へ還っていく。
そして、その魂は巫女の美しい歌声に導かれて、彼らの信奉する神の元へと送られる。
彼らが遺族達を神の世界から見守ってくれていると信じられている。
ルイスの葬儀もまた、同じエルフ族の鎮魂の儀が執り行われた。
エルフの巫女は悲しみに暮れるレンに語って聞かせたのた。
たとえ種族が違っても、全ての生き物と同じように、彼女の体は森に還ると。
そして、その魂は神の座から見守ってくれると。
丁寧に整えられた墓石の数々は定期的に清掃され、夜の月光が反射してキラキラと輝いていた。
そんなエルフ族の墓石からやや離れたところにルイスは眠っている。
サリーはルイスの墓石の前に膝をつき、手を合わせ、静かに彼女の魂の平穏を祈っていた。
その後ろには、レンが立っている。
アルドとスミスも付いて行こうとしたところ、サリーに2人にさせろと言われたので、エルフ達の宴席へ先に行っていたのである。
また、アルドは族長に、無断で侵入したサリーの事も説明しに行っていた。
祈りが終わり、サリーはそっと呟いた。
「全く……あれほど無理はするなって言ったのに……」
レンはそれを聞いて、涙を流してしまう。
サリーも自分と同じく、ルイスの死を悼んでいる……。
サリーはそのまま立ち上がり、ゆっくりとレンの元へ戻ってくる。
月明かりに照らされた彼女の表情は、大きな悲壮を背負っている。
そして、涙に濡れるレンの横面を思い切り叩いた。
「何でよ!! アンタがいながら!! 何で、あの娘が死ぬのよ……! 何で……!」
叱責、罵倒、真っ直ぐな怒り。
何故ルイスが死ななければならないのか。
そんな感情が向けられたのは、レンに取っては初めてだった。
「ごめん……! ごめんよ……!」
サリーもまた、瞳から涙が溢れている。
しかし、今まで自分を責め続けてきたレンにとっては、サリーの怒りで救われたような気がした。
謝り続けるレンに、サリーは言った。
「ゴメン……アンタも辛いのに……。じゃあ、次は私の番よ」
サリーはそう言ってレンの手を握って立ち上がらせた。
「? 何の?」
「私に……なんか言うことあるでしょう?」
「無いよ。君は十分助け……」
レンが言い切る前にサリーが泣き叫ぶように声をあげた。
「あるわよ……! 私がもっと早く合流してたらっ……ルイスが死なずに済んだわ……!」
それは、サリーの後悔の念、自責の念が言葉になったものだった。
彼女も自分と同じく傷ついている。
そう分かっても、レンにはかける言葉が見つからない。
ただじっと、彼女の怒りを受け止めた。
「怒りなさいよ……! アンタだって辛いはずでしょ……!」
「出来ないよ……。君も、ルイスも、ミルコも僕を助けるために必死だったんだから……。僕にみんなを責める権利なんてない……」
騎士のミルコが届けた記憶の鍵。
それをサリーが解析し、ルイスが自分に届けた。
その結果、ガロード卿を打ち破ったのだ。
レンには仲間達に感謝はあれど、怒りをぶつける事など出来るはずがないできるはずがなかった。
たとえそれが、サリーにとって無慈悲な事だと分かっていても、それだけは出来なかった。
「何でよ! 何で……!」
サリーは顔をくしゃくしゃにしながら、レンの胸を何度も叩く。
レンはただ黙ってそれを見ていた。
今、レンが彼女にしてやれるのは共に涙を流すことだけである。
ルイスは、優しく、明るく、勇敢で、誰よりも仲間達を労った、最高の仲間だった。
最愛の恋人であり妻だった。
彼女の死は、長くルイスと共に旅をしたサリーと、誰よりルイスを愛したレンの2人にとってはとても受け入れ難い事だった。
悲しみに暮れる声が、嗚咽が墓所に響く。
しかし、2人の悲しみをルイスが受け止めてくれる事はもう永遠にない。
空気は澄んで、月はどこまでも遠く、ルイスの眠る場所を照らし続けている。
抑えきれない感情が、2人の声を夜空へと響かせていた。
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