第2話 傍若無人な侵入者
エルフの隠れ里に、朱色に染まった西日が差していた。
このくらいの刻になると森へ狩に出かけていたエルフの男達が里へ戻ってくる。
里の出入り口のゲートから続々と今日の収穫を持って入って来ていた。
最後にゲートを潜ったのは、エルフの大男である。
背中には、人間の男性を背負っている。
先にゲートに入ったエルフに呼び出されていた医師が声をかける。
「その人かい? 森で怪我した人間ってのは?」
「ええ。下ろすよ?」
大男は背中の人間に声をかけて地面にゆっくりと座らせた。
「ああ〜〜。これは折れてるね……。暫くは歩けないだろうから、この里にいた方がいいよ。族長には私から話しておくよ」
「先生、それは俺が言っておくよ。アンタも宴席の準備で忙しいだろう」
「そうかい? なら頼むよ」
そんな会話を耳にしながら、地面に座って足をさする男はニヤリと笑みをこぼす。
「いや〜〜。ありがとうございます。エルフさん達……」
◇
ゲートの脇では何故か居眠りしていた門番が老人達に叱責されている。
恐ろしいことに、本人も何故寝ていたのか分からないようだ。
今日の獲物は大きな猪と鹿、そして沢山の山菜である。
エルフ達は、それらを里の広場へ持っていくと、調理場のエルフ達に託した。
この日はアルド王子達を歓迎するための宴席を予定している。これはその準備である。
ルイスの葬式の後、悲しみに暮れる彼らへ少しでも慰めになればという、エルフ族なりの心遣いであった。
エルフ達は、みるみるうちに獲物を解体し、調理していく。
やがて里中に肉の焼けるようないい匂いが広がって行った。
エルフ達が宴会の準備をしている中、アルド王子、スミス、レンは宿泊している家屋に集まり、今後の行動について話し合うところだった。
実をいうと、3人とも直前まで別々の仕事を手伝っていたが、仕事先のエルフ達が宿で待っていろと言い出したので偶然のように宿舎に集まったのである。
スミスは竹細工の工房で簡単な作業を、アルドは調理場で洗い物、レンは墓所で清掃をしていた。
「さて、まずはエルフ族達に感謝しなければな。急に来てここまでしてもらえるとは私も予想外だ」
「ああ。仕事して少しでも恩返ししようと思ってたが、いつまでも返せないな」
「うん。葬儀どころか僕らの歓迎会まで開いてくれるなんてね。アルド王子、エルフ族って優しい種族なんだね!」
一瞬、重い空気になりかけた。
彼らには未だにルイスの死を引きずっていた。
それは三者三様だったが、3人がお互いを気遣うあまり、妙な沈黙が訪れることがままあった。
「レン。王子はいらないよ」
「あ、そうだったね、アルド」
そして王子は空気を入れ替える様に、話し始めた。
「まず、今後のことを話す前に、私から先に君らに話さなければならないことがあるんだ」
「ああ! なんでアルドがレン達を助けたのか、だろ?」
スミスは王子にそんな言葉を返す。
スミスの方はタメ口にはすっかりなれた様だ。
「ああ、まさにそれだ……。
全てはレンとガロード卿の仕合直前に国王から聞いた事がきっかけだった……」
「「国王!?」」
2人も以前からこの話は気になっていたが、国王が関係してくるとは思ってもみなかった。
しかし、アルドがその話を始めようとしたその瞬間、扉が勝手に開き、閉められる。
まるで透明な何かが部屋に入ったようだった。
3人が驚いて振り返る。
「なんだ?」
スミスが警戒しながら扉へ近づこうとした時、彼らの背後から声がした。
「その話、私にも聞かせてもらおうかしら」
3人が再び振り返ると、そこには白いローブすがたの少女が立っている。
いつの間にか現れたその少女は窓際で、男共を観察するように見据えている。
「誰だ!! あんた!!」
スミスが真っ先に食ってかかるが、レンが腕を出してスミスを制した。
「待って、スミス。 彼女は……」
レンには確かに見覚えがあった。
「あら、久しぶりに声を聞いたわ。もしかして思い出してくれたのかしら?」
白いローブの少女はそういうと、杖の先でトンと床を叩いた。
「サリー!!」
そう言って、レンは再会の喜びで少女を抱きしめようとした。
元勇者のパーティーメンバーの一人、魔法学士サリー。
ルイスと同じくレンと数々の冒険を共にした仲間である。
レン自身、サリーについては未だに旅立ちの日の記憶しか無いが、レンを闘技場から逃すために陰ながらルイスを助けてくれていたことはよく知っていた。
しかし……。
「さわんな女の敵!!!」
ルイスの死に心を傷つきながらも、真に喜びに満ちたレンを迎えたのは抱擁ではなく容赦ないグーだった。
それは、抱擁しようと両手を掲げていたのでノーガード&タイミングも絶妙で、まさに理想的なカウンターパンチだった。
真後ろに殴り倒されたレンを横目になんとなく状況を察したスミスとアルドは、ポツリと言った。
「随分モテモテだったようだな勇者さま」
「お前なぁ……。ルイスちゃんが苦労してた訳だ……」
あらぬ誤解が生まれようとしていた。
いや、思い出している記憶が中途半端なので嫌な予感はした。
「ちがう、違うはずだ……。サリーは大事な仲間で……」
レンはサリーに確認したいが、もしそうだったら、もう一発喰らいそうなので目を合わせられない。
ルイス以外の女性に手を出すなんてことはしてないはず……。
「勘違いすんなお前ら! 私がコイツに口説かれたことはないよ!」
サリーは、疑いの視線を向けるスミスとアルドにそう言った。
「なんだ……。レン、信じてたよ私は」
「全く、心配させるなよな!」
スミスとアルドは、そう言って倒れたレンの手を握って起こそうとした。
しかし、サリーはこう続けた。
「口説かれた事はないよ、”私”は……な!」
握られていた両手が同時に離され、レンは後頭部を強めにぶつけた。
突然部屋に現れたサリーという少女は、おおまかな自身の経緯よりも、先にアルドの話を促した。
一国の王子が国から逃亡するなんて、よっぽどの事態だ。
それに、里にやってくる前までの経緯については、新聞などの情報で知っていたらしい。
これにはレンとスミスも同意し、アルドの話す、恐ろしい真実と、逃走に至る経緯について、耳を傾けた。
◇
客席への入場口が開かれ、続々と観客が入ってくる。
先ほどまでガラガラだった客席は、見る見るうちに満杯になった。
そんな客席の様子を闘技場ごと見渡せる、王族用観戦席にアルド王子と、アルフ王が2人きりで向かい合っている。
アルド王子は立ったまま、国王を見据えていた。
彼の目には、確かな疑念と不信がこもっていた。
つい先ほど、『何故、元勇者にそこまで固執しているのか』と問いただしたのだ。
剣闘士ローグと元勇者のに仕合への介入から、ベルサックへの早期の命令、そして今日、予告なしでここへやって来たこと。
全てがアルド王子の予測を上回り、元勇者への殺意を隠そうともしない行動だったのだ。
彼が勇者だったとはいえ、たかだか一人の人間に国王がここまで固執するのには何か重大な理由があると、王子は勘ぐっていた。
疑るような姿勢のアルド王子とは対照的に、アルフ王の表情は穏やかだった。
その目には自身の息子であるアルドの成長に対する喜びで満ちている。
やがて、警備の兵達が全て退出し、それを確認するとアルフ王は口を開いた。
「よいか、アルド。全てはアルペウス神の御意志なのだ」
アルド王子はそれを聞いて固まった。
その言葉の意図を全く理解出来なかったためである。
アルペウス神は教会が信奉する神の名前である。
その教会によると、アルペウス神はこの世界の魔法に深く関わりを持つ存在であるとされている。
この世界に生まれた人間全てにアルペウス神の加護が与えられており、人間はその加護によって、自然界からマナという魔力を汲み上げ、自身の体内魔力のオドと組み合わせる事で魔法を生み出すのである。
しかし、アルド王子の解釈はそうではない。
王子にとって神とは、人間の理解できない事象に対する仮設的な解釈であり、人間が生み出した一つの発明品でしかなかった。
だが一方で、神には大きな役割があるとも考えていた。
それは時に、親類の死に苦しむ者達の心の支えとなる。
そして人の善性を説き、人間達の協力関係をより強固で巨大なものにする。
アルドは神という存在を現代風に言えば、”人間の統率を司るシステム”であると解釈しているのである。
そう言った意味で、王子自身もアルペウス神を信奉していた。
人間の大いなる発展に必要な一つの要素として。
いずれは、今よりも発展した人間の手で魔力とは何か、何故人間だけがマナを扱えるのか、解き明かされる事だろう。
だからこそ、王子にはアルフ王の言葉の真意が掴めていなかったのだ。
「一体なんのお話ですか。今は父上が元勇者に固執する理由を聞いているのですよ」
アルド王子は質問を投げ直した。
「そうだな……。私があの者を殺す理由を話す前に、説明せねばなるまい……。国王に与えられた役割というものを」
アルフ王は座ったまま、話を続ける。
「国王の役目とは、アルペウス神の御意志を実行する事にある」
まるで神が本当にいるかのような口ぶりにアルド王子は困惑した。
「父上。アルペウス神が本当に存在するとでも? あれは人間同士の結束を高めるための虚構の存在ではないのですか?」
国王はそれを聞いて、少し失望したような表情になる。
「アルドよ、誰がそんな事を教えた? アルペウス神は確かに存在する。現に国王である私はそのお声に従って国を動かしておる」
アルドはその言葉に喰ってかかった。
それは、とても聞き流すことのできない事だった。
「父上! では、これまでの行政は神の意思に従っただけだと仰るのですか? 父上の判断は何も無いと!?」
「うむ。具体的な手段については我に一任されているが、全ての決定はアルペウス神がされておる……」
アルフ王は慈悲深い目をしながら、語った。
アルドにとって、あまりに信じがたい事実を……。
「そんな事を簡単に信じるとでもお思いですか?」
「では、何故我はここに居る? 其方の企みを簡単に看破し、あまりにも早く対応できたのは何故かね?」
「くっ……!」
そう。その理由について、アルド王子は分かっていない。
国王側の間者が居たとしても不思議ではないが、その後の行動があまりにも早すぎるのだ。
まるで、未来を予知しているかのようだった。
「それが神託の力だ……。アルペウス様は全ての人間の未来を管理しておられる」
「本当に未来を予知していたのですか……!?」
アルド王子は、まさか本当に未来予知しているとは思ってもいなかった。
未来予知という魔法は確かにある。
だが学術的には、見えても数秒先が限界とされている。
「予知ではない、管理だ。だからこそ、其方が元勇者を拾うであろう事、闘技場に出場させる事は分かっていたのだ」
「そんなところから見られていたのですか……!」
アルド王子は恐怖した。
自身の行動を何から何まで全て読んでいると……!
仮に神が本当にいるとすれば、全ての説明がつく。
そして、一体どうやってそんな相手から逃れられるというのか……。
そして、次の国王の言葉が、アルド王子をさらに恐怖させた。
「この事を話したのは、いずれ其方が次の国王として神託を受ける事になるからだ」
「……何ですって!?」
まるで、既に決まっているかのような発言であった。
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