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第1話 思惑

穏やかな風がカブレス山脈の木々を揺らし、風に揺られた森の鮮やかな葉音が心地よく耳に入ってくる。


柔らかな日差しに照らされたエルフの里では、子供達が木製のおもちゃを持って駆け回り、婦人達はお喋りをしながら洗濯に勤しんでいる。

そんな穏やかな光景と風が、アルド王子の頬にふわりとあたった。


王子達がこの里に到着してから、3日が経っていた。

到着後、王子はエルフの族長に事情を話し、しばらくの滞在を許可をもらっている。


その上、エルフ達にはルイスの葬儀と埋葬まで手伝ってもらった。

エルフ流の送り方ではあったが、これで彼女も安心して眠れると王子とスミスは思った。


問題の追手についてだが、この里は害意のある人間は決して近づけない。

何故なのか詳細は教えてもらえないが、エルフ族の信奉する神の加護だということは、以前アルド王子がこの里に来た際に族長から聞いている。


アルドが初めて、この里に入ったのは全くの偶然であった。


数年前、山中の亜人達との交易のために、目の利く商人達と共にカブレス山を訪れていた。

だが突然の大雨によって、彼らは土砂崩れに巻き込まれたのだ。


アルドと商人一行は重症を負ったものの、かろうじて生きてはいた。

そんな彼らを助けたのが、この里のエルフ達であった。


彼らは異邦人であるアルド達を厳重に秘されていた里に招き入れ、怪我の手当てをしてくれたのである。

この里で手厚い治療を受けたアルド達は、感謝の証として、エルフ達との交易を提案した。


彼らは戸惑いはあったものの、その提案を受け入れてくれた。

そして、国中のあらゆる物が、この閉ざされていたこの里に入る事で彼らの生活を豊にする事ができたのだ。


現在でもアルドの指示の元、ごく限られた商人のみが出入りしながら、この里の存在は厳重に秘匿されている。

だからこそ、アルドはこの里をに逃走先に選んだのだ。


そして、追手に遠方へ逃げたと誤認させるために、暫くこの里に滞在することになった。

スミスもレンもその事に賛同し、3人は里の中心地にある空き家を借りて寝起きしていた。




最も重大な問題はレンの精神状態であった。


村に到着してその日にルイスの埋葬が行われた。

彼女が眠る墓穴は悲しみに暮れるレンがたった一人で掘ったものだ。


鮮やかなケープで包まれたルイスの遺体は3人で運び、優しく土をかけた。

埋葬後、エルフの巫女が鎮魂の歌を捧げ、彼女の魂が平穏でいられるよう、3人は祈った。


葬儀の後、綺麗に整えられた墓石の前に座り込み、レンはひたすらは2日間泣いていた。


その間、アルド王子とスミスは励ましに行ったが、彼が顔を上げる事はなかった。

アルド王子はレンに責められる事を覚悟していたが、レンは何も言わなかった。

逆に、何も言ってはくれなかったのだ。


しかし昨日、レンは墓から戻ってきて「心配かけてごめん」と謝ると明るく笑って見せたのだ。

その笑顔はあまりにも空虚なものだった。

彼なりに無理をしているという事はすぐに分かったが、そのあまりに痛々しい様子にアルド王子とスミスにはかける言葉が見つからなかった。


アルド王子は窓のから見えるエルフの里の穏やかな光景が、レンの心を少しでも癒してくれる事を祈った。

今、レンにしてやれる事はのはそれだけだった。それだけしか、なかった。


恐らくスミスも同じ気持ちだろう。

彼も、レンの気丈な振るまいには困ったような笑顔を返すことしか出来ない。


「こればかりは時間が解決してくれる事を願うしかない」


王子は窓を見ながら、そっと呟いた。


「そうですね……。まあ、レンも立ち上がろうとしてるんです。俺たちも前に進まなきゃ!」


部屋で竹細工の作業をしているスミスが、そう答えた。


「そうだなスミス……。よし……! 昼食を摂ったら3人で今後の動きを話しあおう。

それに、君たちに話しておかなければならない事があるしな」


王子はそう言うと、台所へ足を向けた。


「それって、荷馬車で話に上がってた件ですか? 王子が王都から逃げた理由ってやつ」

「そうだ。それとスミス、何度も注意してすまないが、これからはアルドと呼び捨てに。敬語もいらん」

「あっ。そうだった……。まだ慣れないもんで、暫くは許してください……。許せ……!」


スミスはそう言い直し、再び作業へ没頭した。




暗黒色の雲が空を包んでいる。

時折雲間から覗く空は不吉なまでの紫色である。


広陵とした大地には草木一本生えておらず、虚しいまでの乾風がその城の窓に吹き付けていた。


魔人領、ダスト荒野にポツリと佇む巨大な城は、魔王軍幹部の一人である、エンシェントドラゴンのアムダスト公の居城である。


ドラゴン族の長である彼は、人類と魔人が争う前線から近いダスト荒野に暮らしている。

ここは人類が前線を突破した時のための防衛上の要所であり、魔王はそこの管理を幹部である彼に任せていた。


しかし、この数十年は膠着状態が続いており、現在はドラゴン族の練兵と補給の中継地点としてしか機能していない。

アムダスト公としては退屈な日々が続いていた。


そんなある日、同じく魔王軍幹部の一人、悪魔軍師のダエワが彼の居城を訪れた。


「ご機嫌ようアムダスト公。お変わりないようで安心しました」


煌びやかな装飾品ににを包んだダエワは青白い顔色で不愉快な笑みをアムダストに向けた。

自身の爪ほどの大きさしかない彼を見下しながら、アムダストはふん、と穴から息を出し、挨拶を省いて問う。


「何用だ。貴様のような者が来る場所ではないぞ」


ダエワは魔王軍の中でも特に不吉な魔人である。


彼が関わる軍略、事件など様々な記録はロクな結末を迎えていない。

どれも必ずと言っていいほどに、彼の行動は悲劇と血みどろの結果に繋がっている。

しかし、ダエワが軍師として非常に優秀であるために、魔王は彼を重用していた。


「おおお……! 相変わらず恐ろしい……! お願いですから踏みつぶさないでくださいまし……!」


ダエワはふざけながら身を竦めた。

これは彼ら悪魔族なりの敬意の示し方ではあるが、彼の言葉からは、明らかにからかうようなニュアンスが含まれている。


「さっさと要件を話せ」


悪ふざけと分かりきっているためにアムダスト公は無視して話を促した。

それを聞いて、ダエワは少し寂しそうな表情になり、渋々話し始めた。


「アムダスト公のご存知の通り、前線は今、膠着状態にあります。

本日こちらに伺ったのはその打開策として、貴公様の屈強な兵を1騎お借りするためです」


アムダストは、意外な要件にやや驚いたが、やはり疑念も浮かぶ。


「ほう。そういう事であれば貸してやらんこともない。だが、一体どのような軍略だ?

いかに我が手勢が優れていようと、たった1騎で前線を打開できるとは思えんがな」


すると、ダエワは「当然の疑問です」と答え、続けた。


「実は魔法研究機関で、ある技術が再現できましてね。

先日、その実用実験の話が私のところに舞い込んで来たのです」


アムダストはその実験に心当たりがあった。


「もしや、勇者の使う転移魔法か?」

「その通り……! 流石はアムダスト公……! 私などよりも遥かに博識でいらっしゃる……!」


懲りずにふざけるダエワを再び無視し、続けた。


「しかし、門を開くには例の鍵が必要なのだろう? 発動にも難しい条件があるはずだ。それはどうするつもりだ」

「ご安心を。既に当たりは付けております。また、作戦実行に際して、鍵は人間界の協力者へ送ってあります」

「そうか……相変わらず用意周到な事だ」

「もしかしご心配して下さっているのですか……!? このダエワ……! 感涙の極み……!」


魔人一不気味な泣き顔を見せびらかしながら、ダエワの悪ふざけは続いた。


それを引き続き無視して、アムダストは推測した。

勇者の転移魔法を使い、一頭のみで膠着している戦線を打開する策を。


やがて、ダエワの思惑を理解し、それと同時に一頭の適任者を思い浮かべた。


「大体は理解した。もう下がってよいぞ。戦士は後ほど貴様の拠点に向かわせる。それでよいだろう?」


ダエワの言葉から、大方の推論は立てられた。

これ以上彼と話したくなかったアムダストは事務的な言葉で会話を終わらせようとした。


「ああ……! 全く、冷たいお方だ……! せめてお茶くらいはご一緒にぃ……」

「ならん。帰れ」


アムダストがキッパリとそう言うと、ダエワは悔しそうに歯がみして、プンスカと怒りながら出て行った。


そしてアムダストは側で控えていた使いの魔人に、ある竜を連れてくるよう指示を出した。




カブレス山脈の東側の山道を一人の女性が歩いている。


白いローブに身を包み、顔はそのローブについているフードに覆われていてよく見えない。

荷物は無く、片手にはその身の丈ほどの杖を持っている。

山道を歩くにはあまりにも軽装だが、それだけに足取りは非常に軽いものだった。


スラスラと険しい山道を歩いていたが、女性の足が突然止まった。

女性は左右を見回し、ある方向に顔が止まる。そしてその方向へ空いている片手を差し出した。


すると森の奥から何かが飛んで来て、女性の片手にひらり、と止まった。それは木の葉で出来た鳥のようだった。

その鳥が女性の手に止まると、はらり、と形が崩れて木の葉が地面に舞った。


「うん。そっちか……」


女性はそう呟くと、鳥が来た方向へと足を向けた。



しばらく獣道を歩き、新しい山道に出ると、一人の小男が道の真ん中で倒れていた。

女性はやや警戒して近づくと、杖でその男の体をつついた。


すると、その小男が目を覚ます。


「あっ……、助けてくだせぇ……俺は麓に住んでる猟師なんだが足を怪我しちまって動けねぇ……」

「回復魔法は使えないのね?」


女性がそう聞くと、小男は首を縦にふった。

しかし彼女は、その仕草と様子を観察する様な目で見ながら、警戒心を解こうとはしなかった。


「あんたもしかしてエルフかい? 近くに里があるんだろ……? 頼むよ。助けおくれよ……」


その言葉を聞いて、女性はスタスタ再びと歩き始めた。


「!? ちょっと待ってくれよー! エルフさーん!!」


しかし、その声を無視して女性は歩き続けた。


やがて、森にむせ返る様な濃霧が立ち込める。

まるで侵入を拒む様な霧に視界の全てを奪われたが女性は迷うことなく歩き続けた。



途中、木の葉の鳥が手に止まり、少しづつその方向を変えて行った。

そうして歩き続けると、木製のゲートが見えてきた。


そこには門番のエルフが立っていたが、女性の姿に気がつく前に、魔法によって眠らされた。

武器を投げ出して眠りこける門番を横切り、女性は堂々とゲートを潜ってエルフの里へと侵入した。


「ここね……」


女性はそう呟くと、白いフードを脱ぎ、エルフの里を見回した。


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