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第23話 告白


ガラガラと車輪の音を立てながら、僕らの乗った荷馬車は闘技場を脱出し、色とりどりの市場と静かな街並を通り抜けた。


その間、兵士の姿しか見かけなかったが、市民たちは闘技場に突如として現れた太陽を恐れてほとんどが家屋に避難しているようだった。


闘技場から逃げ出した直後は、怒涛のように追手の騎兵が迫ってきた。

しかし、それらはルイスの持つ麻痺矢や黒い短刀によって尽く落馬し、とうとう僕らは追手を撒き切ったのであった。


とにかく僕らは城門へと向かい、馬を走らせる。


現在は市街地の周りにある小麦畑が広がる広い道を疾走していた。


収穫を待つ小麦達が風に揺られている。

この穏やかな風景と、先ほどまでの激戦とのギャップに僕は胃もたれを起こしそうだった。


「これからどうするつもり?」


ルイスが御者席へ身を乗り出してアルド王子に尋ねる。

それに対して王子は明快に答える。


「ああ。まずは追手を完全に巻いてしまおう。

いい場所を知っている。南門を出たらそこへ向かおう。検問の兵士も先ほどの方法でだな……」


王子が言い終わる前に、ルイスが口を挟む。


「違うわ! そうじゃなくて……! 王子はこれからどうするつもりなのか聞いてるの!」


そういえば、なぜ王子が僕らを助けてくれたのだろう?

先ほどまでは必死すぎて気が付かなかったが、あまりにも当然の疑問が僕の頭にも湧いてきた。


「私? うーん……」


王子は少し悩んでいるようだった。そこへスミスも口を挟む。


「王子! 俺もルイスちゃんと同じだぜ! 何で王子があんな危険を冒してまで2人を助けるんだ!」


王子はそれを聞くと、口を開いた。


「私の目的については落ち着いてからにしよう。見たまえ。あれが南門だ」


そう言いながら、アルド王子は前方の大門を指差した。

僕らはその開かれた門を見た。

それは古めかしい石造りとなっており、荷馬車が横に3台は通れそうな広さだ。


「安心したまえ。後で必ず話す」


王子はそれだけ言うと、御者席の隣に座っているスミスにナイフを催促する。


「ほら、スミス。ナイフ、ナイフ」

「あんたねぇ……。そんな嬉しそうな人質なんかいませんよ……」


スミスはワクワク顔の王子にそうボヤくとナイフを片手にする。


「まあ……。ここまで逃してくれたんだし……、しばらくは信用してもいいのかな……」


王子がいなければ僕達は逃げることはできなかった。

そして、王子自身もかなりの危険を冒している。


その事実は確かなのでルイスも信用せざるおえないだろう。


それに僕は闘技場で何度か王子と話して、一つだけ分かったことがある。


「王子は悪い人じゃないよ。僕は信頼していいと思う」


僕を助けた理由はどうあれ、それだけは変わらないと思っていた。

それを聞いて、ルイスはやや呆れた顔をこっちに向けた。


「レンのそれで何度大変な目にあったことか……」

「うっ……。そんなエピソードは思い出してないし……」


なんかしたのか昔の僕……。

僕は誤魔化しながらそっぽを向いた。


「お! レンってお前の名前か? 思い出したのか?」


スミスが僕の名前に食い付いた。

そういえば牢獄では名前も名乗れてなかったけ……。


「うん。ほんの一部だけどね!」


僕がそう言ったところで王子が止める。


「待った。自己紹介は後ほどやろう。南門に着くぞ」


さっきっまで遠くに見えていた南門がすぐ目の前まで近づいてきた。

僕とルイスは荷台の中に隠れ、様子を伺う。


検問の前で、兵士が両手を掲げて止まれのポーズをとった。

スミスは王子と目配せすると、頷いて手綱を振る。そして、荷馬車は止まるどころか加速する。


「おい! 止まれ! 止まらんと馬車を破壊するぞ!!」


そんな兵士のセリフが聞こえてきた。

そのタイミングで王子が御者席の上で両手を振る。


「待ってくれー! 通してもらわないと殺されるー!」

「アルド様!?」


兵士が驚きの声を上げながら、反射的に道を空けた。

荷馬車は空いた見ちを突き進み、そして南門を抜けた。


「待て!! 王子をどうするつもりだ貴様!!」


すぐさま騎馬した兵士たちが荷馬車の背後から追ってくるが、それらは全てルイスの麻痺矢の餌食となった。


そして、荷馬車の後ろから見える門は既に見えなくなり、追手の気配も無くなった。


「よっしゃあ! 無事に抜けたぞ!!」


真っ先に叫んだのはスミスだった。

それに続いて僕らも喜び合う。


門を抜けた先は広い街道であった。

道の両端は森に囲まれており、地面はなだらかな砂道になっている。


荷馬車は先ほどまでの黄金色の小麦畑とは違い、鮮やかな緑に包まれている。

爽やかな空気が荷馬車を包み込む。


「しばらく走ったら左に逸れる道がある。そこへ入ってくれ」


王子はスミスにそう指示すると、後ろを振り返り、僕とルイスに顔を向けた。


「2人もよく頑張った! 暫くは追手の心配もしなくていいだろう。休んでいていいぞ」


僕らは王子の言葉に甘えることにした。





荷馬車は砂道を早いペースを維持したまま走り続けている。


砂道なので揺れが少なく、僕とルイスはすっかり落ち着いていた。

そして荷馬車に揺られながら、僕はルイスに尋ねた。


「ルイス。僕達って結婚してるの?」


それを聞いて、ルイスは口に含んでいた水を吹き出し、咳き込んだ。

僕は慌ててルイスの背中を擦る。


「あわわ……! 大丈夫!?」

「あんたね……!」


息を整えながらルイスは僕を睨むが、耳まで真っ赤になっている。


「そういうのは2人きりの時に聞きなさいよ!」


ルイスは小声でそう言いながら御者席の2人をチラリと見る。

はて? 何でだろう? 別段あの2人に聞かれて困ることでは無いはずだが……。


しかし、御者席のアルド王子とスミスには聞こえていたようだ。


「あーーあーー! 俺は何も聞いてないからな。だが今のはレンが悪いぞーー!」


スミスはすっとぼけながらそう言った。


「そうだな。私も何も聞いてない。で? 実際のところはどうなんだねルイス嬢? 君たちは夫婦なのかね?」


王子に関しては隠す気がないどころかガッツリ聞こうとしている。

そんな僕らにルイスが真っ赤な顔で怒る。


「あんた達面白がってるでしょ!?」


ルイスが僕ら3人に怒鳴る。

僕も入っているのはやや心外だった。


僕は赤面しているルイスの両肩を優しく掴んでみる。


「僕は真面目に聞いてるよ」


そう言ってルイスの目を見つめる。

アルド王子のように誠実に聞く姿勢になれば答えてくれる気がしたからだが、ルイスはさらに恥ずかしがって涙目になってくる。


「だ……、だからぁ……!」

「うん。だから?」


しっかり聞く。しっかり目を合わせて。

ルイスは赤い顔で目を逸らしながら答えてくれた。


「こ、婚約までよ……」

「そっか! 婚約かぁ!」

「うん……」


結婚まではしてなかったか……。

そこで僕はルイスの気持ちを考える。


彼女がどんな思いで廃人状態の僕を看護してくれたのか、監獄と闘技場へ助けにきてくれたのか……。

僕は婚約という適当な着地点に、勇者だった頃の自分を少し責めた。

彼女を不安にさせやがって……!


「ルイス。今結婚しよう!」

「は!? な、何でよ……?」

「? 僕じゃダメかな?」


これ以上ルイスを不安にさせたくないと思い、プロポーズしたつもりだったが、僕の思い違いだったのだろうか?


だとしたら相当恥ずかしいぞ……。


そう思っているとルイスが否定してくれた。


「ダメなんかじゃいわ! その……。まだ一部しか記憶が無いのにどうしてかなって……。

私との事は最初しか思い出してないんでしょ」

「うん。旅立ちの日の君の笑顔だけさ。でも闘技場で気が付いたんだ。君を心から愛してるって」

「余計分かんないわよ……! でも、ありがと……」


ルイスはもじもじしながら答えてくれた。

御者席でスミスが親指を立ててる。


思えばこの事に一番最初に気がついたのはスミスだった。

牢獄で真っ先に「愛の力」と言っていたのが意外にも正解だったのだ。


ローグとの仕合で僕を立ち上がらせたのは間違いなくルイスの声だ。

そして僕が彼女を愛しているからこそ勝つことができた。

たとえ記憶が失われても、この感情だけは本物だと、僕は分かっていた。


「それでさ……。結婚してくれる?」


僕は不安を残しながらルイスに再び聞く。


「……当たり前でしょ……。ばか」


彼女は僕の目を見つめ返して、そう言ってくれた。

そして僕はルイスをそっと抱きしめる。


「幸せにするよ!!」


それに答えるように、ルイスも僕の腰に手を回した。


「うん……、うん……!」


「スミスよ。こういう時、私たちは邪魔者になっているのだと思うんだが」

「そうですね、王子。せめて今夜の宿くらいは同室にしてやりましょう」

「そこ! しっかり聞いてんじゃないわよ!!」


ルイスが真っ赤な顔で再び御者席の2人を怒鳴る。


ああ。これって人前でやるのはこんなに恥ずかしいのか……。


僕はここでやっと、ルイスの顔が赤い理由がわかった。



お読みいただきありがとうございます。


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