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第22話 人間の光


ーー時間はレンがガロード卿を倒した直後に遡るーー


父上は大いに失望していた。騎士、ガロード卿の大失態に。


相手は奴隷。

ましてや死刑囚。


武器はなく、魔法もなく、記憶もない。


誇り高い騎士ともあろうものが、そんな相手に敗北を喫してしまった。


先の王自らによる観衆への檄。

これもまた、まさかの逆転劇によって覆されてしまった。


こうなってしまえば、無理やり元勇者を処刑すれば、国民から反感を買うことは間違いない。

まるで元勇者の健闘を称えるように、拍手の起こっている会場を見れば、それは容易に想像できた。


「全く……。なんたる事だ……」


私の父、アルフ王は頭を抱えながらそう呟く。


「父上。どう見ても元勇者の勝利ですが、まだ続けるおつもりですか?」


私は国王に堂々とそう尋ねた。

私の中では、先ほど我が父に示された道は失せている。


この戦いで元勇者の彼は確かに示していた。


人の可能性というものを。


私はその可能性に賭けてみようと思った。

少なくとも、先ほど父から語られたものよりもはるかに輝いて見えた。


「決まっているであろう。こうなれば仕方あるまい……」


国王は頭を抱えながらも、厳格な佇まいを崩すことはなかった。

これが最後のチャンスだったというのにも関わらず、父の考えは変わらないようだ。


「やはり、そうですか……。残念です……」


そう言って、私は来賓室から出ようと扉へ向かう。

父上はそんな私を振り向きもせずに、直ぐに闘技場へ向き直り、配下にこう伝えた。


「ベルサックを出せ」


彼らに危険が迫っている。


助けられるのはもはや、私しか居ないだろう。

私も全てを投げ打つだけの覚悟を決めた。





廊下に出るとメイドのドーラがやって来た。

そのまま二人で廊下を進んだ。


「ドーラ。私が何を理解していなかったか、ようやく分かったよ」

「そうですか。王子」


ドーラは素っ気なく答えたが、私の言いたいことは伝わっているようだ。

2日前にドーラから出された、課題。


あの元勇者には全く“利“が無かったのにも関わらず、なぜスミスへの説得に尽力したのか。

その答えを私はこの仕合で理解できた。


助けに入った彼の仲間の少女、自分一人が牢を出ることを許された時のスミスの躊躇い、そして、元勇者の他者を思いやる気持ち。

共に助け合う彼らの姿を見て、私は人間の光を見た。


それは紛れもなく、誰かが管理してよいものではない。


そして私は歩きながら、ドーラに私のこれからの予定を話した。

ドーラには驚く仕草はなく、淡々と返事をしていた。


「で? どのようにされるおつもりですか?」

「強行突破しかあるまい。君は馬車を用意してくれ。それと職員たちには当分の給料と、出来れば新しい職を世話してやって欲しい」

「その後は、どうしたら良いでしょう?」

「一通りやるべき事が終わったら自由にしていいぞ! 君は有能だ、メイドとしてどんな場所でもやっていけるだろう。

君自身が会社を起こしても良いかもな!」


私がそう言うと、ドーラは立ち止まる。


「そういうことではなく!」


珍しくドーラの感情が激しくなる。

私も立ち止まると、ドーラの目を見据えて答える。


「ここからは危険な道だ。すまないが分かってくれ、ドーラ。君を巻き込みたくはないんだ」


これから私がやろうとしていることは、間違いなく国家への反逆になるだろう。


そんなことに決して彼女を巻き込みたくなかった。

その気持ちは、幼い頃より支えてくれた彼女だけではない。


「それは君だけじゃない。私の家臣全てもだ! 彼らに伝えてくれ。“今までご苦労だった”と。それが君の最後の役目だ……!」

「分からず屋」


ドーラは私から目をそらしなが、悔しそうにそう呟いた。


「そうじゃない。これが私にとっての“利”ってやつさ」


ドーラは反論しようと口を開いたが、何もいうことも無いまま、観念したようだ。


「……わかりました。馬車を用意してきます……」

「いつも、私の我儘に付き合わせてきたな。許せ、これで最後だ」

「はい……」


ドーラはやや暗い表情でそう言ってくれた。

そうしていると、廊下の奥から誰かがこちらに向かって走ってきていた。


浅黒い肌に、平民らしい衣服を着た男。

私が闘技者から商人への道を薦め、目下勉強中であるスミスであった。


「王子!! 探しましたよ!!」


私は「そうか」と彼の目を見る。


これから彼の商人としての職を世話するはずだったが出来なくなってしまったのだ。

せめて彼の顔を見てしっかり謝らなければなと思った。


彼は私たちの前で立ち止まり、息を整えると……。


「王子! 刺されたくなかったら、俺と一緒に来てください!」


彼はナイフを突き出してそう言ったのだ。


思いもよらぬ言葉にやや驚いたが、私は状況を一瞬で理解した。

そして、彼の発想に感謝もした。しかし


「おい……。貴様何のつもりだ……」


私の後ろでドーラが恐ろしい表情でそう言った。


「待て! 落ち着けドーラ! 彼の話を聞こう!」


私はそう言ってドーラに目配せする。

ドーラはそれを見て、何かに気がついたように般若の如き表情を収める。


「……! 失礼しました……。どうぞ。続けてください」


焦って言葉を省いたが、彼女には私の意図は伝わってくれたようだ。

当のスミスはポカンとしたが、威勢を戻して続けた。


「……何の事だかわかんねぇが、王子! アンタを人質にアイツらを助けるんだよ! どうあっても来てもらうぞ!」

「素晴らしいアイデアだ!! とても私には考えつかなかったよ! 是非そうしよう!! さあ、行くぞ!!」

「?????」


スミスはますます混乱していく。



ーーそして、現在、闘技場にてーー


「ちょっと待った〜〜!!!!!」


大門から唐突に現れた荷馬車は小型の太陽が闘技場に落ちる中、逃げ惑う兵士たちを押し除け、突っ込んでくる。


そして、荷馬車は僕らの目の前で急停車した。

その勢いに、荷車が一瞬浮いてガシャンと言う音を立てる。


僕とルイスは抱き合ったまま、ポカンとその荷馬車を見つめていた。

そして、御者席にいる2人のうち、一人が立ち上がり名乗った。


「その魔法、停止させたまえ! 私は第3王子、アルド・メイア・リティスである!!!」

「なんじゃ、次から次に……!」


イラつきながら、アズドラは予想外の侵入者に驚きを顕にする。


「本物か!? 魔法陣解除じゃ!! 放熱も止めろ!!」


アズドラはその馬車に乗っている人物を見ると、慌てて周囲を囲む黒いローブ達に魔力の放出を中止させた。

太陽はその姿をどんどん小さくしていき、空に溶けるように消え去った。


僕とルイスは抱き合いながらも、御者席に乗っている2人をもっとしっかり見た。

一人は確かにアルド王子。

もう一人は……。


「スミス!!!」


僕は叫んだ。

その声に、スミスは震えながらガッツポーズして答える。


「た、たすけにきたぞ〜〜……!」


やけに緊張しているようだ。


驚いていたのは僕たちだけじゃない。

騎士団長も、兵士もアルド王子に注目していた。


アズドラも空から降り、闘技場に立った。

そしてアルド王子に問いかける。


「アルド王子。こんなところで何をしているのです?」


彼女もまた、驚いている様子だった。


王子は、「ああ」とだけ言うと。スミスに小声で何か囁く。


「おい、スミス。ナイフ、ナイフ」

「あっ! ああ……! そうだった!」


スミスは懐からナイフを取り出し、闘技場にいる全員にこう宣言する。


「やい! 貴様ら! 図が高いぞ! ここにおわすのは、かの第3王子! アルド様だ〜〜!!!」


王子にナイフを突きつけながら、堂々と、”アルド王子”の口上を述べる。


「スミス。違う違う。人質だぞ、私」


王子は小声でにこやかに指摘した。


「あっ! そうだった!」


スミスは緊張しすぎて何が何だか分からなかった。

闘技場の全員が唖然としていたが、僕とルイスは互いに目を合わせ、うなずく。


仕切り直して、スミスは続ける。


「アルド王子を殺されたくなければ道を開けろ!!」

「できると思っているのか……??」


アズドラは恐ろしい目つきでスミスを睨みつける。

ベルサック卿もまた、そんなことはさせまいと、臨戦体制に移っている。


ジリジリと2人の強者がスミスに狙いをつけている。

そんな圧倒的な圧力にスミスは今にも挫けそうな表情で汗をかいている。


すると、王子が叫んだ。


「あああ!! 助けてくれー! 君たちが退いてくれないと私は殺されてしまうー!」


王子なりの助け舟だった。


やや不自然な口調だったが、騎士と魔女には効果があったようだ。

眉間にしわを寄せながら両者とも、3歩ほど下がって様子を見ている。


「君たちも早く乗りたまえー! そうしないと私が殺されてしまうー!」


王子は僕とルイスにそう声をかけてきた。

彼らの狙いは何となく分かっていたので、何も言わずに急いで馬車に乗り込んだ。


「スミス! ありがとう! でも大丈夫なの!?」

「おおー……! いいってことよ相棒……!」


まだ緊張しているようだ。

というよりも今にも泣き出しそうな顔をしていた。

よっぽど怖かったのだろう。


「王子! 一体なんで!?」


ルイスが当然の疑問を聞いた。

明らかに王子は僕らを助けようとしている。


「何のことだー! 私を巻き込まないでくれー! たのむー!」


すっとぼけている王子を尻目に、僕はスミスの背中をパンと叩く。


「スミス、しっかりして! 君なら出来るよ! あの時、僕も生きて帰ってきたろ!」


それを受けてスミスはハッとして瞬きしながら僕の目を見る。

僕は笑顔で頷いた。


最初の仕合で彼が僕にしてくれた応援と全く同じだ。


今度は僕がスミスを応援している。

緊張はほぐれてくれたようだ。

スミスは手綱を握り直し、腕に力を込める。


「よっしゃあ! 飛ばすぞ! お前らしっかり捕まってろよ!」


馬たちは大門へ向けて動き出した。

それを見たベルサックが近くにいた兵士たちに指示を出す。


「行かせるな!! 止めろ!!」


兵士たちは慌てて僕らを追いかける。

大門近くの兵士は扉を閉めようと外側に設置されている開閉を操作する鎖に手をかける。


「どけどけ! 王子がどうなっても知らんぞ!」

「道を開けてくれー! 殺されるー!」


不自然な王子の三文芝居は効果絶大だった。


兵士たちは王子の顔を見るなり次々と退いていく。


「行かせるな!!」


ベルサックの怒号が響くが、御者席のアルド王子の首にナイフが光る。

どの兵士もどうしてよいか分からず、そのまま馬車を素通りした。


そして僕らの乗った荷馬車は、ついに闘技場を脱出した。

お読みいただきありがとうございます。


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