第21話 終末の光
闘技場の空中には黒いドレス姿の美女が浮かんでいた。
新手の魔法使いか? と僕は警戒する。
一方のベルサック卿はその姿を見て、表情を曇らせた。
軽くため息をつくと、彼は再び僕の方へ目を向ける。
そして突然、大楯による体当たりをしてきた。
盾を使用した攻撃は初見だったため、僕は不意を突かれたが、腕で防御しながら後方へ跳ぶ。
やや距離が空いた。だが、これなら跳び足刀で頭を狙える。
僕は足を踏ん張ったが、途中で止める。
ベルサック卿が魔法を解除したためだ。
強風が止まり、ルイスが熱風から解放される。一体なぜ?
「出来ればもう少し手合わせしていたかったが……」
ベルサック卿はそう呟き、剣を鞘に仕舞った。そして兵士たちに何かのハンドサインを出した。
すると、兵士たちが入場でゲートへと撤退を始める。
数人はガロード卿を回収するべく彼の元へ走っていた。
「一体何のつもりです?」
僕はベルサック卿に尋ねた。
「奴が現れた以上、我らも危険なのでな。それより、彼女のところに行ってあげてはどうかね?」
上空の女性を見上げた。彼女は、兵士たちの撤退を待っている様子だった。
僕は黙って頷き、ルイスの元へ駆け寄った。
「ルイス! 大丈夫!?」
ルイスは息を切らしながら、ぐったりしていた。全身が汗でびっしょりだ。
「はあ……、はあ……うん……。危なかったわ」
ここを出たら真っ先に水を飲ませてあげよう。僕はそう思った。
その時、唐突に怒りに満ちた声がこだまする。
「離せ!! 一人で歩ける!!!」
ガロード卿が意識を取り戻し、兵士に担がれようとしていた。
彼は、ふらふらとベルサック卿のもとへ歩いていく。その周りを不安げな兵士たちが付いていく。
「団長!! 私に汚名返上のチャンスをください!! この場で奴らを抹殺して見せます!」
ベルサックはそんな騎士の姿に冷酷な視線を向けてた。
「奴に負けたことは問題ではない。貴様は本来市街地では使う事の許されぬ”魔法”で国民の命を危険に晒した。これは騎士としてあるまじきことである」
ガロード卿は一瞬で青ざめた表情をする。
「一度歩兵からやり直せ。お父上には私から伝えておこう」
それだけ言うと、ベルサック卿がそれ以上彼を見ることはなかった。そのまま闘技場から出ようと背中を向ける。
ガロード卿はその場に膝をつき、絶望に打ちひしがれている。
「もう、いいかの? いい加減、待つのは飽きた」
上空の女性がそう言うと、円形の観客席の最前席に黒いローブを着た人影が現れる。
それは複数に増え、闘技場を取り囲み、僕らを客席から見下ろした。
それを見て、ベルサック卿が慌てて叫ぶ。
「アズドラ!! 待て!! まだ撤退しきっていない!!」
「たわけ。貴様ら無能にはもう価値がない。何だ、あの無様な戦いは。魔法も使えぬ小僧相手にいいようにされおって……」
その声には確かな怒りが込められていた。
その声に呼応するように闘技場を囲んでいた黒いローブ達が祈りを唱え始める。
『『『偉大なるアルぺウス神 我らが主人の炎にお力を……』』』
闘技場に赤く輝く魔法陣が出現する。
「そこの小僧ごと焼き払ってやろう。貴様がそれでも生きているなら優秀だと言う証だ」
魔法陣の中央に移動して、アズドラと呼ばれた女はそう言った。
ベルサック卿は冷や汗をかきながらも盾を構えた。
「くっ!! 逃げられるものは即座に逃げろ!! そこの者たちはガロード卿を私の背後に!!」
『アルぺウス様 我が盾にお力をお貸しください……!』
指示を出すとともに盾に光が漲った。
一方でガロード卿は俯いたまま動こうとはしなかった。
周りの兵士たちが必死に彼を動かそうと声をかけている。
『我が主 アルぺウスよ。我が手中に大いなる導きの光を……』
上空でアズドラが祈りを捧げる。すると、魔法陣が輝きを増し、莫大な熱が僕らを襲った。
闘技場を包み込むほどの火球が上空に現れていた。
幾重にも重ねられた火炎が表面で跳ね上がり、渦巻いている。
その圧倒的なエネルギーを秘めた力の球体は、もはや太陽そのものである。
そのあまりの絶望感。
僕とルイスは空を見上げて、終わりを悟った。
ここからどう足掻こうと、防御する事も、回避する事も出来やしない。
僕もルイスも、今やるべき事はお互いに分かっていた。
僕はルイスに目を合わせ、諦めを含めた笑みを向ける。
「ルイス……。最後まで無理させちゃったね……。ごめんよ。僕なんかのために……」
「ううん。いいのよ……。できることはやったし! あなたと死ねるなら満足!」
ルイスは思い切り明るい笑顔を作って僕に向けてくれる。
「ルイス……。ずっと聞きたかったんだけど、やっぱり僕たちってそういう関係なの?」
僕は何も思い出せていない頃から、どうして彼女がここまでしてくれるのか不思議だった。
彼女の声を聞いて、彼女に何度も助けられて何となくだが感じていた事がある。
それは、”僕はルイスを愛している”という事だ。
ルイスはちょっと呆れながら優しくはにかむ。
「もう……。今それ聞く? いいから……。こっち来て……」
ルイスに手を引かれ、優しく抱きしめられた。
僕の顔はその華奢な腕に包まれた。
その行為だけで、彼女の愛は十分伝わった。
僕もただ黙って背中に手を回して抱きし返す。
せめて最後に彼女と一緒にいれて良かった。
生き残るために色々と足掻いたが、ルイスと同じく、僕も満足していた。
太陽がゆっくりと落ちてくる。
じりじりとその熱気が強まり、皮膚が焼けるように熱い。
お互いに腕が震えていた。
僕らは恐怖を少しでも紛れさせようと強く、強く、抱きしめ合った。
最後が怖くないように、ずっと2人で居られるように。強く、強く……。
僕らが死を覚悟したその瞬間、素っ頓狂な声が闘技場に響いた。
「ちょっと待ったーー!!!!」
突然、闘技場と外を直接繋ぐ大門が開かれ、荷馬車がすごい勢いで侵入した。
荷馬車はそのまま中央に止まった。
太陽を恐れて馬たちがと騒いでいるが、御者の浅黒い肌の男がなんとか宥めている。
「その魔法、停止させたまえ! 私は第3王子、アルド・メイア・リティスである!!!」
僕らは唖然とした。
御者の男はスミス、そしてその隣に居るのはアルド王子であった。
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