第83話 サリーの過去
今では天才なんて持て囃されているけど、両親にとって、私は天災そのものだったと思う。
私は生まれた時から魔力を知覚できた。
常人にとっては考えられない事らしいけど、私にとっては呼吸するくらいに簡単だった。
1歳児にして上位魔法を使えた私は、癇癪で何度も家を何度も燃やしかけた。
気が付けば、両親の視線が酷く冷たくなっていた。
でも私は私で、両親の言うことも聞かずに魔法を使いまくった。
今考えれば、ただかまって欲しかっただけ。
だけど、そんな危険な子供を手元に置いている程、情は無かったようだ。
ある意味では、両親が私を遠ざけたのは、至極真っ当だった。
2歳になると、私は森深くに住まう祖母へ預けられた。
魔法の勉強をさせるという名目で。
ただの厄介払いだという事は、幼い私にもよく理解できた。
その日、私は酷く泣いた。
両親と別れることが悲しかったんじゃない。
私という人間を愛してくれる人なんて、この世に居ないんじゃないかと思って、ただただ怖くて泣いたのだ。
だけど、お婆ちゃんだけはそんな私を強く抱きしめてくれた。
私が悪さをすれば、真っ直ぐに怒ってくれる。
私が言う事を聞かなければ、しっかり理由を尋ねてくれる。
私が落ち込んでいる時は、優しく頭を撫でてくれる。
お婆ちゃんは私に純粋な愛情を注いでくれた。
お婆ちゃんの家が大好きだった。
暖かい暖炉の火も、グツグツと煮えたぎる鍋の音も、甘いお菓子が焼ける匂いも。
夜寝る前に、『永遠の魔女の伝記』を読んでくれる声だって。
布団の中で感じるお婆ちゃんの温もりもだって。
何より、台所に立つ曲がった背中に飛びつくのが大好きだった。
そして、優しい笑みを向けてくれるお婆ちゃんが、大好きだった。
12歳の冬。
その日は、いつも通りの何気ない朝だった。
暖かい陽射しを浴びながら、お婆ちゃんは静かに息を引き取った。
恩返しも、ずっと言いたかった「ありがとう」すら、伝える事はできなかった。
酷く泣き腫らしたのは、10年ぶりだった。
それから私は、何日も何週間も引きこもり、泣き続けた。
お婆ちゃんとの思い出に浸りながら、涙を流し続けた。
だけど、お婆ちゃんは私がそうなってしまう事などお見通しだったようだ。
朝の柔らかな陽射しの中、一通の封筒が届いた。
お婆ちゃんの弟子と名乗る魔法使いからだった。
封を開けると、中から二枚の紙が落ちる。
一枚はお婆ちゃんの死を悼む手紙だった。
そしてもう一通は、ザグラム魔法学園への入学案内だった。
”貴方のお婆さまのような偉大な魔女になりたければ、門を叩きなさい”
私へ向けて添えられた僅かな言葉。
でも、それだけで十分だった。
私は、家を出た。
今度は自分の意思で。
魔法学園でも、私の存在は浮いていた。
二段、三段飛ばしで進級していく私を天才と嘯く奴もいれば、怪物と後ろ指を指す奴もいた。
どちらにしても、ただのやっかみだ。
無視していればなんて事はない。
だが、中には私に絡んでくる連中もいる。
そんな奴らは、躊躇なく張り倒してやった。
弱肉強食。
それがお婆ちゃんと暮らした森での掟だ。
勿論、その頂点に居たのはお婆ちゃん本人だったが。
その教えはしっかりと私の中に息づいていた。
そしてその結果、やりすぎた。
やたらと劣等生達には尊敬の眼差しを向けられ、少々困る羽目になったのだ。
それでも学園での忙しない日々は、縮こまっていた私の見識を広げてくれた。
世界には本当に色々な人が居る。
そんな当たり前の事を、私は全く知らなかった。
数年後、突っ張ってばかりいた私にも一端の目標が芽生えていた。
それは、学園の生徒なら誰もが一度は志すもの。
私のお婆ちゃんもかつてはそうであり、”永遠”より始まった王国最高の魔法使いたる称号。
”魔女になる”。
自分の才能がどこまで通用するのか分からない。
それでも私は挑戦したかった。
それが、お婆ちゃんへのささやかな恩返しになると信じ始めていた。
そして卒業後、就業先の魔法技術研究所で、私は出会ってしまった。
まさに天敵とも言える相手に。
魔女アズドラ。
この世の不吉と災厄で塗り固めたような女。
初めて出会ったのは就業後だったと思う。
その美しい外見とは裏腹に、纏った魔力の禍々しさに鳥肌が立った。
何より不運だったのは、私の働きぶりを認められてしまった事だった。
就業から数ヶ月後、私を弟子にと、魔女の方から打診があった。
魔女を志す私にとって、それは千載一遇のチャンスだ。
その時はアズドラに対する嫌悪感が拭いきれなかったが、仕方ないと割り切って、その話を受けた。
そして、私は深く後悔することになる。
待っていたのは過酷で、理不尽な労働。
”弟子”などただの甘言。
ただ単に使える小間使いが欲しかっただけだった。
アズドラの指導なんて一度たりとも受けたことなんて無い。
その上、私と同じく弟子になった魔法使い達も、消耗品のように入れ替わっていた。
それでも私は、魔女の背中に齧り付くように弟子を続けた。
その先に私の道があると信じて。
数年が経ち、私は、アズドラが開発した大魔法”太陽の儀式”を習得する。
無論、教わったものではない。
アズドラの背中を追い、努力を重ねた成果だ。
これで魔女と肩を並べる魔法使いだと、王族に申告できる。
魔女の称号も遠くはない。そう思った矢先だった。
私に魔王討伐の命が下った。
仕組んだのは、アズドラだった。
奴は、私の功績を王の前で散々アピールし、魔王討伐のパーティーメンバーに推薦したのだ。
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