第68話 レンとガロード卿
殺気を放つサリーの瞳孔。
だが、魔女アズドラは打って変わって冷めきっていた。
「ああ、もうよいバカ弟子。魔法戦はもう飽きた。凡もこう言っておるし、そろそろ主役に出てきてもらおうかの」
「主役……ここには私達しか」
「サリー。ワシの感知能力を忘れたか?」
サリー、暫し逡巡。
(ブラフだ。私の認識阻害はこいつの感知を掻い潜っているはず)
そう信じたかった。
自分とアルドを除いて、他の三人には認識阻害をかけている。今の彼らは石や家具も同然の存在感だ。
いかに魔女といえど、感知出来る筈がない。
だがしかし、サリーは知っている。
魔女アズドラという女の矜持を、誇りを、信念を。嫌と言うほど知っている。
アズドラは魔力で遊び、魔力を弄り、魔力を司ると言っていいほどの研究者だ。
自分の能力でブラフを張るなど、ありえない。
彼女にとってそれは、積み上げてきた功績の数々に、自らの手で泥を塗るような行為だ。
だとすれば……。
一瞬、思考が止まった。
汗が噴き出し、叫んだ時には既に遅かった。
「三人とも!!! 逃げて!!!」
「遅いのう」
魔女の術式が起動する。
途端、学園側の出入口が凍りつき、分厚い氷で覆われた。
レン達は作戦の失敗を悟った。
隠れていることがバレている。
だが、出口が封じられた以上、逃げ隠れ残るは正面扉か研究棟側の出口のみ。
「みんな! 急いでここへ!!」
サリーの呼びかけに反応し、三人は隠れ潜んでいたベンチから飛び出した。
「それは悪手じゃバカ弟子」
魔女もまた同時に術式を起動する。
すると、数頭の大蛇がベンチの影を駆け、スミスとノエルの足を掴み上げた。
レンも同時に蛇の尾に絡め取られたが、手刀を打って回避する。
結果、レンだけがサリーの前に佇んだ。
ベンチから逃げ出した二人は逆さ吊りになり、魔女はそれを見せつけるように自身の背後に掲げた。
「さ〜〜て、人質も増えたことだ。お前も大人しくしてくれるよなあ〜? サリー?」
愉快に笑うアズドラは、スミスを掴んだ蛇の尾を上下に揺らした。
「……何が言いたい、アズドラ」
「簡単なことじゃよ。これからワシが行う事全て、ただ黙って見ていればいい。それだけで、ウルドも貴様の仲間も無事に解放してやるさ」
意図が全く読めないが、間違いなくロクな事ではないだろう。
だが、この状況を打開する方法など、サリーもレンも、アルドでさえ見当がつかない。
いつも気丈に振る舞う彼女が、今ばかりは悲痛な表情で人質三人を見上げていた。
「くっそ! 離せ! 離せよ!!!」
「この!! この!!!」
吊り上げられた二人は絡みつく蛇を殴打する。
必死の形相には、重い悔しさが伝わってくる。
「これこれ、静かにしておれ」
青い煙が巻きついた蛇から流れ込み、捕まった二人はそのまま昏倒。瞬時にだらりと両腕が垂れ下がる。
「さてと、ではバカ弟子とアルド王子にも大人しくしてもらおうかの」
魔女が片手で魔力を練る。
そして黒い魔法陣と共に、新たな術式が起動した。
途端にサリーとアルドの足元からドス黒い鉄格子が伸びる。
身構えたが、アズドラが人質達を視線で指す。
恐ろしい笑顔のまま、”抵抗すればどうなるか”脅迫した。
それを見て、三人は拳を握り締めて沈黙した。
やがて地面から伸びた鉄格子が立体となり、大人五人は入ろうかという広い檻が完成した。
礼拝堂中央に一瞬にして完成したそれは、アルドとサリーを閉じ込めた。レンだけは外に残して。
「さぁて、またせたなぁ凡。お前の待ち望んだ時間だぞ」
妖艶な声を滲ませ、魔女がガロード卿へ視線を送る。
すると、灰色がかった瞳に光が戻り、憎き仇敵の姿を映し出す。
「はは、ははは!!! やっと現れたな、元勇者!!!!!!! 貴様を殺せる日をどれだけ待ち望んだ事か!!!!」
怒りとも取れる歓喜の雄叫び。
その威圧が、レンの体にビリビリとした感触を残す。
「ガロード卿……」
対照的に静かなレン。
しかし、感情だけはガロードと同様である。
「僕も、貴方に会うこの時を、待っていたのかも知れない……」
強かな怒りと疑念が、レンの瞳に燃えていた。
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