第66話 騎士の参戦
氷槍が上空で怪しげに光る。
豪炎の獅子が唸りを上げる。
それら全てを、サリーは同時に解き放った。
まるで引き絞った弓のように収束された魔力を今、解き放つ。
相対する魔女は、目を見開き驚いていた。
二つの脅威が全くの詠唱なしで、それも一切の間を置かずに放たれたのだ。
魔法使いとしてはあり得ぬ技法、戦術である。
当然それに不意を突かれ、対応が遅れた。
まず氷槍が速かった。
六本全てが同時に、魔女の体を貫こうと迫る。
シャボンの防壁を容易く貫通し、氷の刃先が肌に触れるか触れないかの一瞬、魔女の魔力が膨れ上がる。
瞬間、魔女は大量の魔力を放出した。
そうして強引に、六本の氷槍全てを弾き返す。
危なかった……と、息を吐かせる間を置かず、今度は豪炎の獅子が飛びかかった。
熱気と共に分かる重量感。
大柄の男でさえ、受け止めるのは不可能である。
まして華奢な魔女には、魔力放出を使っても抑えきれないと断言できる。
なので、再び防壁術式を起動した。
今度は全身を覆うようなシャボンではなく、もっと重厚で、頼もしい盾のような防壁。
魔女と獅子を隔てるように、オーロラ状の幕が現れる。
獅子の右爪を幕状の盾で受け止め、拮抗する。
「……やるのう!!」
驚嘆の声と共に、ここで始めて息を吐いた。
もう片方からも燃え上がる爪が襲いくる。
だが、オーロラが獅子の体を受け止めると同時に、たわむ。
重厚さと柔軟さを持つこの魔法には、あらゆる物理攻撃が無効となる。
そしてまた、あらゆる属性魔法も含んでいる。そのため、獅子の熱気ですら防いでのけた。
「アハハハハハ!! そんなものかサリー!!! まだ出来るだろう!!!」
楽しんでいる。先ほどまでの余裕の笑いではない。むしろ逆。
命のかかるギリギリの緊張感を、まるで駆け回る幼子のように愉しんでいるのだ。
サリーは更なる魔力を獅子へ送った。
すると、獅子が携える鬣が広く大きく燃え盛る。
瞬間、再び振り下ろす獅子の爪。
ガキリ、と歪な音をたて、オーロラにヒビが入る。
「はああああああああ!!」
「ぐうううううう……!!!!」
二人の魔法使いが呻き合う。
もはや技巧など関係ない、シンプルな力勝負へと突入した。
「……おい、いつまで遊んでいる」
男の声。
刹那、音も無く獅子が一文字に両断された。
その巨体は鮮やかな断面を残し、二つに崩れ落ちる。
そのあまりの速さに、獅子自身斬られた事に気付けず、呻き声すら上げなかった。
「……な」
物陰に隠れていたレンが、その男を見て驚愕する。
「あいつは……!」
王都の闘技場で相対し、仕合の最中にルイスを殺めかけた騎士。
不遜な苛立ちを纏いに、殺人鬼のような眼光が揺らめいている。
その姿、その様子、その態度。以前と何ら変わりはない。
騎士ガロードは憤然と剣を鞘へと収めた。
「レン様……! 顔を出しすぎです……!」
ノエルの密かな声が聞こえたが、レンの頭はそれどころではない。
騎士の怒りに満ちた表情を見ただけで、手に取るように思い出す。
闘技場での苦闘、アルドとスミスの救いの手、そして……。
愛しい人、ルイスを襲った悲劇。
それが起きたのは王都脱出後、エルフの隠れ里へ向かう道中の森林である。
荷台から外を眺めていたレン。
どんよりとした曇り空と、遠くなった王都の影がぼんやりと浮ぶ。
不幸にも先にその攻撃に気が付いたのはルイスだった。
彼女は咄嗟にレンを突き飛ばした。
そして次の瞬間には、閃光がルイスを貫いていた。
その魔法攻撃は、明らかにレンを狙って放たれたもの。
本来なら自分が死ぬはずだった、と。
どうしようもない後悔が、懺悔が、苦悶が、今でもレンを苛んでいる。
かの閃光に心当たりがあった。
闘技場で目にしたガロード卿の剣閃魔法。
輝きを纏った刃を、光のような速度で伸長させる魔法。
いかに間合の外にいようと、目にも止まらぬ速さで迫る絶剣。
ルイスを撃ち抜いた白く輝く閃光は、ガロードの剣に酷似していた。
「レン様。ここで見つかったら、サリー様の奮闘も無駄になります……! どうか落ち着いてください……!」
「……ノエル……」
今にも立ち上がってしまいそうだった。
立って、絶叫したかった。
「お前がルイスを殺したのか!!」と。
ノエルに言われ、サリーを見る。
その姿、戦意に一切の衰えはなく、魔女と騎士という絶対的な強者を前に動揺すらしていない。
しっかりと握った魔杖が、不屈の意思を強く示している。
ノエルは言った。
”サリー様の戦いを無駄にする気ですか”、と。
その通りだ。
レンは拳を握り締め、奥歯を深く噛み締め、必死に耐えた。
幻想のルイスがしきりに彼の肩を叩いたが、それすら堪えた。
今はただ、サリーを信じて待つしかない。
待つしか、ないのだ。
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