第55話 ファインプレー
穏やかな空中散歩はレンが思ったよりも早く終わった。
二人はそのまま、ザグラム第一層にある宿屋へ舞い戻った。
なお、学園での戦いで下着を残して服を焼かれてしまったレンだったが、サリーのローブを借りて体を隠していた。
「ソックスどころかローブまで取られるなんて……本当に今日は散々だわ」
部屋へ行く道中にサリーの不満のため息を漏らす。
「いやいや! ローブはちゃんと返すよ!」
なお、ソックスに関しては、一足は変態王子の胃の腑に。もう一足は王子のコレクションとして永久に奉られる事になった。
木造の床が軋む音を聞きながら、レンは借りている部屋の扉を開いた。
「レン様、サリー様! お帰りなさい!」
真っ先にノエルの高い声が彼らを出迎えた。
「おかえり……」
その後ろのソファでぐったりしているのはアルド。
その声は明らかにいつもの覇気がない。
「ただいま。アルド、どうしたの? やけに疲れているように見えるけど」
「スミスだよ。原因は」
それを聞いたレンは部屋を見回し、ベッドに横たわるスミスの姿を見つけた。
「……スミス!? 一体何があったの?」
「なに、話は簡単だよ。レンを連れ去ったのは彼の妹さんだろ? その後を、スミスと私たちは急いで追いかけたんだが、途中で見失ってね。しばらくして、中庭の騒ぎを聞きつけた」
喋りながらアルドはだらけていた体をゆっくりと起こす。
「中庭に行くと、騎士の背後に忍び寄る君の姿が見えた。だが、スミスには妹さんしか見えていなかったようでね。そのまま突撃しそうになっていた。それでは、レンの戦闘を邪魔してしまう。そこで……」
「……はい……私が、やりました……」
目をギュッと瞑ったノエルが片手を上げた。
「ノエルが?」
「はい。スミス様、話を全然聞いて下さらなくて……その……たまたま側に花瓶があって……」
「後頭部を一発だったよ」
「ごごご、ごめんなさいーー!!」
拝むように手を合わせ、謝罪するノエル。
だがアルドは特に気にする様子もなく、落ち着いて続けた。
「いや、ある意味ファインプレーだったよ。あそこでスミスが乱入してたら余計にややこしくなっていた。最も、私が彼をここまで背負って来るのは骨が折れたがね」
「本当にすみません……」
ノエルは謝りすぎて頭も上げられない。
そんな彼女の肩にそっと手を置いたサリーが耳元でそっと囁いた。
「いいのよノエル……因果応報よ。これはね、私のソックスを奪った代償なのよ……」
囁きつつも、アルドの疲れた顔を睨んでいた。
「まだ根に持ってるんだね……」
その後、スミスも目を覚まし、おおよその流れを共有した。
スミスはすっかり冷静になっているようで、やけに落ち着いて話を聞いていた。
そうして皆で、大まかな打ち合わせをした。
決まった事はただ一つ。
学院図書館の禁書棚へ全員で赴き、”神を打破する方法”を探す事。
人海戦術だ。
◇
夜。皆が寝静まった頃。
スミスは月夜を眺めながら廊下の窓辺に佇んでいた。
トイレに立とうとしたレンが、彼の背中を見つけて声をかける。
「スミス……眠れないのかい?」
「おおレン……まあ、な」
月明かりに照らされたスミスは微笑みを作った。
「……レン、今日はありがとうな。クレアの事を助けてくれて」
そのセリフに被りを振りつつ、レンも聞き返す。
「スミス……クレアの事はいいのかい?」
クレアはスミスの妹だ。
一方的にではあったが、スミスが確認したのだ、間違いない。
「……本当はまだ少し心配だ。でも、レンの話を聞く限り、思ってたよりも幸せそうだ」
「そうだね。いい友達に囲まれてるよ。聞いてた通り、明るくて、素直で、何よりとってもいい笑顔だ」
「……まさか好きになったか?」
唐突に、スミスがドス黒い視線を向けてくる。
「い、いや……安心して……そういう意味じゃないから」
「本当か? ならいいんだが……」
彼の黒目が暫くレンを睨み続けたが、やがて窓の外へと顔を向け直した。
ここは魔法都市ザグラム第一層、商工区画。
日中働いている職人達のけたたましい金属音は鳴りを潜め、今は建物を抜ける風の音だけが支配している。
「よくよく頭を冷やして考えてたんだけどな……今、クレアに会いに行くのはよくねぇと思うんだよ」
「……それは、どうして?」
「俺がお尋ね者だからだよ。レン、クレアに兄が居るかって聞いた時あったよな。どんな反応してた?」
レンは思い出す。
クレアが初めて名乗り、レンは確信を持ってスミスの名前を出した時。
それまで明るい笑顔だったクレアの表情に、暗い影のようなものが見えた。
「……微妙な表情だったと思う。警戒心……みたいなのも見えた」
「そういうこった。アイツがどんな事情で学園に通ってんのか分かんねえけど、クレアからすれば、お尋ね者の兄貴なんて誰にも知られたくはないだろう。俺が会う事で、アイツの幸せを崩しちまう事だけは絶対にあっちゃいけねぇ」
「スミス……」
レンには何も言えなかった。
お尋ね者である以上、それは当然と言えば当然。
クレアの幸せを願っているなら尚更、会う事は避けなければならない。
「だからよ。ノエルには感謝しないとな。ぶっ叩いてでも俺を止めてくれて助かったぜ」
「本人はそこまで考えてなかったと思うよ。なんなら、余計に会うべきだって言うと思う」
「だろうな〜〜。ノエルのやつ、こいう事には物凄く頑固なとこあるし!」
そうして、夜は更けていった。
しかし、この時レン達は知らなかった。
ザグラム影で蠢く不穏な者達。
彼らがレンの存在に気がつき始めている事に。
ご拝読ありがとうございます!
よければ、ブックマーク、ご評価、ご感想いただければ嬉しいです!!
創作の力となりますので、何卒お願いします!!




