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第51話 迷い


 ーーガシャン!


 鉄製の剣が地に落ち、鈍い金属音を奏でる。

 その主は、剣が落ちるより早く地面と激突し、仰向けになって白目を向いていた。


 レンは警戒を緩めず、倒れて動かないエルゴーの喉元を観察する。


 「……動いてる……ね……」


 呼吸は止まっていない。

 その事を確認すると、彼はようやくタイルの床に尻餅をつく。

 そして大きく息を吐き出した。



 ”牡丹返り”。

 この技を教えつつも、レンの祖父は技の使用を禁止とした。


 理由は単純明快。

 使えば確実に相手は死ぬからだ。


 低い姿勢から相手の睾丸を掴み上げ、頭を地面に叩きつけるというこの技。

 相手の体重と技をかけた者の膂力。それも、地面が硬いコンクリートなら絶命は必死だ。

 相手の頭部にかかる衝撃は、計り知れない。

 

 いかに防御魔法を駆使したとしても死は免れないだろう。

 そもそも、男性にとっては最大の急所を掴まれた状態である。まともに魔力など練れるはずがない。


 しかし、エルゴーは違った。

 まだ息があるのだ。


 「レンレン〜〜!!」

 「うおッ!!!」


 ガバッ! とスミスの妹のクレアが飛びついてくる。

 疲れて地面に座り込んでいたレンはその勢いに負けて少し体勢を崩した。


 「いてて、クレア、あんまり火傷を触らないでッ!」

 「レンレン〜〜!! 本当に生きてて良かったよ〜〜!!!」

 「あたたたた!! 話聞いてって!!」


 涙に頬を濡らしているクレア。

 レンの言葉は耳に入っていないようで、火傷している両腕をがっしり掴んでレンを揺すった。



 「こらっ! クレア!」

 「あて!」


 リースのゆるい拳骨が落ちる。

 彼女の体は疲労しきり、ドアをノックする程度の力しかこもっていなかった。


 叩かれたクレアは、ゆっくりとリースの方へ顔を向ける。

 そして鼻水だらけの顔のまま、今度はリースの方へ飛びかかった。


 「……リースちゃんもいぎでる〜〜!!!」

 「わっ! ちょっと!」


 彼女は押し倒されながら、しっかしとクレアを抱きとめる。

 そのまま胸元にしがみつき、わんわん泣きはじめた。

 

 リースは幸せを噛みしめるように、泣き腫らすクレアの頭を優しく撫でる。

 親友二人の日常が戻ってきた。


 「よかった……僕が来た甲斐はあったみたい」


 レンは二人を見て、安心したように呟いた。


 すると、彼の顔に長い影が重なった。

 それに気づいたレンは、その影の主へと目を向ける。

 

 「……メラル! もう大丈夫なのかい?」


 メラルは傷だらけの手で頭を掻きながら、「おう」とだけ言うとレンの目線に合わせるように座り込んだ。

 

 「……途中までは見てたぜ……その、ありがとな。俺の代わりに二人を守ってくれて」

 

 照れ臭そうにするメラルを見て、レンは思わず吹き出した。

 昨日までの太々しさは何処へやら、しおらしい態度の似合わなさに思わず笑みが溢れた。


 「ははっ! 今度は素直に言えたね!」

 「う、うるせえ! 代わりに戦ってくれた奴に礼が言えねぇほど恥知らずじゃねぇんだよ!!」

 

 そうは言いつつも、彼の顔は真っ赤になっている。

 言い慣れない事を言った代償だろう。


 「ううん。でも、今回は僕にも責任があるから」

 「は? 何言ってんだ? お前は完全に無関係だろうが。適当に誤魔化すんじゃねぇ、ちゃんと感謝させろ」


 そう言ったメラルに対し、レンは頭をふった。


 「昨日僕との戦いで負った傷が無ければ、こんな騎士に後れなんか取らなかったでしょ?」


 目をそらしたメラル。

 だが、事実として、彼の右肩は添木と包帯でしっかり固定されている。


 「ハッ! 喧嘩に不調も好調もあるか! まあ、両腕が使えりゃ、それなりにやってたさ。それよりよ……」


 メラルは仰向けに倒れた騎士へ視線を移す。


 「死んでねぇよな……?」


 ポツリと呟くメラルの疑問。

 抱き合っていた女子二人も気が付き、レンへ視線を持ってくる。


 「そうよ、レン……貴方、エルゴーを頭から地面に叩きつけたように見えたけど……」


 リースがそう言うと、クレアにも妙な緊張感が走る。

 しかし当のレンは軽く答えた。


 「うん、大丈夫。死んでないよ」

 「……そう、なの?」


 リースのくぐもった声を聞いて、メラルは彼女の不安を感じ取った。


 「リースこいつはな、騎士の頭が地面に着くか着かないかの寸前で、掴んでいた襟を引いてやがった。それで頭ごと引っ張られて、上手いこと背中から落ちたんだ。しかも引き込んだ間際、顔面目掛けて肘鉄のおまけ付きだ。化物かお前」

 「あの一瞬でそれが見えてた君も十分化物だよ。でも……確かに殺さない方法を取ったよ……」


 レンは少し言い淀んだ。

 そしてリースは、彼の迷いを表情から察する。


 「……いいのよ、レン。ゴメンなさい、貴方が思い悩むような事は何もないわ。むしろ、貴方がそこまでの罪を背負わなくて本当によかったわ……騎士を殺せば処刑されるのは目に見えてるもの」

 「へっ! そん時は俺が全力で逃してやるがな!」


 そう言って、メラルが左手を差し出した。

 その手を掴み、レンはゆっくりと立ち上がった。


 「……うん。じゃあ、その時は頼むよ」



 戦闘後の余韻を残す中庭は少々ざわつき始めている。

 既に数人の生徒がここでの戦闘を目にし、教員のもとへ駆け出していた。


 「少し騒がしくなりそうだね……僕も色々と聞きたい事はあるけど、さっさとここを離れた方が良さそうだ」

 「……うん……訳は後でちゃんと話すわ。取り敢えず中庭を抜けて校舎を出ましょう」


 四人はそのまま、中庭から程近い校門を足を向ける。


 「待て」


 しかし、背後から不吉な呻き声が聞こえた。


 それだけで悪寒を覚える程の威圧を孕んでいる。

 危機感に押され、全員が振り返る。

 怒りに滾った騎士が、鋭利な眼光を漂わせていた。

ご拝読ありがとうございます!


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