第49話 兵法
「レンレン……!」
クレアの瞳が潤む。
エルゴー背後にピタリと張り付いた彼の姿。彼女には驚きよりも安堵の方が勝った。
安心して胸を撫で下ろし、続けて感じた疑念が一つ。
「何で、裸なの……?」
彼は下着のみを残して全裸だった。
まるでピンチを救うヒーローのように再登場したにも関わらずだ。
鍛え抜かれた裸の肉体が堂々と中庭にあった。
それを見て、リースも同様の反応。
「生きてる……よかった……よかった……?」
そう言って口元を抑えているが、少々混乱しているご様子。
女子二人の視線を気にして、レンは少し顔を赤くした。
一方、騎士エルゴーも混乱の中にいた。
炎の精霊イフリートの豪炎。その最高火力で滅却したはず。
だがレンは今も五体満足でいる。
それどころか、気づかぬうちに背後を取られていた。
切り払おうとした剣は片手で止められ、肘の関節を強く押さえられて身動き一つ取れない。
「……っく!!!」
歯を食いしばり掴まれた肘を振り解こうとするが、何故か力が入らない。
(クソが!! これがこの男の魔法か……!!)
エルゴーは忌々しげにレンを睨め付けた。
「貴様……! 幻惑魔法を使ったな……! この卑怯者め!!!」
エルゴーは自身の予測をレンにぶつける。
業火に焼かれた筈の人間が生きている。説明出来るとしたらそれしか無かった。
しかし、レンから返ってきた言葉はその予測を大きく裏切るもの。
「……大外れ。僕はそんな魔法使えないし、そもそも魔力はないよ」
そう言うと、レンは肘の指圧を強める。
その瞬間、エルゴーの肘に猛烈な痛みが走り、顔が歪んだ。
「ぐああああああ!!!」
「この痛みは幻惑かい? それとも痺れ毒? ご覧の通り、針も矢も持ってないよ?」
レンは淡々と、そして的確に肘の急所を押圧する。
しばらくそうして痛みを与えると、少しだけ指の力を緩めた。
痛みに悶絶していたエルゴーは荒い呼吸を繰り返す。
「兵法ってヤツさ。戦場で生き残るための戦略を使ったのさ」
「へいほー……? 私を愚弄しているのか!? 適当な事を言っているのは分かっているぞ!!」
エルゴーは怒りつつ、レンの拘束を解こうとしていた。
しかし動こうとすれば、肘に添えられた彼の指を媒介に痛みが走る。
レンは、痛みに苦しむエルゴーの必死な姿をただ見つめていた。
憐んだような表情だった。
エルゴーは屈辱に腑が煮え繰り返る。
相手は一介の学生風情と散々見下していた相手だ。騎士である彼にとって、向けられた視線は蔑み以外の何者でもない。
事実、彼を憐んだレンは語り出した。
精霊の豪炎から自身を救ったトリックを。
「……貴方が精霊を召喚した時、これは倒せないと思った。どう見ても物理攻撃が効く感じじゃなかったし、試すにしても命懸けだ。だから僕の標的は最初から貴方だった」
それはエルゴー自身、よく分かっている。魔法戦闘において、その選択が正道である事を。
精霊魔法の弱点。
それは、召喚者本人が生身の人間である事だ。
魔力の供給元を断てば、いかに無敵の精霊といえど消えてしまう。
だからこそ、戦闘中にその対策を施すのは必定だ。
「……近づけさせなかった! 貴様がどんなに動き回ろうと、決して!!」
騎士が唸った。
今、レンに捕まえられているという事実を振り払うように。
「確かにあの精霊の炎はとても厄介だったよ。術者を守るように噴出するんだもの。でも、厄介だったからこそ、そこに付け入る隙が生まれた」
「隙だと……この私の、イフリートの炎に隙などありはしない!!!」
「あるさ。あの精霊は完璧に、貴方を守り過ぎた。だからこそ、炎柱の影に僕の姿を隠してしまった。守られるが故に、貴方は僕を見失ったんだ」
レンは足元に落ちている真っ黒く焼け焦げた残骸に目を落とす。
「それ、何だと思う?」
エルゴーも足元の残骸を見たが、レンの意図は全く読めない。
「これはね、そこの生垣の枝葉さ」
「……!! 貴様、そんな物で私を騙したのか!?」
「そう。一度生垣に逃れた僕は、密かに枝葉を採取した。その後は知っての通り。中庭に逃れ、追ってくる炎の柱の影に身を隠した。続いて炎柱が退路を塞ぎ切る前に、隠しておいた枝葉に僕の服を被せた。炎越しでは影しか見えない。結果、貴方は僕の作ったデコイを僕だと誤認した」
「だから裸なのーー!?」
クレアの声が入り、また視線を気にした。
なので、エルゴーを盾にするよう、ほんの少し身をよじる。
「オホン、そこから先は賭けだったよ。炎の柱と柱の間をなるべく体を屈めて通る訳だけど、どうあっても接触は避けられない。だからほんの一瞬、炙られる覚悟で突っ込んださ。お陰で身体中火傷だらけ」
飄々と語ったレン。
エルゴーはそんな彼を酷く驚愕した顔で見た。
「バカな……それでは貴様……魔法を使わずに逃れたと、そう言うのか……」
「……まあ、そういう事だね。その後は簡単。逃れた先はさっきの生垣で、木陰に隠れてタイミングを見計らっていた。そしたら貴方、僕の死体を踏みつけにわざわざ近寄ってくれるんだもの。これは行くしかないなでしょ。それで今に至るって訳」
エルゴーにもはや言葉はない。
その胸の内にあるのは、油断を恥じる心、そして激しい後悔の想い。
だがそれ以上に、全ての原因たるレンに対する怒りが燃え盛る。
それは、自分を焦がすほどの魔力となって顕現する。
「き、きき、貴様は!!!!!」
エルゴーの腕が灼熱を帯びる。
焼けるような感触にレンは「熱!」と、思わず手を離した。
「貴様は……!!! こここ殺すーー!!!!」
そして、火を吹きながらエルゴーは剣を掲げた。
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