第16話 解錠
ガロード卿が持つ、細身の剣から閃光が放たれ、眩い光が僕の背後に大きな影を落とす。
僕は避ける以前に立ち上がることさえ出来なかった。
スミスとルイスとアルド王子、この闘技場に来てから出会った様々な人たちの顔が頭をよぎった。
そのあまりにも短い走馬灯は僕に大きな後悔の念を感じさせる。
(もっと、思い出さなければならないことがあるはずなのに……)
ルイスや仲間達との数々の冒険はもちろん、家族や友人のことも結局は何も思い出せなかった……。
そんな後悔を抱えたまま、あっけなく僕の人生はここで終幕を迎える……。
はずだった……。
闘技場の壁面には大砲で穿たれたような大穴が空き、向こう側が見て取れるほど貫通していた。
その穴からやや離れて、僕は仰向けに倒れていた……。
僕はまだ生きている。
あの瞬間、何かに体を突き飛ばされたような気がしたが、一体何が起こったのか?
砂埃が舞う中、僕は目を開けて事態を認識した。
「うう……。生きてるわね……。よかったぁ……」
仰向けになった僕の体に金髪の女性が力なく覆いかぶさっていた。
その背中は衣服が破かれ、大きな傷口から血が滝のように滴っている。
一瞬誰かは分からなかったが、その声を聞いて僕は確信した。
「ルイス!!!」
「ごめんね……。しっぱい、しちゃった……」
長い金髪を後ろに束ねた、美しい女性。
排水溝越しにしか聞いたことがなかったその声。
僕と会うときにはいつも悲しさを秘めていたその声は段々と静かになっているような気がした。
「黙って!! 手当てを!! 誰か!!」
僕は慌てて叫ぶも、観客は突然の乱入者に騒然とするばかりで誰一人、僕の叫びを聞くものはいなかった……。
だが、叫ぶ以外に、僕には彼女を助ける手立てがない……!
「無駄だ。助けるものなどいるものか」
閃光によって巻き上げられた砂埃が晴れる。
そして、蔑んだ目でこちらを見るガロード卿の姿が現れた。
「ガロード卿……!」
「全く、苦しまずに逝けたものの……。その愚かな女のおかげでまた苦しむことになる」
そう言ってガロード卿は眉を潜めた。
視線はルイスに向かっている。
ルイスは左手に緑色の光を集め、背中の傷口に当てた。
「ごほっ……。大丈夫……。大丈夫だから……」
血を吐きながら、少しづつ、呼吸を取り戻していく。
「治癒魔法で……、止血だけならできるから……」
しかし、傷口からは変わらず血液が溢れている。
「ルイス……! 本当に大丈夫なの!?」
「うん……。ごめん……ね。防壁、破れなかった……」
ルイスは僕の腕の中で弱々しく囁く。
「そんなことはいい! 今は治療に集中して!!」
「わかってるけど……。これが最後かもしれない……から」
彼女は涙で濡れる顔を僕に見せないように、額を僕の胸に押し当てる。
「ルイス……!」
すると前方から、恐ろしい騎士の足音が聞こえた。
僕とルイスはその音に目を向けた。
「で? だから何だというのだ? 見たところ指名手配されていた元勇者の仲間か。ここに来たという事は死ぬ覚悟があるのだろう?」
ガロード卿はそう言いながら、殺意を充実させている。
僕はルイスからそっと離れる。
「君は治療を続けて」
そういうと、ルイスは目を腫らしながらも、強くうなずく。
そんなルイスの体からそっと離れ、僕は無理矢理にでも立ち上がる。
足は未だにダメージを抱えて震えているが、今はそんな場合じゃない。
彼女を守らなくては……!
そして僕は、ルイスを守るようにガロード卿に立ち塞がった。
「君の相手は僕だ! 彼女は関係ない!」
「黙れ!!」
騎士は体に淡い光を纏った。
そして、素早く僕の首を掴み、締め上げる。
何という膂力。
とても振り解けない……!
「ぐっ……!」
「このまま突き刺してやろう……! 一体何刺しで死ぬかな?」
細い剣先を僕の胴体に軽く当てながら、鋭い殺意に目を燃やしている。
「やめて!! お願い……!!」
僕の背後で倒れているルイスが懇願するように叫ぶ。
騎士はその声に反応し、殺意の炎で燃えるその瞳をルイスへと向ける。
「ああ……、そうか、順番が違うよな……」
騎士がそう呟いた。
嫌な予感がして、僕は掴んでいる指を解こうと必死に抵抗する。
すると、騎士の纏う光が強くなる。
そして、その体格には不釣り合いな程、強い力で思いきり地面に叩きつけられた。
「ぐはぁっ!」
その衝撃に、意識が昏倒し、視界が歪む。
ぐにゃぐにゃに歪んだ僕の視線の先には、倒れて動けないルイスに近づく騎士の足元が見えていた。
そして、騎士はルイスの細い両手を片手で鷲掴みにして持ち上げる。
ルイスは痛みで悲痛な声を上げている。
治癒はまだ完了していないようだ……!
やめろ! やめてくれ!! 僕はそんな声すら出せない。
観客達は変わらずざわついている。
「民衆よ鎮まりたまえ!!!」
ガロード卿はよく通る声で叫んだ。
すると、ざわついていた観客が段々と静かになる。
やがて、観客達のざわつきがおさまると、ガロード卿は続けた。
「国王陛下!! 愚かにも元勇者の助力を行った、この不埒者をどうされるか!!!」
細身の剣先をルイスに突き付けながら騎士は国王へ指示を仰いでいる。
ルイスは両腕を拘束されているために抵抗ができないようだ。
背中の痛みを堪えながら苦悶の表情で脂汗をかいている。
やがて、国王のいる席から衛兵らしき男が出て、ガロード卿にジェスチャーで何かを伝えたようだ。
倒れ伏していた僕はよく見えなかったが、観客の反応で概ねその意味は、理解できた。
突如として観客が沸き立ち、悲鳴や殺せという言葉が聞こえてくる。
騎士は観客の声に応えるようにルイスの喉元へ剣先を添わせる。
「だとよ。せっかくだ、お前に選ばせてやる。お前が先か、そこのゴミが先か」
ルイスは、掴まれながらも身をよじって多少の抵抗をしていたが、その言葉をかけられた瞬間、動きを止めた。
そして……。
「私を先に……。彼の傷つくところなんて……、もう、見たくないわ……」
弱々しい声が聞こえた。
そして、その後何かを呟いた。
観客達の騒ぎ声が煩かったが、僕はルイスが何を言っているのかは、すぐに分かった。
『ごめんね……』と。
それを聞いた瞬間、激しい感情が僕を満たしていた。
(嫌だ!! 殺すな!! ルイスは僕の!!)
彼女を失うという”恐怖”の感情が僕の心と体を必死に動かそうとしていた。
そして僕は強く地面を握りしめ、顔をあげた。
突然、青く眩い光が僕の懐から輝き出す。
それにやや驚き、ガロード卿は今まさに突き刺そうとしていた剣先を止めて、こちらを振り返る。
「一体何だ!?」
ポケットに隠し持っていたそれを手に取ってみる。
“記憶の鍵”が熱を持ち、激しい光を発していた。
光はどんどん大きく、強くなり、やがて、僕の視界の何もかもを包み込んだ。
そして僕の意識は、遠く離れた別世界へと旅立った……。
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