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第15話 開戦

僕は、闘技者用の入場ゲートにいた。


前回と同じく、内側の鉄柵は降りている。

あとは、闘技場に入る方の鉄柵が上がれば仕合開始である。


ゲートから覗く観客達は物凄い勢いで騒ぎ立てている。


「あの王さま、煽りすぎだろ……」


嫌な予感がしている。

実際、後ろにいる僕をここまで連行してきた男達も国王の熱に当てられてすごい形相で僕を睨んでいた。


ゴーン、ゴーン、ゴーン……

仕合開始の鐘が鳴らされる。


それを聞いてゲート内の係員が装置を起動させて、入場ゲートを閉ざしていた鉄柵を上げる。


「よし!!」


ゲートが空いた瞬間、僕は全力ダッシュで闘技場へ入った。

目的は観客席からの飛来物をかわすためだ。


案の定、怒りと憎しみに染められた観客達から石やら、卵やらが飛んでくるが、僕は闘技場中央まで逃げおおせた。


「はぁ、はぁ……。そう何度もぶつけられてたまるか!」


逃げ切った後、観客席へ悪態をつく。

僕はすっかり理不尽さには慣れたようだ。


続いて、反対側のゲートが開かれた。



そこから白く輝く鎧を纏った、やや小柄な騎士が歩いてくる。

その堂々とした姿を見て、観客達は興奮し、歓喜の声を上げる。


騎士はそれらの声を無視するように真っ直ぐこちらへ向かっている。


彼が着けている鎧は美しい草の模様が彫り込まれ、輝くように磨き上げられているようだ。

そして片手には細身の剣を抜身で持っている。


一方の僕はというと、3日洗っていないボロ布のみ。武器は当然支給されなかった。


やがて、僕の前に立ち向かった騎士は一言。


「汚らわしい、ゴミが俺を見るな」


その清廉で輝く鎧からは、とても想像もできないような悪態であった。


(なんて失礼な奴だ……。確かにそう言われても仕方ない格好だけれども……)


「騎士のくせに随分と失礼だね。貴方」

「はっ! 貴様ごときが騎士を語るか! 記憶が無いとは聞いていたが、まさかここまで物を知らないとはな!」


騎士は蔑んだように笑い、僕を睨みつける。


「教えてやる! 騎士とは戦場で武名と実績を積んだ者にだけ名乗ることを許される特別な称号だ。

貴様ごとき奴隷が容易に評してよいものでは無い!」


騎士は傲慢な怒りをぶつけるような大きな声で僕へ怒鳴った。


ガロード卿。

王子が教えてくれたのは、彼の武名だった。


数多の戦場で実績を残し、入団からわずかな期間で次期団長候補とも呼ばれていると。


確かにその声は確かな威圧感を備えており、戦場で兵士たちを鼓舞し、敵を恐れさせる人間であると容易に判断できた。

そして、僕を恐怖させるのにも十分であった。


「……っ、だからなんだ! 馬鹿にするなよ!」


言葉ではそう言えたが、内心には緊張と畏怖が宿る。


「もうよい、これ以上は時間の無駄だ。国王陛下が見ているのだ、さっさと終わらせよう」

「なら……、僕から行くぞ!!」


僕がそう応じると、騎士の目が変わる。

先ほどまでの蔑んだ色は抜けないが、殺意が混じり始める。


策はいくつかある。

この2日間、色々と時間稼ぎの方法を考えてきていた。


僕は思い切り握り拳を作って構えをとる。

そして、ガロード卿は細身の剣先を僕に向けて構えた。


その瞬間、僕は後方へと全力ダッシュした。


時間稼ぎ作戦である。


何をしようと、とにかく6分持ち堪えればルイスが助けに来てくれる。

そのために、必死で走った。


ガロード卿は僕の言葉と行動のギャップに、騎士は呆気に取られたが……。


「逃げるか!! 愚か者!!」


剣を構え、騎士が何か言葉を唱えると、光が騎士の体を包む。

そして一瞬で僕の真横に移動した。


「なっ!!!!」

「死ね」


細見の剣が僕の胴体を切断しようと襲い掛かる。

走っていた僕は一瞬で死を覚悟したが、運よく何かに躓いて剣をかわせた。


「ぐえっ!!」


危なかった……。

もう終わりかと思った。


頭から着地して鼻血を垂らしながら、僕は考える、次の行動を。ガロード卿の魔法を。


彼の魔法は明らかにスピードに特化したものだった。

その速さは瞬間移動を疑いたくなるほどだ。


これでは、どんなに必死に逃げ回ろうと一瞬で追い付かれてしまう。

彼相手に逃げ回る作戦は無理がある……。


ガロード卿は再び剣を構え直して僕が立ち上がるのを待っていた。

騎士の礼節なのか、倒れている僕に襲い掛かることはないようだ。


僕は震える足でなんとか立ち上がり、3メートルほど離れたガロード卿の目を見た。


その瞬間。

再び騎士は消え、僕の目の前に現れる。

3メートルの距離を再び一瞬で移動した。


真上に振り上げられた剣は、今度は僕の肩を斜めに切り裂こうとしている!


次こそ死ぬっ! そう思った瞬間。



体が自然に動いた。


それは、回避でもなければ、防御でもない。


僕は、騎士の顔面めがけて頭突きを放っていた。


「ぐああ!!!」


不意の一撃に騎士が悲痛な声を上げて、後ろへ倒れ込む。


ガロード卿は何が起こったのか理解できていない様子だった。

余程痛むのか、鼻を押さえながら僕を睨みつける。


だが、僕もまた、何が自分を動かしたのか、分かっていなかった。

そして僕は頭突いた頭の中を整理しながら、よく考えた。


「まただ……。体が勝手に動いた……」


今の頭突きは完全に無意識だった。


だが、何の躊躇いもなく足に力が入り、剣を振り上げる騎士に頭を突っ込んでいた。


先ほどの胴体を狙った攻撃も、転けたのではなく、避けたような気がする。


(勝てる……のか?)


微かな希望が胸に宿る。


「貴様っ……!! 奴隷ごときがこの俺に血をっ……!!!」


怒りの表情で立ち上がった騎士の鼻からは血が滴っていた。


「僕もだ……。お揃いだね」


ニヤッと、自分も鼻血を拭いながら言った。


もしかしたら勝てるかも知れない。そんな油断から、軽口が出てしまった。

しかし、そんな幻想はいとも簡単に崩される。


ガロード卿は光を纏いながら目にも止まらない速さで蹴りを放った。


一直線に放たれたそれは、僕の腹に突き刺さる。

僕はそれに全く反応できず、その衝撃で闘技場の壁面に叩きつけられる。


「………っ!!!!!!!」


僕は今の一瞬で何が起こったのか理解できず、痛みに悶えて膝をつく。


今度は5メートルほど離れて、怒りの形相の騎士が鼻血を拭う。


「ムシケラが……! 王の目前で恥をかかせやがって!! 『アルぺウスよ! 我が剣に輝きをーー』」


祈りを唱え、ガロード卿は剣を天にかざす。


ガロード卿の周囲を白い光の粒が漂いだした。

そして、その粒は彼のかざした剣へと収束されていく。


その姿はまるで、強大な力を溜めているようだった。

そして、それはどんどん膨れ上がり、上空に光の柱を形作る。


僕は危機感を募らせる。

この距離で攻撃されても僕には反撃の手段がない。


「やばい、絶対やばいよ……!」


何とか立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

早く逃げなくては……!


刻一刻と集積され、膨張していく光は、当たれば確実な死が待っていると告げているようなものだった。


「待ってくれ、ガロード卿!! お願いだ!!」


苦肉の策。

いや、もはや命乞いである。


騎士の礼節を利用してダメージ回復を期待したが……。


「汚らわしい口で我が栄誉ある名を呼ぶな!! 死ね!!」


無情にも騎士は光を帯びた剣先を僕に向ける。


『輝け!! 刺突の閃光!!』


ガロード卿がそう叫ぶと、細身の剣が眩い光を放ち、刃が真っ直ぐ伸びるように目標へ向けて解放された。

当然、僕にはそれを避ける術も、力も残されていなかった。




ゴーン、ゴーン、ゴーン……

仕合開始の鐘が鳴る。


それと同時に、闘技場の上空を魔法の防壁がドーム状に覆った。

これは闘士に飛行魔法の使い手がいた場合、上空への脱出を防止するためののもである。


今、闘技場の外縁にいるルイスの役目は、この魔法防壁を解除し、自身の飛行魔法で元勇者と共に上空へと逃れるまでである。

これを、仕合で元勇者が死ぬ前に遂行しなくてはならない。


なかなか厳しい条件ではあったが、ルイスにとっては出来ない事ではなかった。

少なくとも、元勇者がそれまで生き残っていればの話だが……。


鐘が鳴り終えると、入場ゲートが開き、元勇者が全力で走って入ってくる。


「あのバカ! もっとゆっくり入りなさいよ! 時間稼ぐ気あるの!?」


外縁から闘技場を見たルイスは、一人の魔法使いを麻痺毒で昏倒させながら文句を言う。


これが防壁魔法の解除手段である。


これだけ巨大な建物を覆うだけの防壁魔法は10人以上の魔力を流し続けなかれば維持できない。

その半分の魔力供給を止めることが出来れば、必然的に防壁魔法は解除される。


「とにかく、一人目。あと4人」


急がなければ……。

いつ彼が窮地に立たされるか分かったものではない。


ルイスは通路のさらに奥にいる魔法使いに狙いを定めた。

幸い、まだこちらの存在には気づかれていないようだ。


『アルぺウス様。私に力をーー』


ルイスが女神への祈りを唱えると、周囲に魔力が満ちる。

そして、その魔力を足へと流す。


ルイスが最も得意とする身体強化の魔法である。

強化された足で素早く走りだす。

ちょうど、客席から歓声が上がり、足音を打ち消してくれている。


魔法使いの背後に目掛けてナイフでひと突き。

ナイフに塗っていた麻痺毒が一瞬で回り、魔法使いは力なく倒れた。


「よし。あと3人ね」


ゴトリ、と背後から音がした。巡回していた警備兵だ。


「貴様! 何ものだぁぁぁ…………」


ドサリ、と警備兵は前のめりに倒れた。

ダーツのような矢が額に刺さっている。


ルイスが振り向きざまに例の麻痺毒入りの投げ矢を放ったのだった。


「まずいわね……。国王が来たせいか、さらに警備が強化されてる……」


下調べの段ではこんな所まで兵士がいることはなかった。

だが何しろ国王が来ているのだ、厳重になるのも仕方がない。


この調子では思ったよりも時間がかかってしまうかもしれない。

ルイスは柱の影から、元勇者の姿を見る。

白い鎧の騎士と向かい合って話をしているようだった。


早くしなければ……。ルイスは仕合が気になりながらも足に力を込める。

急げ、急げ、急げ!! 集中力を全開にして、魔力の回転をさらに上げ、廊下を疾走する。


途中、警備兵に見つかってしまったが、それを無視して防壁に魔力を流す魔法使いにのみ、狙いを定める。

慌てる兵士たちをよそに、ルイスは速度を上げる。

そして次々と防壁の術者達を昏倒させていった。



やがて、あと2人というところで、歓声が強まり、強い光が闘技場から発せられる。


思わず闘技場に目をやると、中央で塔のような光の帯が形成されている。


その根本には細身の剣を天にかざした騎士。

その目線の先には、今まさに立ち上がろうとふらついている元勇者がいた。


「……! まずいっ……!!」


やがて光の帯が剣に収縮された。

そして、騎士が元勇者に向けてその剣先を向け、叫ぶ…。


「死ね!! ーーーー」


ルイスの体は考えるよりも早く行動していた。

とても、動かずにはいられなかった。


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