第32話 第二王子ウルド③
『さて、積もる話があるだろう。ひとまず研究室へ招待しよう』
ウルドの声がアルドの頭に響き、足下を風が撫でた。
するとアルド達はふわりと浮き上がり、緩やかな風になびくようにゆっくりと前へ進む。
レンを残して。
「……ちょ、ちょっと待って!!」
「すまん! 先行ってるわ!」
謝るスミス達をレンは全速力で追いかけた。
「……この速度の割に空気抵抗は少ないわね……風魔法の一種なんでしょうけど、どういう……」
いち研究者に戻ったように、サリーがブツブツ呟いた。
その後ろでノエルが落ちるのではないかと必死にサリーの袖を掴んでいる。
やがて一行は最奥の扉の前で着地した。
「ぎゃん!」
ノエルの恐れていた通り、彼女だけ尻餅をついた。
「レン様と走っていればよかった……」
「ほら、不貞腐れてないで……」
差し伸べられたサリーの手を握り、ノエルがゆっくり立ち上がる。
そこには巨大な扉があった。
銀色で光沢があり、荷馬車が余裕で通れそうなほどに大きい。
「はぁはぁ……はぁーー。追いついた……」
後方から追いついたレンもその門のような扉を確認した。
「えっと、どうやって開ければいいのかな、兄上」
『まだ開かない? もっと扉に近づいてみて』
言われた通り、アルドは扉に触れるくらいに近寄った。
すると、扉は縦に裂け、左右の溝へ収納されていく。
レンはそれを見て、自動ドアを思い浮かべた。
『ささ、中へどうぞ』
「……はい」
中に入ると、そこは城の大広間ほどの大空間が広がっていた。
そこかしこに書棚や研究機材が散乱し、まるで迷路のように複雑に入り組んでいる。
『すまないが今日は散らかっていてね。地面に落ちているものは気にせず踏んずけて構わない。とにかく前方に進んでくれたまえ!』
「踏んでもいいと言われても……」
下を見ると、クシャクシャになった資料やら埃のかぶった古書やらが草原のように広がっている。
「まあ、踏んで進むしかないわな……」
「うん……」
鬱蒼とした紙の中をかき分けていく、やがて部屋奥の壁が見えてきた頃、ノエルがびくりと立ち止まる。
「ん? どうした、ノエル」
「いえ……何か柔らかいものが……」
恐る恐る、ノエルが足を除ける。
そこには、人間の顔面があった。
「きゃああああああああああ!!!!」
ノエルの悲鳴が部屋にこだました。
「うっっわ! なんだこれ!!」
「おおおおお落ち着けノエル!!」
倒れそうなノエルの背中を支えつつ、レンとスミスもその顔面を見る。
作り物とは思えないリアルな様相。
薄暗くてよく分からないが、本物の人間っぽい。
本と紙の山に埋もれてその体は見えないが、呼吸をするためだけに顔を出しているようだ。
背後で起きた騒動に、先行していたアルドも戻ってくる。
そして、埋もれている人物を見て声をあげた。
「これは……! ウルド兄さん!!」
踏まれた顔面は鼻血を流しつつ、にっこりと笑みを浮かべた。
「やあ、アルド。久しぶり……」
「「「しゃべったあああああああああ!!!!」」」
ノエル含め、レンとスミスは絶叫した。
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