第14話 アルフ王
ーー仕合当日ーー
アルド王子は闘技場内の王族用来賓席にいた。王族用とはしているものの、実際はアルド王子専用の観戦席である。
しかし、今日に限ってはそうではない。
国王は、濃いビロードの豪華な作りの席もたれかかり、外の騒がしい観衆を眺めていた。
観客席は満杯を超えて通路にまで人があふれている。
スミスが予測した通り、圏外からも客がやって来て、開場以来最高の動員数だった。
しかし、経営者であり、仕合の仕掛け人であるアルド王子の気は晴れていない。
自分が仕掛けたはずのこの仕合が、既に自分の手から離れてしまっているという感覚が王子を焦らせていた。
その原因は今現在王子の目の前に座っている王冠を頭に乗せた男。
この男は王子の企てをいとも簡単に見抜き、先手を打ち、あまつさえ、隙をつくようにして直接止めを刺しにきたのである。
対外的にはただの仕合観戦だが、これまでの経緯を知る王子にとっては、国王の行動はそうとしか見えなかった。
「何をしている、アルド。さあ、国民へ我が来ていることを伝えなさい」
厳格でありながら、柔らかさも感じさせる口調で、アルド王子の父にして、国王、アルフ・グレイス・リティスはそう言った。
「父上、その前にお聞きしておきたいことがあります」
アルド王子は冷静に言い放つ。慌てず、焦らず。王子にとって、今、直感的に感じている危機を具体化するためには必要なことだった。
「何かね? 話してみなさい」
国王は何でもないように答える。だがアルド王子には、とぼけた様にしか見えない。
「ありがとうございます……では単刀直入にお聞きします。なぜ、父上は元勇者に固執するのでしょう?」
「ああ……アルド……その言い方は少々遠回しすぎだ。遠慮するな、本当に聞きたいのはそこではあるまい」
国王は見透かした様にさらに続ける。
「何故そこまで奴を殺したいのか。であろう?」
「……おっしゃる通りです」
相変わらず恐ろしい、とアルド王子は思った。
以前から国王は人の本質や本音を見抜く力に長けていた。
この恐ろしい父親から国王の座を奪えわなければならない。
それがこの国の王子として生まれた自分の宿命だと、アルドは幼い頃から教育されてきた。
そのために、これまで数々の努力を重ねてきた。
たとえ競争相手が6つ、8つ上の兄達であろうとも、優秀であれば王として認めらる。
この徹底した実力主義こそが、アルドの生まれ育った環境であった。
そのため、アルド王子は国内きっての大商人のもとで学び、国王や兄達には無い技能を身につけ、ここまで成功してきた。
元勇者とローグとの仕合もこちらの意図は見抜いていただろうが、対外的な外堀を埋めることで何とか実現にこぎ着けたのだった。
「理由は明白であろう。奴が国防上最も重要である神器を喪失し、おめおめと魔王城から逃げ帰ってきたからだ」
「父上、それは私も存じております。対外的な理由ではなく、父上の意思を聞いているのです」
王子の言葉に段々と熱が帯びる。
「彼はただの死刑囚です。いずれは力尽きてこの闘技場で死んでいくでしょう。王国がそう決めた以上、それは必ず果たされる。少なくとも父上がわざわざ確認にいらっしゃる程、あの元勇者に価値はありません」
国王は黙ったまま外の観衆を眺めている。
王子は、聞いているのか、と声を荒げたくなったが何とか堪えて続ける。
「父上、貴方の行動は明らかに不自然です。失礼ながら、何か裏がある様にしか見えない。仕合を始める前に、何を考えていらっしゃるのか、お教えいただきたい!」
国王は静かにアルド王子の声に耳を傾けていた。そして、灌漑深そうに目を瞑った。
少し間が空いて、国王は口を開く。
「……成長したな……アルド。そろそろ教えてもいいだろう」
そこにいたのは国王ではなく、一人の父親だった。純粋に、子供の成長を静かに、喜んでいるようだった。
アルフ王は椅子から立ち上がると、近衛兵たちを来賓室から出した。
そして、アルド王子に向かい合い、目を見据えて真実を告げた。
アルド王子にとってはとても恐ろしい真実を。
◇
ーー闘技場内、観覧席ーー
スミスは闘技場を見渡せる一番上階の席に座って、友人の入場を緊張しながら待っていた。
この席はアルド王子が気を回して手配してくれたものである。
スミスは感謝しながらも、王子の裏のメッセージを敏感に感じ取っていた。
『妙な気は起こすな』これこそが、アルド王子がスミスに席を取った本当の理由である。
下手に仕合を見せなければ、スミスの性格上、意地でも見に行くだろう事は王子にも分かっていた。
そして、元勇者のピンチに駆けつけない訳がない。
チケットを渡された際に、王子は『見届けろ』と言った。
それは即ち、『決して手出しするな』という事でもあった。
だが、スミスは複雑な心情を抱えながらも、友人の勝利を信じていた。
観戦を断ることもできたが、あえてここにいるのはその為である。
「勝てるさ……。アイツなら……」
そして、ゴーン、ゴーンと仕合開始の鐘がなり、魔法によって拡声された進行役の音声が会場中に響き渡る。
『さあ!! 待ちに待ったこの日がやってまいりました!!!』
やや、反響が残るその声に、観客たちは歓声を上げて答える。
『仕合開始の前に、本日はスペシャルゲストがいらっしゃいます!!』
観客たちがどよめく中、進行役はゲストの紹介を始める。
『本日は大変ご多忙の中お越しくださいました!! アルフ・グレイス・リティス国王陛下!!!』
どよめきの中、王族用の観戦席のテラスから国王の姿が現れる。
それを見た瞬間、観客たちはひたすら熱狂した。
あの国王が闘技場の様な野蛮な場所に足を踏み入れるのは本来あり得ないことである。
だからこそ、この闘技場に足を運ぶファン達にとっては、この闘技場が国王の認める国の財産であると認められることにも等しかった。
『栄光ある我が国民達よ』
魔法によって拡声された声が静かに響く。
国王が言葉を発した瞬間、観客達は一斉に鎮まる。
『今日、この日を迎えられたことを大変嬉しく思う!! 皆の歓声を聞くだけで我が国の豊かさと、強さを改めて確信できた!』
この言葉は観客達を再び熱狂させた。
そして、ある程度騒ぎが収まるのを待ち、国王は続けた。
『皆の思いは喜ばしく思う……。だが、この誉高き場所を汚すことを許されよ』
観客はややざわついたが、国王の次の言葉を待った。
『11代目勇者。かの、罪人は国家の宝である神器を紛失した! あまつさえ、重き役目であった魔王討伐を放棄し、おめおめと我が国へ逃げ帰ってきよった! なんたる失態! 何という無責任! そんな事は決して許してはならぬ!』
国王は心底悔しさを感じさせる口調でそう言った。
そして、観客達に負の感情がつのり始める。
それは、元勇者に向けられた怒り、憎しみの感情だ。
『かの罪人が戻った後も、魔王軍は変わらず人類領域への侵攻を続けている! 今現在も多くの国民の命が危機に晒されている!
だが、我が国民達よ……。恐れることはない! 人類を守るのは王下に命を受けた騎士団である!』
『おおおおーーー!!!!』
一気に観客達の感情が爆発する。
『今日行われるこの戦いは! 愚かな元勇者の処刑であり! 今や人類を守る盾である騎士団の誉である!!
皆の者! 大いに期待するがよい!!』
観客は熱狂を超えて、発火する勢いである。
まさに王の檄は観客達の感情に火をつけた。
元勇者を許すな、騎士団を褒め称えよ、と。
一部始終を見て、スミスは国王に恐怖した。
ほぼ全ての観衆の心を僅かな言葉で掴んでしまった。
国王の声はとてもよく通り、元勇者側を応援しているはずのスミスの心にも王の声が染み渡ってくる様だった。
「国王……。なんて奴だ……」
しかし、スミスは思う。
誰もあの男、元勇者のことを知らない。
彼がどんなに優しくて、慈悲深くて、人の気持ちに敏感かを誰も知らない。
「国王なんかの檄に負けてたまるか……! 俺がアイツを応援しないでどうすんだ……!」
スミスは自分の頬を強く張り、気合を入れた。
そして闘技場をしっかりと注視する。
やがて、仕合開始の鐘が鳴り入場ゲートの鉄格子が開かれた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン…………
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