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第9話 本気には本気で

 ザグラム魔法学園は教育機関である。であれば、教育機関には欠かせないシステムが一つある。

 それは、”秩序維持のためのルール”だ。


 現代の小中高、大学でも、この秩序という目に見えない存在に苦心を強いられる。

 だからこそ、学則や細やかなルールによって規律を定め、そこへ通う生徒の安心という名の秩序を確保する。

 学校によっては、親の安心のみを追求するところもあるが、それもまた、学校という巨大な構造物を支える柱となりうる。


 よって、ザグラム魔法学園にも”秩序維持のためのルール”がある。

 それこそが、レンとメラルと対峙する事になってしまった原因だ。


 「学則第二条、生徒同士の私闘、殺傷を禁ず。これは外部生の貴方でも分かる事ですよね」

 「も、もちろんです」


 ノエルは白髪の神父の隣で恐る恐る言った。

 彼女の修道女服は、どうやら学区外の神学系学校の制服らしい。

 サリーの潜入の目論見としては、”外部生徒に学内を案内する生徒”という設定であったが、方策としては間違っていなかったらしい。


 実際、このヴァン・アルヌスという教師兼神父様は簡単に信じてくれた。


 「この魔法学園には国中の優秀な魔法使い集まっています。魔法戦闘の腕に覚えのある者も多い。だからこそ、第二条で彼らを縛る事には限界がありました」

 「それでこの競技場ですか……」

 

 ノエルは手すりを掴んで言った。

 そこは、競技場の最上階に位置する立ち見席で、二人の他には誰もいない。

 ノエルの眼下に広がる半透明の魔法防壁で守られた観客席には何十人もの生徒達がメラルとレンへ声援を送っている。


 「ええ。ここならどれだけ暴れても、防壁魔法が観衆を守ります。また、闘う二人に対してもコート内に入った時点で防御魔法がかかります。それ以上に命の危険がある時は私たち教師が止めに入ります」

 「なるほど、それならあの廊下で戦うよりも安全ですね……」


 しかしふと、ノエルは疑問を感じた。


 (ん? 魔法の効かないレン様に防御魔法はかかるのでしょうか……?)

 

 競技場の中央では、レンが戸惑ったようにキョロキョロしている。

 一方、対峙するメラル最上階を見上げ、ノエルに熱い視線を送ってきた。


 「う……が、がんばってください〜〜……」


 不意に目が合ってしまい、思わず両手を振るノエル。

 それを見てメラルは勘違いを加速させたようだ。嬉しそうに闘気を漲らせている。


 「貴女も災難ですね……まあ、悪い子ではないので、出来れば優しくフってあげて下さい」

 「フラれる事前提なんですね……」



 「へへッ……おい、見てたか? ノエルさん、俺に手を振ってくれたぜ」

 「お、おう」


 メラルは落ち着いたものである。

 これだけの観衆が見守る中で、微塵も緊迫した様子がない。それどころか、リラックスしてる風にも見えた。

 それだけで、この魔法使いがかなりの場数を踏んでいる事がよく分かる。


 だが、一方のレンもこの競技場よりもさらに大きな舞台で闘った経験がある。

 

 (物を投げつけられないだけ、まだいいかな……)


 競技場を見回していたレンの脳裏に闘技場でのちょっとした思い出がよぎった。

 あの時に比べれば、健全な舞台である事は間違いない。だが、レンにはこの戦いに意義を見出せなかった。

 メラルの勢いに流されてしまったが、ここでしっかりと訂正しなければ。


 「何度も言うけど、ノエルとはそういう関係じゃないんだ! だから僕らが戦う意味はないよ!」

 「ああ? 今更なに言ってやがる! 男なら、愛する女の子の前で逃げるような真似すんじゃねぇ!!」


 メラルには話が通じない。明らかに認識もズレている。

 だがしかし、メラルの言葉にレンは胸を抉られたような気がした。 


 (……もし観客の中にルイスが居たら、僕はどうする……?)

 

 想像しただけで、自然と闘志が沸き起こってくるのを感じる。

 

 レンは理解した。

 メラルが今、目の前に立っている理由を、その意義を。


 (そっか……この人は、本当にノエルの事を……だとすれば……)


 自分の態度を少しだけ恥じた。


 本気でかかってくる者を前に、宥め賺し、優しくして、あまつさえ手を抜くような事は、無礼でしかない。

 レンの頭の中で、彼の元いた世界で世話になっていた体育教師であり、人明流師範代、四島恭平の言葉が浮かぶ。


 『”本気には本気で”たとえ相手が武の道を歩む者でなくとも、人生にはそういう場面が必ずどこかで訪れる。蓮、そんな時は絶対に手を抜くな。それが、子供であろうと、女性であろうと、老人だろうとだ。お前に本気で挑む者に手心を加えるという事は、男の恥だと知れ……』


 それはメルクで記憶の鍵を開き、手に入れた成果の一つ。

 その記憶は間違いなく、口伝以上に大切な人生の教訓だ。


 「……僕が間違っていたよ……戦おう」


 レンの瞳に闘志が宿る。

 その瞳をメラルは凶悪な笑顔で迎えた。


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